- 古野
- ここ3階は天井高が7メートルあるんですけど、
そもそも5メートルだったものを
猪熊が「まだ低い」と言って、
谷口さんが天井を取っ払って
梁を見せる構造に変えて、
7メートルにしました。
そのぐらい大きくて広々とした空間に
猪熊はしたかったんです。
- ――
- たしかに、普通の高さじゃないですね。
- 古野
- 猪熊の展示に対する考え方に、
「ゆったり見せる」というものがあるんです。
絵をゆったり掛けて、説明文もなるべく少なくして、
空間全体も一つの作品として考えてほしいと。
それまでの日本の美術館というのは、
ぎっしり詰めて展示するものが多かったので、
開館当初はめずらしかったんです。
- ――
- いろんな面で、先駆けだったんですね。
- 古野
- はい。今だったら「インスタレーション(空間展示)」
という考え方も知られてきましたけどね。
ただ、この展示方法は、
そのぶん作家の実力が出るんですよ。
2階の展示室には自然光が入るし、
空間が作品を助けてくれるような面があるんですけど、
ここ3階は作家の実力がバーンと出ます。
それだけの実力がないと空間に負けちゃうんですね。
展示して実感しましたが、
やっぱり荒木さんはすごいです。全然大丈夫。
- ――
- 美術館の裏話を
こんなふうにうかがえて、
とてもおもしろいです。
- 古野
- 裏話というと、
私が個人的にこれはすごいなと
思っていることがあって、
この美術館の建物には、
前面に馬の壁画があるんですけど、
ぜんぜん落書きされないんですよ。
- ――
- 落書きをされない?
- 古野
- はい。すごいことだと思います。
1回だけ、鉛筆で何かがちっちゃく
書いてあったことがあるけど、
消しゴムで消せる程度のものだった。
- ――
- そう言われると、すごいことですね。
アートに対する敬意のようなものが
人々のなかに無意識に
あるのかもしれないですね。
- 古野
- そうだと思います。
逆におかしなエピソードがあって、
この美術館、
工事中はずっと幕で覆われていて、
壁画は見えていなかったんです。
それが初めて御開帳になる日、
幕がぱっと取れたら、
ものすごい勢いで
役所に電話がかかってきたんですって。
「壁に落書きがされてます!」って(笑)。
- ――
- (笑)
おもしろすぎます。
猪熊さんが描いた馬の絵が、
落書きだと思われたんですね。
- 古野
- ワンワンかかってきたそうですよ。
「壁にいたずらされてるけど大丈夫!?」って。
- ――
- でも、最初こそ落書きと思われるところから
はじまったものの、
その後はどんどん市民にも
受け入れられていったんですよね。
- 古野
- なじんでくれたと言うか、
それがあたりまえになってきたと言うか。
そこもすごく大事なポイントです。
そもそも、猪熊が最初に考えた壁画は
馬ではなく、「○」と「×」だったんです。
手描きで、いろんな太さの線で、
ラフに「○×○×○×」と描いただけ。
それが役所にFAXでペロンと届いて、
担当者があわてて、
「これは先生、難し過ぎます」
というようなことを言ったら、
猪熊は怒らない人だったけど、
初めてそこでちょっとムッとして、
「もっと勉強してもらわないと困りますね」
と言ったそうです(笑)
- ――
- (笑)
- 古野
- だけども、やっぱり「○×」は難し過ぎると
説得されてあの馬の絵になったそうです。
でも、猪熊がなぜ「○×」にしたかったというと、
「絵は子どもでも描けるよ」
ということをまずは言いたい。
もうひとつは、
そんな子どもが描いたような絵を
あのサイズの壁に「絵」として完成させるのが
画家の仕事だという、
その両方を表したかったんです。
「○×」でも馬の絵でも同じで、
一見落書きに見えるけど、
実は考えてつくっているんです。
- ーー
- あの馬の絵に、
そんな思いがあったんですね。
そして、館内もすごく考えられていますよね。
- 古野
- はい。
街の風景をちょっと
取り入れているのも特徴です。
建築家の谷口吉生さんは、
ニューヨーク近代美術館「MoMA」の
リニューアルにも携わったんですよ。
- ーー
- MoMA!
