飯島食堂へようこそ。天海祐希さんと、
副菜ごはん。

写真:小川拓洋

その6上野の実家。

糸井
天海さん、一番好きなものはなあに? 食べるもの。
天海
食べるもので一番好きなものですか?
ひとつって言われたらっ! うーん。
糸井
じゃあ、思い出の中で「泣くほどおいしかった」とか、
「もう、これ食べて死んでしまいたい」っていうような。
稽古時代とか、絶対、何かあると思うんだ。
天海
‥‥やっぱり、母の手料理ですかね。
糸井
あぁー! 天海さんのところは、
本当にいい家庭だね。聞いていると。
全体に天海さんのお話の中に出てくる家族は、
もう、全部、なんかいい。
天海
特に料理が上手なわけじゃないんですよ、母も。
でも仲良しなんです。
下町の家族です。
上野の。
糸井
そうそうそうそう。
飯島
もう、ちゃきちゃきですね。
糸井
兄さんが血だらけで帰ってきたんだよね。
天海
そう、血だらけで帰ってきたんですよ!
中学の時。ビックリしたぁ!
‥‥これ話していいですか?
もう夕飯の時間だったんです。
父と私と母と弟と祖母が一緒に食べてました。
「お兄ちゃん、遅いね」なんて食べてたのね。
ちょうどテーブルの奥側に私と弟がいて、
父がいて、母がいて、おばあちゃんがいて。
そしたら兄が戸を開けて、
ガラガラガラ、「ただいま」って。
「ゴハンみんな食べてるわよ」って母親が言ったんだけど、
「うん」って言うんだけれど、来ないのね、
テーブルがある部屋に。
すると父が「おい、ちょっと来い」って言ったの。
「ちょっと来い」の声のトーンで、
「何で怒ってるんだろう」と思って、
弟と私がビクッとした。
でもやっぱり来ないのよ、兄貴が。
すると父が「おい!」。
いつも普通に父は「おい!」って言ってるんだけど、
それがだんだんと怖いトーンになって‥‥。
飯島
いつもと違う感じなんですね。
天海
そうなの! 私と弟はゴハン食べながら、
なんだか嫌な雰囲気がして、
でも母はかまわず食べてたんです。
そしたら、部屋の障子の向こうに立ってるの、
兄貴が学ランのままで。
でもそこを開けないんですよ。その障子を。
しばらくそこに立ってるから、父が
「おい、何やってるんだ、開けろ」って言って、
しばらく経ってからサッと開けたの。
そしたらね、血だらけだったの。
それを私と弟は正面から見ちゃって‥‥、
弟は「ヴェー」ってなって、
私は箸を落としちゃって。
その兄貴をね、父親がパッと見て、
母親もパッと振り返って見て‥‥。
糸井
見て?
天海
普通に食べ直したの!
一同
わははははは!
天海
そして父は言ったの、
「勝ったのか」って。
そしたら兄貴は、「ん」。
糸井
野球の試合じゃないんだから!
天海
「勝ったのか」「ん」って。
そしたら母親が、振り返りもせずにタンスを指して、
「救急箱、そこ」。
私と弟、アワアワしちゃって、
弟は泣くし、私たち食欲ないわけ、全然。
だって血だらけ正面から見ちゃって!
なのに、もう、みんな普通に食べてるの!
「何だろう、この人たちは」と思いましたよ。
糸井
おばあちゃんはどうしてたの?
天海
おばあちゃんは、
「あら、やだ」
「あら、どうしたの」
なんて言っちゃってね。
糸井
最高(笑)!
飯島
今だったら、もう大騒ぎですよね。
天海
私に向かって
「その残ってるの食べないのかい」って、
もう食べられないって!
飯島
ケンカして、帰ってきたんですね‥‥。
ドラマみたいですね。
糸井
この家族全体の姿がね、
ちょっとずつ聞くたびに
「いいなあ、天海さんち」って思うんだ。
お父さんは設計士かなんかだよね。
天海
そうです。小さいけれども会社をやっていて。
糸井
ちょっと乱暴なシーンとか、
日常的に見てるんでしょうね、ある程度。
天海
だって、父は、
大工さんたちみんなをまとめてるから。
それに上野だから、
飲み屋さんがけっこうありますし。
仕事の帰りにちょっと一杯引っ掛けて
上野駅に向かっていくサラリーマンさんたちが、
よーくウチの前あたりぐらいから
ケンカしてる声とかがするんですよ。
そうするとね、テレビつけてみんなで観てるのに、
父はそういう声のキャッチが早いんですよ。
「ちょっと消せ」って、父親が言って、
慌ててテレビを消すじゃないですか。
そしたら、遠くで“ヴアァ”って声が聞こえる。
「ほら、やっぱり」って、立ち上がって行っちゃうの。
で、兄貴とケンカの仲裁の取り合いをするわけ。
「俺が止めようと思ってるんだ」って。
糸井
火消しじゃないんだからさ!
天海
面白いですよ。
飯島
江戸っ子は血が騒ぐんですかね。
天海
そう。ケンカはやっぱり血が騒ぐの。
ガラッて開けて、
「おいおい、何やってんだ」っていう一言で、
うちの父、デカいから怖いみたいで、
“ウワッ”ってみんな逃げるわけ。
「‥‥なんだ、骨のない」。
何だろう、この家族は。何だろう、この人たちは。
そう思っていましたねえ。
糸井
上野って、その全部がまだ残ってますよね。
天海
残ってますよ。いいですよ。
糸井
こないだ上野の科学博に久しぶりに行ったんです。
ラスコーの洞窟の再現があって、
かみさんと銀座線で行ったんだけど、
妙にお天気が良かったんで、
「ちょっと歩いて帰ろうか」って歩いていたら、
大道芸をやってるんだよね。
天海
やってるんですよ、上野公園の中で。
糸井
ヘブンアーティストって言ってね。
そしたらいちばん客の少ないところ、
「この場所は無理だろうな」っていう場所でやってる
大道芸があったんです。
どうやら腕に覚えがあるから
あえて人が少ないあたりでやってるみたいで、
すごく上手で感心しちゃって。投げ銭をしたら
「あとで僕のホームページを見てください」
とかって案内するから、あとで見たら、
なにかのチャンピオンだったんだ。
そしてね、これで食ってる人の
日頃の姿を想像して、ちょっとジーンときてさ。
宝塚じゃないけど、頑張る子はいいよね。
そしてね、これ、上野じゃない場所で見たら
違うと思うんだよね。新宿じゃ違うんだよ。
公園みたいな環境と、ゴミゴミしたところと。
だから「上野、また来ようかな」って。
また銀座線に乗って静かに帰った。
天海
上野動物園とか小学生がタダだったんですよね、昔。
科学博物館は──、毎週日曜日に行ってました。
水筒持ってお弁当持って、
それこそおにぎり持って、弟連れて。
科学博物館を上から見ると飛行機の形してるとか、
クジラの中には本物の骨が入ってるとか、
そんなプチ情報もありますよ。

