- ーー
- はじめまして。
猪熊さんと猫について、
お話をうかがいにきました。
- 古野
- ようこそいらっしゃいました。
藤田さんにとっては、ここは地元の美術館ですよね。
(※この記事は丸亀出身の乗組員・藤田が担当しています)
- ――
- はい。小学生のころにここが建って、
これまでに何度も訪れています。
猪熊さんといえば、馬の絵とか顔の絵が印象的ですが、
たくさん猫の絵も描いているんですよね。
- 古野
- そうなんです。
猪熊については、
この絵本がもっともわかりやすいので、
めくりながら簡単にご紹介しますね。
- ――
- 『いのくまさん』。
谷川俊太郎さんが書かれたんですか?
- 古野
- そうです。
これだけで猪熊のことがすべて言えている、
と言ってもいいくらいの、
すごい本なんですよ。
「こどもの ころから
えが すきだった いのくまさん
おもしろい えを いっぱい かいた。」
という言葉ではじまります。
- 古野
- 「いのくまさんは とりが すき」
「いのくまさんは ねこも すき」
実際、鳥も猫もたくさん描いてます。
でも、後で説明しますが、
鳥よりは猫のほうに
愛情を感じて描いている気がします。
- 古野
- その後、
「いのくまさんは かたちが すき」
「いろも すき」と続きます。
どんなモチーフも猪熊にとっては「色と形」であり、
色と形で絵を構成することに
注力する、というのが猪熊の姿勢なんです。
- 古野
- この内容の通り、
本当にいろんな絵を描いたというのが猪熊の特徴です。
そのなかに猫の絵もかなりあります。
- ――
- 猫の絵だけで、
どれくらいあるんでしょうか。
- 古野
- 当館所蔵品だけでも900枚くらいです。
まだ整理しきれていないので、
もうちょっとあるかな。
- ――
- えぇ、そんなに!
その猫の絵を見せていただくことはできますか?
- 古野
- もちろんです。
3月に渋谷の「Bunkamura」で
「猪熊弦一郎展 猫たち」という
猪熊の展覧会が開かれるので、
出品する絵を整理中なんです。
こういうスケッチが、たくさん残っているんですよ。
- ーー
- うわぁ‥‥。すごくいい。
ネズミがお皿に(笑)。
- 古野
- こういうのもあります。
- ーー
- かたまって寝てる。
後ろ姿の無防備さがたまらないですね。
- 古野
- いろいろなパターンがあって、
時代によって描き方も違うんです。
- ――
- あ、これおもしろいです。
猫がベレー帽みたいになってる。
- 古野
- これ、いいですよね(笑)。
猫が頭の上に乗っているシリーズは
ほかにもあるので、
「Bunkamura」の展示でも
コーナーが作られると聞いています。
でも、これってなんで猫を乗せてると思います?
みんなで推測してみたんですけど、
Bunkamuraの担当の方が考えた
「きっとこうじゃないかな」という答えがあるんですよ。
- ――
- うーん‥‥なんでしょう。
猫のほうが立場が上ということを
暗に示しているとか…?
- 古野
- あ、すごい。そうなんです!
- ――
- 去年の猫の日に、
爆笑問題の田中さんにインタビューしたんですけど、
「人は猫には勝てない。猫ファーストです」
というようなことをおっしゃっていて、
繋がるなあと思ったんです。
- 古野
- 猫ファースト! なるほど。
- ――
- あ、この絵もいいですね。
「あらあら」って言ってそうな雰囲気で。
- 古野
- そうそうそう(笑)。
いいですよね、これも。
- ――
- こういうスケッチを
次から次へ描かれていたんですか?
- 古野
- はい。猪熊の言葉に
「デッサン1000枚」というものがあって、
例えば裸婦をちゃんと描くためには、
裸婦のデッサンを
1000枚描く必要があると言ってます。
ちなみに今、ここの3階では荒木経惟さんの写真展を
開催しているんですけど、
荒木さんも1000枚が1単位とおっしゃってます。
- ――
- 1000がひと単位なんですか。
- 古野
- そんな猪熊が
「人のやらないやり方で猫を描いてみたい」と
最も猫の絵をたくさんキャンバスに描いたのは、
50歳前後のことです。
絵というのは色と形のバランスだから、
猫も色と形としてとらえて、
美しいバランスをつくり出したい、
ということで、いろんな描き方で描いてました。
そのころのものが、これです。
- ――
- ああ、本当にどれも画風が違いますね。
- 古野
- この絵を描いた後、
猪熊は52歳でニューヨークに渡ります。
そこで画風がガラッと変わるんです。
色と形で絵をつくること、
というのをさらに一生懸命考えて、
抽象画を描きはじめるんですが、
同時に、猫を描くのをやめちゃったんです。
- ――
- えっ。猫を描くのをやめたんですか。
- 古野
- 渡米前、猫を抽象形態として描こうと
取り組んでいたんですが、難しかった。
もともとの猫の姿形にも理由があるかもしれませんが、
愛情が猫そのものに行き過ぎてて、
抽象化できなかったように感じます。
- ――
- 理由が「好きだったから」なんですね。
- 古野
- はい。好きすぎたんだと思います。
晩年も、人の顔とか鳥とか馬は
キャンバスに描くのに、
猫はめったに出てこない。
それでも、やっぱり猫が好きだったんです。
80歳を過ぎた頃の
小さいメモ帳やスケッチブックに、
また猫がすごく現れるんですよ。
画家として「形」を求めて描いたというよりは、
猫そのものへの愛情で描いたんだと思います。
これらがそうなんですけど。
- ――
- 紙にインクや鉛筆で描いたものなのに、
すごくかわいいし、愛を感じます。
- 古野
- 愛にあふれていますよね。
猫を思うように描けなかった時代、
猪熊はエッセイのなかで、
「私の心はまだ猫を愛する心で一杯である」
とも語っているんです。
(つづきます)
2018-02-22-THU