『生きているのは
なぜだろう。』が
できるまで。
2019年5月15日、
『生きているのはなぜだろう。』という絵本が
刊行されます。
文は脳研究者の池谷裕二さん、
絵は映画界で活躍する田島光二さん。
制作年数は5年2か月。
発売まであと少し日がありますが、
この本の歩みを、まずは編集担当の視点から
読みものにして連載いたします。
このコンテンツの執筆は
菅野綾子が担当いたします。
第1回最初の授業。
こんにちは、ほぼ日の菅野です。
みなさんは、
「この世界はなぜあるんだろう。
自分が生きているのはなぜだろう」
と不思議に思ったことはありますか?
私はあります。
きっとみなさんも、そんな思いが
心をかけめぐったことが
これまであるのではないでしょうか。
このことをテーマにした映画や小説なども
たくさんありますね。
5年前にほぼ日から発行した
『かないくん』(谷川俊太郎 作/松本大洋 絵)という絵本もそうでした。
『かないくん』の帯には、こう書かれていました。
ほぼ日の永田泰大と私が
『かないくん』の編集を担当していたちょうどその頃、
ある人にお会いする機会がありました。
それは、東京大学薬学部教授で脳研究者の
池谷裕二さんでした。
ほぼ日ブックス『海馬 脳は疲れない』
(2002年朝日出版社刊)で
いっしょに仕事をして以来、
池谷さんはいくつもの「ほぼ日」のコンテンツに
ご出演くださっていました。
脳の、とりわけ「海馬(かいば)」と呼ばれる
記憶にかかわる脳部位を
研究なさっていて‥‥にもかかわらず、
九九を暗記しないまま東大に入った方です。
数学の公式を覚えることもせず、試験のたびに
いちからしくみを考えて解いた、そんな方です。
‥‥それでいて、いや、だからこそなのでしょう、
東大薬学部首席合格、大学院試験も首席合格。
親しみやすいお人柄で、いつも好奇心にあふれていて、
こちらの話すことにフックを見つけてふくらませてくれて、
つねに興味深いお話を聞かせてくださる人です。
つまり、すっごくおもしろい方なんです。
さて、話を戻しまして、
『かないくん』を編集制作していた
2013年のある夜のこと。
集まった理由がなんだったのか忘れてしまったのですが、
池谷裕二さん、糸井重里、ほぼ日の永田泰大と菅野が
4人で食事に行きました。
座席はこんな感じでした。
このとき、池谷さんに
お子さんがうまれたばかりということをうかがいました。
「ちょうどいま、絵本をつくっているので、
いつかお子さんにプレゼントできるようにがんばります」
というお話をしました。
そのとき、
『かないくん』のテーマを聞いた池谷さんは、
顔を輝かせてこうおっしゃいました。
「私は東大の新入生を対象にした最初の授業で、
『なぜ私たちはここにいるのか?』という
講義をしています。
毎年内容は少しずつちがいますが、テーマは同じです」
当時、『かないくん』の編集中だった永田と私は、
「なぜ生きているのか」「死ぬってどういうこと?」
というテーマで頭がいっぱいでした。
ですから池谷さんの発言に飛びつくように、
「その授業、受けたい!」と言いました。
糸井も「タイミングばっちりだね!」と
大きく頷いていました。
その後、池谷さんに
できあがった『かないくん』をお送りしたところ、
新聞に書評を書いてくださいました。
池谷さんは理科系の先生であるにもかかわらず、
死を身近な周囲の人たちとの関係性でとらえ、
そのもどかしさにも言及しておられました。
『かないくん』は、谷川俊太郎さんがはなった、
「死」についての物語でした。
もし『かないくん』の次に私たちが絵本を出すとしたら、
今度は「生」の物語にしたい。
しかもまったく違ったアプローチで。
それを書けるのは‥‥‥‥
あらためて永田とふたりで糸井に相談し、
意を決して池谷さんにメールを出すことにしました。
2014年3月5日、夕方のことです。
東大の最初の授業になさるという
「なぜ私たちはここにいるのか?」というテーマが
心に残っております。
あの内容、絵本にすることはできないでしょうか。
ほぼ日 菅野
その日の夜の8時に、
池谷さんから返信がありました。
『かないくん』を読んだとき、
ぼくも絵本を出したいと思いました。
そのとき自分では
「記憶の不思議な世界」なんていう内容を
想像していたのですが、おっしゃるとおり
「なぜ私たちはここにいるのか?」の
内容もいいですね。
池谷
そこから12時間後、
次のメールがきました。
添付書類つきのメールでした。
昨夜、娘とお風呂につかりながら
思いついたストーリーです。
娘を寝かせつけてから、1時間くらいで
ざっとなぐり書きしました。
今朝、読み返して、手直しして、添付しています。
池谷
『かないくん』のときも、
谷川俊太郎さんはひと晩であの話を書きあげました。
池谷さんもひと晩で‥‥、と愕然としながら、
私は添付ファイルを開きました。
そこに書かれている文章にはエネルギーがありました。
池谷裕二さんが
ここまで脳研究を通じて見ようともがいてきたことが
込められているようにも感じました。
東京大学の授業で新入生にまっさきに伝えたい内容で、
それを毎年毎年ご自身で磨いてこられた熱気が、
あふれかえるようにその文書に入っていました。
(※現在はカリキュラムの変更があり、
1年生の後半で講義する内容になったそうです)
私はまた、『かないくん』で問うた
「死ぬというのはどういうことなのか」の疑問に、
科学の分野からの答えが届いた気がしました。
私はPCの前で立ち上がり、
相棒の永田に、その原稿を見せました。
そのときの私はずいぶん興奮していたと思います。
鼻もふくらんでいたと思います。
読んだ永田も鼻をふくらませていました。
ここから絵本の完成まで、
じつに5年2ヶ月かかる道のりの第一歩を、
鼻をふくらませた私たちは歩みはじめました。
ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。生きているのは
なぜ
だろう。
この本には、答えがあります。