藤原 |
これがしかし、
読者にこの美味しさが伝わるだろうか。
美味しさって、言葉で伝えるのって難しいですね。 |
糸井 |
美味しいという言葉が本当だと思えるのは、
食べた時なんですよね。
それまでずっと預けておいた言葉なんですよ。
だから、「ああ、あいつの言ったとおりだ」
と思ってもらえたらいいなと思って、
ぼくらも語るしかないですね。
でもすごいのはさ、うちの奥さんが
飯島さんのレシピをまじめに再現すると、
まったく飯島さんの作ったものと
同じになるんだよ。
「俺の技は誰にも真似できねえ」
っていうんじゃなくて、
「みんなできますから」って言うところで
ほんの微妙な小さじがどうのこうのも、
最後まで作ってるんですよ。
あれがすごいと思いますね。
デジタル化なんですよ。 |
藤原 |
小さじ1が本当に小さじ1になってると。 |
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糸井 |
デジタル信号だから変質しません、
劣化コピーじゃないですというのは、
これは相当、現代的な人のやり方だなと思うんです。
それを再現するおおもとになるのはボディだから。
おもしろい、今の時代のものですよね。 |
藤原 |
民主主義。親方が絶対に教えまいとする
情報独占の世界の逆でしょう。
みんなが作れるようにっていう。
だから政権交代は──
いや、やめよう、本当に(笑)。
いや、だけど美味しいなあ。
美味しさを文章で書いて上手な人って、
丸谷才一さんは上手だと思ったんですけどね。
でもそのあといろいろ見ていると、
例えば「まったり」とかね。
形容詞がちょっと型にはまってて。
自分の頭で浮かんでくるのは
「ああ、これがお茶漬けの味だったのか」とか、
「ああ、これは海苔の味がする」とかね。
まるで意味がないんだけど、
「ああ、そうそう。たらこの味がする」とかね。
言葉にすると馬鹿でしょう。
だけどそれが正直な感想ですね。 |
糸井 |
本当はしゃべる必要ないんですよね。 |
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藤原 |
ないない。本当はみんなだって
美味しいものを教えてあげることはないんだよね。
民主主義の反対で。 |
糸井 |
どこかで貴族の特権みたいなところと
民主主義の部分というのが、
こう、入り組んでるでしょうね。 |
藤原 |
そうそう、そこですよ。 |
糸井 |
教えて食べさせたいという意味もあるし。 |
藤原 |
うまい飯は、よほどの友達じゃなかったら
教えてやらないっていうね。
大学のそばの天麩羅屋がそうで、
偉い教授とお供で何回かいただいたんですが、
味、全部覚えてないんですよ。
ぼくが、ガチガチで。
そこに、1人で行った時があって、
その時にはね、
「藤原さんだったらこれでいいわね」って、
出る物が全く違うの。
これは民主主義とは違う
身分制社会の天麩羅でしたね。 |
糸井 |
どんどん年をとっていて、
自分にあまりエネルギーがなくなると、
濃い物とか重い物は
食えなくなるじゃないですか。
すると経験をどんどん積んで
経験値がこう上がるでしょう。
その時にはこなせなくなってるんですよ。
で、実にあっさりした
何でもない所にいっちゃうんですね。
だから「あの爺さんが言った物はうまいぞ」
というふうにならないんです。世の中って。
つまり、結局のところ、
塩かけただけの米の飯、米粒を3粒食べると
それでOKというふうになりがちなわけですよね。
だけど、大勢はそういうものを求めていない。
だから大衆が大勢求めているものと、
突き詰めていって自分の体力さえなくなった時に
欲しがるものというのは、
実はどこか枝分かれするんです。
飯島さんがやってるのはいつもそうなんだけど、
絶対誰もが美味しいっていう所に
もう1回戻すんですよ。 |
藤原 |
ああ、そのポイントの選択があるわけですね。 |
糸井 |
お前にこのワタの味がわかるか、
っていう所には絶対いかないんですよ。
これはね、なんか今のグルメブームを
黙って批評してる気がする。 |
藤原 |
突き詰めすぎて痩せちゃうのを避けると。 |
糸井 |
どんどん痩せてるんですよね。
そこを食い止めつつ、
