飯島食堂へようこそ。  『シネマ食堂』出版記念 AERA×ほぼ日共同企画 藤原帰一さんと、映画のごはん。

第4回 食事どころじゃないのかな?
藤原 映画で食事のシーンが出る所っていうのは
だいたい男女、家族。
ちょっとゆったりした時間がないと
食べ物のシーンって撮らないんですよね。
息子を誘拐された、どうしようなんていう場面で
夕食が出てきても。
糸井 誘拐されたシーンが長引いて、
ちょっと食べなきゃいけませんっていう時になって
何を出すか──なんていうのはおもしろいですね。
藤原 それはおもしろい。
糸井 だから今まではありっこない、
食事が入りっこないシーンに
食べ物を入れたらいいのかも。
藤原 「天国と地獄」で犯人からの電話を
みんなで待ってる仲代達也の刑事、
三船敏郎は食おうかどうかと迷ってる。
当然ご飯出ますよね。あんな時間に。
でもやっぱりあそこでご飯が出て来ない。
── 外にマスコミがガーッといるから
買いにも行けないし、
店屋物も取れないとなったら何を食べるかって、
難しいですね。
糸井 もっと言えば、マスコミも食べますよね。
外にいて、だってあの連合赤軍の鉄球のあの時に、
カップヌードルが流行ったんでしたっけ。
あの時にあの人たちが食べてたということで、
バーッと流行ったんですから。
藤原 なるほどね。
糸井 それどころじゃないっていう理屈で、
どんどん話を進めていくためには
食べ物なんか食べてちゃ困るんですよね。
あるいはちょっとトイレに行ってくる、
なんてシーンは、あっちゃだめなんですよ。
でもそれを入れようと思ったら、
映画に奥行きが出ますよね。
藤原 イタリア映画では、
食べるものどころか、お金も全然ない所で
失業して食い詰めていて、
持ってる物は自転車だけというお父さんが、
食べるじゃないですか。
「自転車泥棒」で。
あの食事のシーンがなかったら
ずいぶん、うすいでしょう。
なけなしのお金で子どもに飯をやる。
そうしたらどうなるか。
隣りの金持ちはもっと贅沢なものを食べて、
子どもがそっちを見ちゃう。
糸井 「自転車泥棒」、
食べるシーンはすごいですね。今思った。
藤原 あれはやっぱり思い出すでしょう。あの映画でね。
糸井 あれ、一番泣いた映画だな。
一生に1回、一番泣いたのは
あれかもしれないなあ。
また見たくなるんですよね。
なんだろう。テレビの長く続くドラマは、
食べ物のシーンを入れないと
もたないんじゃないかと思うんですけど。
「寺内貫太郎一家」には、
たえず納豆かき混ぜてるおばあちゃんがいたし。
藤原 はいはい。ネギとおかかをかける(笑)。
糸井 「ばあちゃん、きったねえな!」
っていう。それから「北の国から」では
やっぱり食い物のシーンってすごくて、
ラーメン屋で
「子どもがまだ食べてるでしょうが!」
と叫ぶ名シーンががあるわけですよ。
映画だと2時間3時間で済むのに、
テレビだと何十時間になるから、
生活の要素を入れずにはいられないんでしょうね。
── そう考えると、最近の日本映画って
ご飯のシーンが増えましたよね。
飯島さんの仕事がどんどん増えるのって、
それだけ食事のシーンが
重要視されてるということかなと。
糸井 そうですね。
藤原 日本映画は割にまったり系なんですよ。
長回しで、あんまりカットで割ったり、
時間飛ばさないから。
糸井 食べ物のシーンがよかったって、
映画を観た人が満足するっていうことが、
「かもめ食堂」より前はなかったんじゃないかな。
藤原 「かもめ食堂」はやっぱり革命的でしたね。
── 先日お会いした女性が「かもめ食堂」が大好きで
ちょうど2週間前にヘルシンキに行ってきました、
って。3年たっても、ヘルシンキには
日本人がたくさん訪れているそうです。
その舞台になったレストランに行って、
シナモンロールを食べるんですって。
すごい映画の力だなって。
糸井 そこでシナモンロールは売ってるんだ、やっぱり。
── しょうが焼きもおにぎりもないんですが、
シナモンロールはあります。
フィンランド料理のバフェ形式のお店なんです。
飯島 そこで習ったんです、シナモンロール。
藤原 「第三の男」の舞台になった
ウィーンの観覧車に行ったことがあるんですけど、
でも、ただの観覧車なんですよ。
それが、食べ物だったら
しみじみするかもしれないなあ。
「第三の男」にどんな食べ物が出てきたかなんて、
