飯島食堂へようこそ。  『シネマ食堂』出版記念 AERA×ほぼ日共同企画 藤原帰一さんと、映画のごはん。

「AERA」に映画コラムを書きつづけている(なんと連載100回!) 東大法学部教授の藤原帰一さんを、飯島食堂にお迎えしました。 話題は、「映画のなかのごはん」について。 飯島食堂のお品書きも、 映画や文芸作品に登場するレシピでそろえました。 「AERA」にも掲載されたこの鼎談、 「ほぼ日」ロングバージョンで、お届けします。
藤原帰一さんのプロフィール
もくじ
第1回 やっぱり米のめし! 2009-10-29
第2回 アメリカ映画にとって食事とは何か。 2009-10-30
第3回 取り分けるという親しさの表現。 2009-11-02
第4回 食事どころじゃないのかな? 2009-11-03
第5回 料理のクリエイティブ。 2009-11-04
第6回 いまの時代の料理って。 2009-11-05
第7回 藤原先生の、お茶漬け記念日。 2009-11-06

第一回 やっぱり米のめし!
藤原 (飯島さんのアトリエに入り)
こんにちはー。
糸井 (同時に顔をのぞかせて)
こんにちはー。
エレベータで、一緒になったんです。
藤原 もうごあいさつも済ませてね。
飯島 ようこそおいでくださいました。
藤原 飯島さん、はじめまして。
きょうはよろしくおねがいします。
飯島 こちらこそよろしくおねがいします。
糸井 飯島さん、ぼく、『シネマ食堂』で、
早速アサリの焼きそば作りましたよ。
飯島 ああ、ありがとうございます!
── きょうは『シネマ食堂』の出版記念ということで
糸井さんと藤原さんに
飯島さんに作って欲しい料理を
リクエストしていただいているんです。
飯島さんのごはんをいただきながら、
いろいろお話ししていただけたらと。
糸井さんは、ちらし寿司ですね。
糸井 ぼく、「かもめ食堂」より先に
「めがね」を観たんです。
そのなかで小林聡美さんが
最初に魅せられてしまったあのお重。
光石研さんが作って、
これから宴会に持っていくというあのお重が、
もうずっと見ていたいぐらい憧れで。
「俺にもくれ!」と思ったんですよ。
食べ物であんなにインパクトを受けたって‥‥、
なんだろうなあ、思春期の頃に
シルビア・クリステルが
「エマニエル夫人」を演ったんですが、
彼女が籐の椅子に座って
こっちを見てるというのと、
あのお重を、同じに思ってました。
一同 おおー(どよめき)。
飯島 そうなんですか(笑)。
糸井 というくらいだったんです。
そのあとも、もう食べ物のことを
ずっと追っかけちゃったきっかけが、
あのお重なんですよ。
そのあとに飯島さんの所で
ちらし寿司系は食べてるはずなのに、
「あのお重!」と思ったので、
あえてリクエストさせていただきました。
── 「そのあとも、もう食べ物のことを
 ずっと追っかけちゃった」って、
それから映画の見方が
変わられたんですか。
糸井 作る側が変わったんじゃないかな。
やっぱりあの「かもめ食堂」の
荻上直子監督はすごいと思うんです。
それまでも食べ物というのは、
──伊丹十三さんが随分描いてますけど、
だけどキャスティングとして
食い物を出したというやり方は、
今どんどん流行ってるというか、
トレンドになりつつありますよね。
ぼくは「めがね」が最初だったけど、
実質は「かもめ食堂」のときから
始まっていたことで。
飯島さんとおつきあいしてみて、
映るだけの物に対して、
目に見えない味とかテイストを
全部調整してスクリーンに置いているというのは、
ちょっとすごいことだなと。
それが当たり前になってきたんだなぁ、
というふうにしみじみ思うんです。
映画がCGになっていく時代に、
料理はさらに性根のところを
訓練していくというか、
鍛えている、ということに応援したくて。
── 飯島さんが、
映画のフードコーディネートを担当したのは、
「かもめ食堂」が最初だったんですよね。
飯島 ええ。
そのずっと前に伊丹十三さんの
『大病院』ぐらいから5作ほど、
アシスタントでお手伝いしていました。
その打ち合わせに先生に付き添って行ったりとか、
そのために試作したりということを
かなりやっていたので、
映画にでてくるごはんというのは
こういうものなんだと思って。
糸井 もう当たり前だったんだね。
飯島 はい。やっぱり食べた時に
「おいしい!」っていう演技が必要なら、
自然にそうなったほうがいいですよね。
糸井 ドラマの現場って、
服なんかもそうなんですが、
こういう年代のこういう人は
こういう服っていう、
索引を引けば出てくるみたいなものがあって。
料理も倉庫にあるものが
順番に出てくるんですよね。
それを、飯島さんのような人があらわれて
これだけやられると、
やっぱりこっちのほうがいいやっていうふうに
変化していくでしょうね。
── 藤原さんは「お茶漬け」ですね。
きっと、お好きなアメリカ映画で
来ると思っていたので、意外でした。
藤原 ちょっと開き直って、
世間に顔向けができないと思って来たんですが、
自分の好きな映画っていうのを思い出すと、
一つはもともと日本映画をあまり観ていない、
という根本的な問題があって。
それからもう一つはカットがよく変わるような
元気な映画が多くて、
みんなご飯を食べないんですよね(笑)。
一所懸命思い出したのは、
例えば黒澤明だと「用心棒」で、
一杯飯屋の東野英治郎の所に
三船敏郎がやって来て食べるのは、
何かこの辺に鍋に入ってるのを
ドサッと入れて、それだけ。
── 見えないんですね。
藤原 見えない見えない。
だから黒澤さんは
食べ物にほとんど関心を
持ってなかったんじゃないかって。
「赤ひげ」で何食べたかって記憶にあります?
糸井 ああ、ないですね。
藤原 しみじみとご飯を味わうというシーンがないと、
ご飯って出てこないんですよね。
それで、思い出したのは2つで、
1つはやっぱり伊丹さんなんですよ。
伊丹さんは食べ物に異様なこだわりがあって。
飯島 そうですね。
藤原 自分が監督しなくても
「家族ゲーム」で彼がずっとこだわっていた
目玉焼きをすする、
チュルチュルという不気味なあれをやってみたり、
「タンポポ」のオムライスも。
半熟のオムレツを真ん中から切って
パーッと広げるんですよね。
それもいいなと思いつつ、
映画を勉強する少年の気持ちにかえって、
小津安二郎の「お茶漬の味」のお茶漬け。
日清のチキンラーメンと
永谷園のお茶漬けで育った人間としては、
ここでぜひ本当のお茶漬けを
食べてみたいと思ったんです。
飯島 「お茶漬の味」はすごい素敵な映画で。
糸井 映画の中に、その成分がわかる
要素が入ってるんですか。
飯島 正直なところ、映画の中のお茶漬けが
どんな味かは、わからないんですけど、
自分なりに美味しいと思うお茶漬けを
アレンジしてみたんです。
藤原 お茶漬け一つで夫婦がしみじみしちゃうんですよ。
飯島 そうなんですよ。
夫婦っていうのは
お茶漬けの味そのものだ、みたいな。
藤原 そうそう。セリフにもありますよね。
糸井 それを言わせるお茶漬けはすごいですよね。
飯島 ぎくしゃくしていて、
いつもお手伝いさん任せにしていた家事を、
その奥さんがお茶漬けを作ってあげるというシーンで、
何気なく、ぬか漬けを切り出すんですね。
でも慣れないもんだから、
糠床を混ぜるときに袖が入っちゃう。
それを自然に旦那さんが持ったりとかして。
そういうシーンは監督さんの指示なのかなとか、
それとも俳優さんが自然にアドリブなのかなって
いろいろ思いながら、見ました。
藤原 お茶漬けだけで
これは夫婦一緒になるなと
思わせるところっていうのは、
もうお茶漬けに力があるでしょう。
やっぱりあれは監督の力の中に
お茶漬けを選んだところもあるので。
飯島 そうですね。
藤原 やっぱり2人でフランス料理の、
夜景の見える所で
2人がカフェにいても何とも思わないけど、
場末のお店で2人でライスカレーを食べてる、
倍賞千恵子と高倉健がいたら、
これはもう2人は他人じゃないなということですよね。
食べ物っていうものを、
映画を観る時に、ちゃんと観ようと、
本当、教わったんですよ。