揺るがせているっていうのはね、
飯島さん、すごいですよ。変な言い方だけど。 |
藤原 |
飯島さんは、食べてもらうのが好きってあります? |
飯島 |
はい。すごく好きです! |
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糸井 |
それが、原点だもんね。 |
藤原 |
料理を作ってらっしゃる時の
瞳をこらした表情と、
それから持ってきて、
ちょっと心配そうにして、
そして、ちょっと誇らしげに嬉しそうにして。
もうそれだけで飯島さん、映画になってた。
『シネマ食堂』で一番すごいなと思ったのは、
読んでいて食べたいってだけじゃなくて、
なんか読んでるだけで幸せになる。
映画の幸せな記憶が食べ物にくっついて、
なんか読んでいて楽しいんですよ。 |
糸井 |
飯島さん、たぶん映画を立ててるんですよね。 |
藤原 |
ちょっと控えめにね。そうそう。 |
飯島 |
あとは、なるべく──、
まったく一緒ではないんですけども、
イメージは近づけました。
「ああ、あそこは
こういうシチュエーションだから
こういう食器なのに」とか、
そういうのがないように、なるべく。 |
糸井 |
環境ごと料理なんだね。 |
飯島 |
こちらの料理、
映画ではないんですけれど
村上春樹さんの小説
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に
出てきた、セロリと牛肉の煮物です。
和風のおだしで、煮ています。 |
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糸井 |
これはうまいよなあ。
これ、以前一度いただいたことがあって。
これは村上春樹は思いつかない! |
── |
これ本当においしいですよね。
簡単でおいしいんですよね。 |
飯島 |
よかった。
すごい簡単ですよ。 |
糸井 |
これさ、どこの国の味がするんだろ? |
飯島 |
これは鰹だしなので、日本なんですけど。 |
糸井 |
でも、ちょっとアジアな感じ。 |
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飯島 |
そうです。セロリを入れることによって、
ちょっと香味野菜という感じ。 |
藤原 |
この牛肉の味の出し方そのものは、
タイ料理の目線に似てるんですけど。
だけどだしが全然違うのね。
ナンプラー系じゃないでしょう、だってこれはね。 |
飯島 |
ナンプラー系じゃないです。 |
糸井 |
ちょっとレモングラスが入ってても
いいような気がする。 |
藤原 |
きっと、それも、おいしい。 |
糸井 |
ぼく、好きな「塩ちゃんこ」の店があってね。
そこにコリアンダーを刻んで持っていくんですよ。 |
飯島 |
ああ、わざわざ持ち込み! |
糸井 |
塩ちゃんことコリアンダーは合うんだよ。 |
飯島 |
合いそうですね。 |
糸井 |
塩ちゃんこってね、
もう本当にアジア海洋民族の味。
そこにアジアの味でコリアンダーが入るとね、
もう一杯食えますね。 |
藤原 |
鍋だってアジア圏のみんなが好きですもんね。 |
糸井 |
入れるのは肉団子のすり身とか、
イカやらエビやらでしょう。
だから材料的にはもうまったく同じ。 |
飯島 |
まったく一緒ですね。
そういう旨味も出てますしね。 |
糸井 |
うん。うまいんだよ。 |
飯島 |
タイで撮影した
「プール」のお鍋があるんですけど、
それは水炊きだったんです。
鶏を骨ごと煮込んでだしを取って、
その中にタイの野菜とかトマトとか
レモングラスを入れて。
薬味がタイのレモンと、
日本から持っていったゆず胡椒と。 |
藤原 |
ああ、合うでしょうねぇ。 |
飯島 |
万能ネギみたいなネギは向こうにもあって、
それと香菜を刻んだのを混ぜました。 |
糸井 |
それはおいしおますな。 |
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藤原 |
おいしそう。 |
飯島 |
それを出しちゃったあとに気づいたんですけど、
その鶏のひき肉団子は
ももよりムネのほうがよかったかなと。 |
藤原 |
うん、わかるわかる。
(つづきます) |