藤原 |
(飯島さんのアトリエに入り)
こんにちはー。
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糸井 |
(同時に顔をのぞかせて)
こんにちはー。
エレベータで、一緒になったんです。
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藤原 |
もうごあいさつも済ませてね。
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飯島 |
ようこそおいでくださいました。
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藤原 |
飯島さん、はじめまして。
きょうはよろしくおねがいします。
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飯島 |
こちらこそよろしくおねがいします。
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糸井 |
飯島さん、ぼく、『シネマ食堂』で、
早速アサリの焼きそば作りましたよ。
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飯島 |
ああ、ありがとうございます!
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── |
きょうは『シネマ食堂』の出版記念ということで
糸井さんと藤原さんに
飯島さんに作って欲しい料理を
リクエストしていただいているんです。
飯島さんのごはんをいただきながら、
いろいろお話ししていただけたらと。
糸井さんは、ちらし寿司ですね。
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糸井 |
ぼく、「かもめ食堂」より先に
「めがね」を観たんです。
そのなかで小林聡美さんが
最初に魅せられてしまったあのお重。
光石研さんが作って、
これから宴会に持っていくというあのお重が、
もうずっと見ていたいぐらい憧れで。
「俺にもくれ!」と思ったんですよ。
食べ物であんなにインパクトを受けたって‥‥、
なんだろうなあ、思春期の頃に
シルビア・クリステルが
「エマニエル夫人」を演ったんですが、
彼女が籐の椅子に座って
こっちを見てるというのと、
あのお重を、同じに思ってました。
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一同 |
おおー(どよめき)。
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飯島 |
そうなんですか(笑)。
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糸井 |
というくらいだったんです。
そのあとも、もう食べ物のことを
ずっと追っかけちゃったきっかけが、
あのお重なんですよ。
そのあとに飯島さんの所で
ちらし寿司系は食べてるはずなのに、
「あのお重!」と思ったので、
あえてリクエストさせていただきました。
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── |
「そのあとも、もう食べ物のことを
ずっと追っかけちゃった」って、
それから映画の見方が
変わられたんですか。
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糸井 |
作る側が変わったんじゃないかな。
やっぱりあの「かもめ食堂」の
荻上直子監督はすごいと思うんです。
それまでも食べ物というのは、
──伊丹十三さんが随分描いてますけど、
だけどキャスティングとして
食い物を出したというやり方は、
今どんどん流行ってるというか、
トレンドになりつつありますよね。
ぼくは「めがね」が最初だったけど、
実質は「かもめ食堂」のときから
始まっていたことで。
飯島さんとおつきあいしてみて、
映るだけの物に対して、
目に見えない味とかテイストを
全部調整してスクリーンに置いているというのは、
ちょっとすごいことだなと。
それが当たり前になってきたんだなぁ、
というふうにしみじみ思うんです。
映画がCGになっていく時代に、
料理はさらに性根のところを
訓練していくというか、
鍛えている、ということに応援したくて。
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── |
飯島さんが、
映画のフードコーディネートを担当したのは、
「かもめ食堂」が最初だったんですよね。
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飯島 |
ええ。
そのずっと前に伊丹十三さんの
『大病院』ぐらいから5作ほど、
アシスタントでお手伝いしていました。
その打ち合わせに先生に付き添って行ったりとか、
そのために試作したりということを
かなりやっていたので、
映画にでてくるごはんというのは
こういうものなんだと思って。
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糸井 |
もう当たり前だったんだね。
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飯島 |
はい。やっぱり食べた時に
「おいしい!」っていう演技が必要なら、
自然にそうなったほうがいいですよね。
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糸井 |
ドラマの現場って、
服なんかもそうなんですが、
こういう年代のこういう人は
こういう服っていう、
索引を引けば出てくるみたいなものがあって。
料理も倉庫にあるものが
順番に出てくるんですよね。
それを、飯島さんのような人があらわれて
これだけやられると、
やっぱりこっちのほうがいいやっていうふうに
変化していくでしょうね。
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── |
藤原さんは「お茶漬け」ですね。
きっと、お好きなアメリカ映画で
来ると思っていたので、意外でした。
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藤原 |
ちょっと開き直って、
世間に顔向けができないと思って来たんですが、
自分の好きな映画っていうのを思い出すと、
一つはもともと日本映画をあまり観ていない、
という根本的な問題があって。
それからもう一つはカットがよく変わるような
元気な映画が多くて、
みんなご飯を食べないんですよね(笑)。
一所懸命思い出したのは、
例えば黒澤明だと「用心棒」で、
一杯飯屋の東野英治郎の所に
三船敏郎がやって来て食べるのは、
何かこの辺に鍋に入ってるのを
ドサッと入れて、それだけ。
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── |
見えないんですね。
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藤原 |
見えない見えない。
だから黒澤さんは
食べ物にほとんど関心を
持ってなかったんじゃないかって。
「赤ひげ」で何食べたかって記憶にあります?