そうなんですか。
- 古野
- MoMAのリニューアルにあたって
建築家を決めるときに、
MoMAの担当者が世界中の美術館を見て回って、
10人ぐらいの建築家がまず選ばれたんですが、
そのときに谷口さんが選ばれた理由の一つが、
ここの美術館だったんです。
それで谷口さんが候補に挙がって、
最終的にコンペを勝ち抜いたんです。
なので、ニューヨークのMoMAも
ディテールがところどころ、ここと似ています。
谷口さんの建築って、死に場がないというか、
どこを見ても美しいんです。
- ーー
- いつ来ても光がきれいに入って、
広くて気持ちがいい空間だと感じます。
- 古野
- 谷口さんはたくさんの美術館を
手掛けてらっしゃるんですけども、
もう10年以上前ですが、
ある記事の中で「私の1点」というものを
選ぶ際に、ここを選ばれていました。
猪熊と一緒につくったことが
ご本人にとっても
楽しかったのではないかなと思っています。
- ――
- そうなんですね。
ここの美術館はいつも企画展示が
新鮮でおもしろくて
東京にいても話題になっているのを
よく耳にするんです。
企画はどのようにして生まれているんですか?
- 古野
- 学芸員みんなで案を出しています。
そもそも猪熊が
「現代美術館」という方針にしたから、
現代美術を展示しないといけないんです。
なかでも、海外で注目されているのに
日本であまり知られていない作家とか、
著名な作家でも新作を展示する、とか、
「今、見てほしい」人を紹介したいと考えています。
ただ、一方で行き過ぎると
良さが伝わらなかったりするので、
いつも試行錯誤でやってます。
- ――
- そうそうたる人が訪れているようですね。
ソニアパークさんもいらっしゃったとか。
- 古野
- あ、それはホンマタカシさんの
個展のときのオープニングですね。
あの日は本当すごくて、
東京の青山がそのまま丸亀に来たみたいでした。
ソニアパークさんも岡尾美代子さんも
いらっしゃったし、
ほかにも横尾香央留さんとか、
すてきな方たちがたくさん。
そういう方々が来てくださるのも、
猪熊の考え方が先取りだったからじゃないかなと。
- ――
- 猪熊さんの理想がつまった
器としての美術館が、
いろんな人を呼んでくれているんですね。
- 古野
- ここで働いていると、
何か守られている感じがあります。
時代の波があるから、
そうそう思うとおりにはいかないですし、
財政的なこともあるので難しいけど、
100年後にも核として大事なところが残せるように
最初に猪熊がよくよく考えたんだと思います。
- ――
- 100年後にも残るように‥‥。
- 古野
- それと同時に、時代に合わせて変えていくのも、
すごく大事だと思うんです。
猪熊自身が新しいものに開いていく人ですし、
明るく前向きな猪熊の姿勢と合うものが、
ここには合うんですね。
そうそう、「ほぼ日」さんとご縁のある方も
猪熊に関わることが多いんですよ。
あーちんもそうですし。
- ――
- え、あーちんも?
- 古野
- 東京の初台にあるオペラシティで、さきほどの
『いのくまさん』という絵本の展覧会をしたときに、
まだ小さかったあーちんが猪熊の絵を見て、
「好きに絵を描いていいんだ」ということに共感して、
で、自分もどんどん思い切って
描いていこうと思ったんだそうです。
それで、今度小学館から出版される猪熊の本に、
あーちんも参加してくれることになりました。
あと、坂本美雨さんも寄稿してくださったんです。
- ――
- へぇー! 知らなかったです。
たしかに、あーちんはいつものびのびと
絵を描いてますもんね。
- 古野
-
だから、「ほぼ日」に丸亀の方が入った、
というのを「すごいお母さん」の記事で知って、
いつかここにも取材に来るんじゃないかと思って、
待ってました(笑)。
- ーー
- ああ、うれしいです。
こちらこそいつか取材させていただきたいと
ずっと思っていました。
猫の話も、美術館の話もとてもおもしろかったですし、
あらためて猪熊さんのすごさ、
遺されたものの大きさを感じました。
今日はどうも、ありがとうございました。
- 古野
- こちらこそ。気をつけて帰ってくださいね。
(終わります。最後までお読みいただき
ありがとうございました。)
2018-02-26-MON