▲おにぎりといえば飯島さん。映画「かもめ食堂」でも
大事な役割をはたした飯島さんのレシピは、
「うんどうかいの、おべんとう。」をどうぞ
単行本『LIFE』にも載っていますよ。

糸井
地元の人だから知ってるんだね。
あの動物園がタダになったのは、
当時の園長さんが決めたことなんだけど、
上野って戦後に浮浪児がいっぱいいたんで、
その子たちがみんな動物園に入りたいだろうと、
子どもはタダってしたんだって。
ちょっといい話だよね。
天海
わぁ、‥‥今泣きそうになっちゃった。
糸井
あの場所で、それの延長線上に、天海さんがいるんだね。
何となく、あの場所にある色んなことって、
ちょっといいんですよ。
藝大の子が酔っ払って上野動物園の中に入って
「やったー!」みたいな、そういうバカをやってたり。
天海
夜はね、けっこう獣の声がするんですよ。
“ウゥ~ウ、ウゥ~ウ、ウゥ~ウ”って
啼いてるの。
糸井
それが何だったか知らないけど、似てるね!
天海
アハハハ。
糸井
上野いいなぁ。
天海
上野いいですよ。
アメ横もあるし、多慶屋っていって、
ディスカウントショップの
ものすごいハシリのお店もあるし。
飯島
紫色のビルで、何軒も建って。
天海
中学校があの真裏で、
まだ1軒だったとき、
急に紫色に変わったんですよ。
そしてまたたく間に2軒、3軒になって、
校舎に多慶屋に反射した西日が当たって、
お手洗いが紫色になっちゃったの。
一同
わははははは!
天海
夕方、お手洗いのお掃除に行くと、
「何だろう、このムーディな感じ‥‥」。
糸井
昭和ロマン歌謡みたいだね。

(つづきます)

2017-05-21-SUN

メニュー

  • ねぎぬた
  • じゃこと油揚げの炊き込みごはん(おにぎりにして)
  • おからサラダ
  • 鮭の焼き漬け
  • グラタンコロッケ

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木曜ドラマ『緊急取調室』

4/20にはじまったテレビドラマ
『緊急取調室』セカンドシーズン。
天海祐希さんは主役である
警視庁捜査一課・緊急事案対策取調室の刑事
「真壁有希子」を演じています。
ちょうどこのコンテンツの収録時、
撮影の真っ最中だった天海さん、
楽屋ばなしもたくさん聞かせてくださいました。

木曜ドラマ『緊急取調室』番組サイト

『LIFE 副菜2 もうひと皿!』

飯島奈美さんの最新刊は、
食卓にうれしい副菜を56品あつめた
かんたんなレシピ本。
副菜、と言ってますけれど、
ちゃんと「ごちそう」なのです──その意味は、
今回、天海さんと糸井重里が食べた料理を
ごらんいただければ、わかるはず!

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