思い出せないです。
糸井 ですね。昔はやっぱり
追っかけ追っかけ、ストーリーを見せてたから、
食事のシーンがあったとしても
休み時間に見えちゃったんでしょうね。
藤原 そうなんですよね。
── 最近のラブストーリーとかもそうですよ。
思い出せないんですよ。
アメリカ映画とかでロマンティックだの、
コメディっぽいのもあんまり思い出せないし、
すごい探したんだよね、いろいろね。
藤原 ダイアン・レインとリチャード・ギアの、
「最後の初恋」、あの映画は確か
食事を作るんですよね。
だけど何を作ったのか全然覚えてない。
あれはご飯大事なんですよ。
ご飯大事なんだけど、
ご飯をしているというシーンが大事で、
あれ、何を食べたのかなっていう感じ。
── ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの
「恋に落ちて」も、
クリスマスのシーンとかは
当然食事のシーンがあると思うんだけど、
思い出せないんです。
藤原 ろうそく灯すんですよね。
あれはアメリカ的な──、
つまりろうそくを灯して
「特別な2人の食事」ということが
わかればいいわけで、
当事者は、食事以外のこと考えてるからね。
糸井 さっきの、どのレストランで
ごちそうしたかというのと近いんですね。
藤原 そうなんです、つまんないなあ。
「アパートの鍵貸します」では、
パスタがあれは大事なんです。
あれはおいしいほう。
フレッド・マクマレイとシャーリー・マクレーンが
一緒に食事をする所はチャイニーズレストランで、
フォーチュンクッキーが出てきて、
「いつもと同じ中国料理」って
シャーリー・マクレーンが一言だけ。
── なにを食べたかは──。
藤原 出てこない。
糸井 すごい違いだ!
── 「ゴッドファーザー」はイタリア人だから
トマトパスタが美味しそうですよね。
糸井 ああ、「ゴッドファーザー」は
食い物の匂いがしますね。
藤原 「グッドフェローズ」も。
ギャングが殺し合いの相談をしてるのに、
「ニンニクはこうやって細く切らないとね、
 あとが残っちまうんだよ」って、
マフィアってイタリア人だからしょうがねえな、
こんな時に食う物の話をしてっていう、
そういう表現になってましたね。
糸井 あの人はどうですか。
ビデオ屋に勤めてたバイトしてた監督‥‥
タランティーノ。
藤原 レストランが出てくるけど、
あそこで食べ物とか何とかって以前に、
早速ね、なんか強盗2人、
間の抜けたのが出て来ちゃうわけで。
糸井 そうか。食べ物どころじゃないんだ。
あるいは食事を無口に
つまらなそうに食うことで、
その家庭の雰囲気を出すという場面は山ほどあるのに。
藤原 うん、あるある。
糸井 感情がもつれている食卓。
藤原 ありますね。
トリュフォーの映画で幸せな食事って
見たことないでしょう。
つらい情景の夫婦、
これぐらい距離があるとかばかりで。
── 幸せな食卓の風景といえば
例えば「パペットの晩餐会」とか。
残念なことにDVDが廃盤なんですが。
飯島 小説で読んだんですよ。
でもウミガメのスープとか作れないです(笑)。
藤原 あれは作りづらいものが揃ってるわけだからね。
勤勉実直な暮らしをしている人たちが、
美味しいものを食べて
どんどん顔が変わっていくのね。
その幸せな顔見ていて幸せになるという。
糸井 昔むかしに、木村恒久さんという
有名なグラフィックデザイナーがいて。
この人はいわば職人肌の人で、
もう頭のいい観念を語る人なんです。
その人と亀倉雄作さんという先生と
ぼくと3人で飯を食うという機会があって。
話は全部おもしろいんですよ。
そして木村さんがブレードランナーの話を
淡々と語り始めた時に、亀倉さんが
「ちゃんと飯を食えよ」って言ったの。
これは2人を本当によく表しててね。
藤原 いい話ですね。
糸井 そして、両方オッケーですよね。
飯島 また、お話の途中ですが、
お茶漬けです。はい、どうぞ。
藤原 うわあ!
糸井 わあ!


(つづきます)

2009-11-03-TUE

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写真 山崎エリナ  協力 AERA編集部(朝日新聞社)

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