糸井 ぼくが黒澤明の映画で一個だけ、
食物でものすごいインパクトを受けたのが、
「七人の侍」のおにぎりなんです。
藤原 はい!
糸井 あれは料理とは言えないんですけど、
結局、浪人たちを雇うのは
お金じゃなくて、あのにぎりめしだった。
藤原 そうですね。
糸井 あれはそのあとにあそこに行くんですよね。
「千と千尋の神隠し」の、
千尋があげたおにぎりなんですよ。
藤原 うん、わかるわかる。
糸井 映画っていう、いわばバーチャルな世界に
入ろうか入るまいかとして、
お客さんが腰が据わってるのか
浮いてるのかわからない状態の中、
あのおにぎりを観ちゃった途端に
急にバーチャルな世界の住人に連れ込まれちゃう。
そういう力がたぶん性と食だと思うんですね。
特に食のほうが実は強いんじゃないかな。
表現のしようがないところがある。
それを覚えていたので、
黒澤に食事のシーンがないとおっしゃった時に
「あ、1個だけあるんですよ」って思って。
藤原 「この飯をおろそかにはせんぞ」って、
志村喬が言うところで、
米の飯っていうのが彼らの命なんだ、
金じゃどうしようもないんだってわかりますよね。
あれはとっても大事。
糸井 金子(きんす)で人を雇うということは、
たぶん小銭しかなかったろうし、
米だけはあったっていう。
すごく重みもあった。
命を預かった。
だからお前たちの命を助けてやる。
もともと農民だった人たちがほとんどだから、
一気につながるっていう思いもあってね。
藤原 米の飯なんですね、やっぱり。

(つづきます)

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2009-10-29-THU

写真 山崎エリナ  協力 AERA編集部(朝日新聞社)

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(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN