- ーー
- 猪熊さんと猫との関係って、
どういうものだったんでしょう。
- 古野
- 荒井茂雄さんという、
猪熊と数年間一緒に住んでいたお弟子さんがいます。
その荒井さんが言うには、
猪熊にとって猫は仲間のような感じで、
テーブルの上に乗っても、ふすまを破いても、
柱に傷をつけても全然怒らなかったそうです。
「それも猫がつくった作品だから」と。
- ――
- え、それはすごいですね。
猫が何をしても怒らない。
- 古野
- そうなんです。
町田康さんがおっしゃっていたんですが、
猪熊の絵でビックリしたのが、
猫が普通にテーブルに乗っている絵だ、と。
その時代にそんなこと
ありえなかったと思うと。
- ――
- たしかにこれは、普通は
「降りなさい!」と怒られそうな光景です。
- 古野
- ひょっとしたら、
こういう形で絵をつくろうとしただけで、
実際にこういう場面を見ながら
描いたわけではないかもしれません。
でも、一方でこういうシーンが
暮らしのなかに普通にあったんだと思うんです。
猪熊は、多分その時代としては稀有なぐらい、
猫を家族として受け入れていました。
- ――
- 絵から関係性がわかりますね。
猫と猪熊さんの
お写真は残っているんでしょうか。
- 古野
- あまりたくさんはないんですが、
猪熊が撮った猫の写真があります。
- ――
- うわあ。かわいい。
これはどこの家ですか?
- 古野
- 1980年代に田園調布に住んでいたころですね。
ちなみに戦後すぐ、一番猫が多かった時期は、
1ダースくらい飼っていたそうです。
- ーー
- 1ダース‥‥てことは12匹!
- 古野
- 当時のエッセイを読むと、
「ガトコ」とか「チュウチュウ」とか、
それぞれ名前がついているのがわかります。
これは、猪熊がデザインした椅子に
4匹乗っかっていますね。
- ――
- うわあ、かわいい。
そして奥さんもきれいですね。
- 古野
- きれいなんですよ。
すごく仲がいいご夫婦でした。
猫好きって、昔もいたんでしょうけど、
今みたいにみんなが猫を家族として
かわいがっているような感じではなかったと思います。
でも、文筆家とか画家とか、
芸術系の人には猫好きが多くて、
『猫』という本が50年代に編まれています。
猪熊が装幀してるんですけど、おもしろいんですよ。
- ーー
- これはまた、そうそうたるメンバーですね。
しかも表紙がかわいい‥‥。
- 古野
- でしょう。
挿絵も猪熊なんですよ。
- ――
- あ、これも猫が頭に乗ってる!
たのしいですね。
- 古野
- ふざけてる感じがするけど、
きっと猪熊は大真面目なんです(笑)。
文筆家で猫好きといえば、
生涯に何百匹も飼ったという大佛次郎さんが
有名ですけど、その大佛さんのお家から
猪熊の家に子猫が養子に行ってるんです。
画家の藤田嗣治さんも、
「ゲンちゃん」「オヤジさん」と呼びあって
猪熊とすごく親しかったんですが、
パリに住んでいる頃に、
キッキーという同じ猫を描いたりしています。
- ーー
- へえー。
そういう猫つながりの交友関係が
いろいろあったんですね。
- 古野
- これもね、すごくかわいいんです。
封筒に、猪熊が猫を描き足していて。
- ――
- わああ、かわいい!
これ届いた人嬉しいでしょうね。
- 古野
- あ、これもすごいですよ。
- ーー
- なんでしょう、これ。
…遺影のような。
- 古野
- はい。奥さんのお葬式の日に
家に帰って描いた絵なんです。
- ――
- え? 亡くなってすぐに描かれたんですか。
- 古野
- そうです。
裏に「葬儀の日」という題と日付が書いてあるんです。
- ――
- ああ‥‥そうなんですね。
猫がまわりにたくさんいて、
そばについてる感じがしますね。
- 古野
- 猪熊はとにかく奥さんの絵を
たくさん描いているので、
私たち学芸員も、奥さんを描いた絵は
すぐわかるんですけど、
スケッチブックに描かれたこの絵を見つけたとき、
「え、誰だろう」と思ったんです。
絵のなかに「FUMI」と書いてあって、
フミさんにしてはなんか変だな、
別人のようだな、と。
よくよく見たらお葬式。
そして、まわりには猫。
奥さんがさびしくないように猫を描いたのかな、と。
- ――
- 猪熊さんと奥さんにとって、
猫たちは本当に大切な存在だったんですね。
- 古野
- はい。戦時中は、疎開先にも
当時飼っていた猫を
2匹連れていったらしいです。
- ――
- 疎開にも猫を連れていった?
つまりその‥‥非常時で、
食べることに困っているときにも。
- 古野
- そうなんです。
そこはやはり肩身の狭い思いをしたそうです。
1匹はオス猫でみっちゃんというんですけど、
みっちゃんが近所の農家が大切にしていた
ニワトリを襲って村中の大事件になったとか。
- ――
- 当時にしたら大事件でしょうね。
どちらに疎開なさったんですか。
- 古野
- 今の相模原市の相模湖の近くで、
仲の良かった画家たちがいっぱいそこにいて、
芸術家村みたいな雰囲気だったそうです。
猪熊はピアノも持って行ったという逸話があります。
- ――
- 猫だけでなくピアノまで!
- 古野
- でも、それが受け入れられる人柄だったんですね。
どんな状況に置かれても
「美しい暮らし」ということが常に頭にあったのは、
すごいなと思います。
(つづきます。次回以降は、
美術館内を案内していただきながら
そんな猪熊さんのことをより詳しくご紹介します)
※1 撮影者を調査しましたが判明にいたりませんでした。
ご存知の方はご一報いただけますようお願い申し上げます。
2018-02-23-FRI