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糸井 |
ああ、ないですね。
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藤原 |
しみじみとご飯を味わうというシーンがないと、
ご飯って出てこないんですよね。
それで、思い出したのは2つで、
1つはやっぱり伊丹さんなんですよ。
伊丹さんは食べ物に異様なこだわりがあって。
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飯島 |
そうですね。
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藤原 |
自分が監督しなくても
「家族ゲーム」で彼がずっとこだわっていた
目玉焼きをすする、
チュルチュルという不気味なあれをやってみたり、
「タンポポ」のオムライスも。
半熟のオムレツを真ん中から切って
パーッと広げるんですよね。
それもいいなと思いつつ、
映画を勉強する少年の気持ちにかえって、
小津安二郎の「お茶漬の味」のお茶漬け。
日清のチキンラーメンと
永谷園のお茶漬けで育った人間としては、
ここでぜひ本当のお茶漬けを
食べてみたいと思ったんです。
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飯島 |
「お茶漬の味」はすごい素敵な映画で。
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糸井 |
映画の中に、その成分がわかる
要素が入ってるんですか。
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飯島 |
正直なところ、映画の中のお茶漬けが
どんな味かは、わからないんですけど、
自分なりに美味しいと思うお茶漬けを
アレンジしてみたんです。
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藤原 |
お茶漬け一つで夫婦がしみじみしちゃうんですよ。
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飯島 |
そうなんですよ。
夫婦っていうのは
お茶漬けの味そのものだ、みたいな。
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藤原 |
そうそう。セリフにもありますよね。
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糸井 |
それを言わせるお茶漬けはすごいですよね。
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飯島 |
ぎくしゃくしていて、
いつもお手伝いさん任せにしていた家事を、
その奥さんがお茶漬けを作ってあげるというシーンで、
何気なく、ぬか漬けを切り出すんですね。
でも慣れないもんだから、
糠床を混ぜるときに袖が入っちゃう。
それを自然に旦那さんが持ったりとかして。
そういうシーンは監督さんの指示なのかなとか、
それとも俳優さんが自然にアドリブなのかなって
いろいろ思いながら、見ました。
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藤原 |
お茶漬けだけで
これは夫婦一緒になるなと
思わせるところっていうのは、
もうお茶漬けに力があるでしょう。
やっぱりあれは監督の力の中に
お茶漬けを選んだところもあるので。
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飯島 |
そうですね。
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藤原 |
やっぱり2人でフランス料理の、
夜景の見える所で
2人がカフェにいても何とも思わないけど、
場末のお店で2人でライスカレーを食べてる、
倍賞千恵子と高倉健がいたら、
これはもう2人は他人じゃないなということですよね。
食べ物っていうものを、
映画を観る時に、ちゃんと観ようと、
本当、教わったんですよ。
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糸井 |
ぼくが黒澤明の映画で一個だけ、
食物でものすごいインパクトを受けたのが、
「七人の侍」のおにぎりなんです。
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藤原 |
はい!
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糸井 |
あれは料理とは言えないんですけど、
結局、浪人たちを雇うのは
お金じゃなくて、あのにぎりめしだった。
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藤原 |
そうですね。
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糸井 |
あれはそのあとにあそこに行くんですよね。
「千と千尋の神隠し」の、
千尋があげたおにぎりなんですよ。
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藤原 |
うん、わかるわかる。
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糸井 |
映画っていう、いわばバーチャルな世界に
入ろうか入るまいかとして、
お客さんが腰が据わってるのか
浮いてるのかわからない状態の中、
あのおにぎりを観ちゃった途端に
急にバーチャルな世界の住人に連れ込まれちゃう。
そういう力がたぶん性と食だと思うんですね。
特に食のほうが実は強いんじゃないかな。
表現のしようがないところがある。
それを覚えていたので、
黒澤に食事のシーンがないとおっしゃった時に
「あ、1個だけあるんですよ」って思って。
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藤原 |
「この飯をおろそかにはせんぞ」って、
志村喬が言うところで、
米の飯っていうのが彼らの命なんだ、
金じゃどうしようもないんだってわかりますよね。
あれはとっても大事。
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糸井 |
金子(きんす)で人を雇うということは、
たぶん小銭しかなかったろうし、
米だけはあったっていう。
すごく重みもあった。
命を預かった。
だからお前たちの命を助けてやる。
もともと農民だった人たちがほとんどだから、
一気につながるっていう思いもあってね。
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藤原 |
米の飯なんですね、やっぱり。
(つづきます) |