伊丹十三特集 ほぼ日刊イトイ新聞

1000円の消しゴムの男。村松友視+糸井重里

第5回 ブラバス、たまには遊びにきてよ。
村松 俺ね、伊丹さんからメシに誘われたの。
宮本信子さんがパルコ劇場で芝居に出てて、
その向かいの店で
一緒にメシ食おうってことになった。
伊丹さんが顔を切られた事件のあと、
まだ護衛がついてるような頃だった。
 
そのとき、伊丹さんに向かって
俺はこんな話をしたの。
 
「映画のある部分が
 なんでフレームインか、
 なんでダブるのか、
 なんでフェイドアウトなのか、
 なんでこの場面の次がロングなのか、
 そういうことについて、
 いまの監督なんて
 何もわかんないで作ってる人が
 多いような気がするんだけど、
 伊丹さんの映画っていうのは
 それがすごくよくわかる。
 でも、それがわかり過ぎる」
糸井 うん、うん。
村松 「映画というものは
 もっとゆったりした楽しみのものでさ。
 昔のハリウッド映画で
 いま思い起こすのは、
 別段クライマックスシーンではない。
 ただショーン・コネリーがロビーを横切るとか、
 ハンフリー・ボガードが
 ドアを開けてスッと入るとことか、
 そういうシーンがすごくて、
 それが何十年も残っちゃうんだ。
 伊丹さんの映画は、
 全部の場面にメリハリがついてて、
 意味がありすぎるんじゃない?」
ってね。
俺、その頃は伊丹さんに
あまり会ってなかったから、
この機会しかないと思って
そういう感想を言ったの。
糸井 村松さん、きっとそれを
すごく言いたかったんでしょうね。
村松 言いたかったの。
そしたら、伊丹さんの答えが
またすごいんだ。
「いや、だからね」って、言うんだよ。
「いや、違うよ」とは言わなかったんだ。
糸井 うわー!
村松 伊丹さんは
「いや、だからね、日本の俳優で、
 ただドアから入ってきて
 スッと部屋を横切ってくのを
 のちのちまで残るぐらいの歩き方で
 やってくれるやつがいれば、
 そりゃあいくらでも撮るよ」
って言った。
糸井 はぁあー。すごいね。
村松 うん、これはすごいよね。
俺は、伊丹さんとはそういう話を
わりといつもやってたんです。
論争でもないし、文句でもないし、
何か言ったからといって、べつに
あとにしこりが残るっていうことでもないんだよ。
俺にしてみれば、伊丹さんは
そんなことを言わないやつをバカにする、
というくらいの気もあった。
 
そしたら、その翌日、
信子さんから電話がかかってきた。
「ブラバスさぁ、たまには遊びにきてよ」
ってね。
「なんで?」つったらね、
俺が帰ったあと、伊丹さんが信子さんに
「あれが会話だよね」
と言ったらしいんだ。
糸井 ううーん。そうか。
村松 伊丹さんは映画監督で、もう巨匠でしょ?
そうなると、どうしても周囲は
屈服せざるを得ないんです。
それは、しょうがないんだ。
 
伊丹さんの、平気で人を捨てていくところは、
いい意味ですごいものがあったんだけど、
映画は、仲間がいなくちゃできないわけで、
そういうわけにもいかなくなった。
 
だから信子さんは、
たまには遊びにきて、
そういう関係抜きの話をしてくれと
言ってくれたんです。
俺にしてみると、
別にそういう意図があったわけでもない。
伊丹さんの映画は、
いつも観ることは観てたわけだし
かねがね思ってたことを
久しぶりに会ってむかしと同じように言った、
ただそれだけのことです。
糸井 伊丹さんの映画について
村松さんが言ったのは、
説明できることしかしない、
ということですよね。
村松 そうだね。
糸井 伊丹さんはコミュニケーションのお盆の上に
すべてを載せられると思ってるところが
あったのかもしれない。
載せられない派の人間は、
載せられないことについて考えたいし、
悩みたいんだけど、
伊丹さんは、説明できるまでやってみたい
タイプだったんですね。
村松 うん。
俺は、『問いつめられたパパとママの本』
というのを伊丹さんと作ったんだけど。
糸井 あの本、編集は村松さんですか。
村松 そう。あれが伊丹さんと俺の
はじめての仕事なんだよ。
俺が「婦人公論」にいた頃だね。
「空はなぜ青いのか」とか、
親子のなぜなぜ百科のような質問について
伊丹さんがイラストと文でまとめるんです。
だけど、内容が科学的なことだから
専門家に質問するわけ。
最初の頃は、専門家の取材に
ふたりでいっしょに行ってたんだけど、
そのうちに、伊丹さんは
ぜんぜん行かなくなっちゃって、
俺が代わりに聞いてくるようになったんだよね。
 
伊丹さんは、理数的にすごい頭を持ってて、
俺はとてもかなわない。
きっとイトイならそんなに感心することじゃ
ないかもしれないけど、
俺からは、伊丹さんの理解力ってすごいんだよ。
相手が説明する論理を、
かねがね自分が考えてるような
ことじゃなかったとしても、
スーッと理解する。
それ、ほんとにすごいの。
糸井 それは村松さんもそうでしょう?
村松 いやいや、俺はない。
俺は、自分の「かねがね」の
サーチライトの中だとすごいんだけど、
外れちゃうとダメなんだ。
伊丹さんは何でもどんどん理解していくの。
あれは学力でもないんだよな。「頭」なんだ。
糸井 うーん。
それはつまり、「通り一遍」ってことですよ。
ぼくは「通り一遍」が大好きですし、
伊丹さんも「あ、そういうことね」というのを
やっちゃうんじゃないでしょうか。
だいたいの人はやるんです。
村松さんがやんないだけなんですよ(笑)。
村松 あ、そうなの?
糸井 村松さんは、ほんとうに
ピント合わせていくでしょう。
村松 ピントが合わなかったり違うレンズだったりしたら
俺、ポワーンとしちゃうんだよね。
 
で、伊丹さんが行くべきところの
科学者の取材にひとりで行って帰ってくると
伊丹さんが、
「じゃ、こことここの問題は
 どうなってるの?」
って言うわけ。
現場に伊丹さんがいれば
簡単に解決することなのに、
それを「どうなるの」つったって
俺がわかるわけない。
また同じ人に取材に行って、
というようなことをくり返してたんです。
子どもの使いだよね。
糸井 大変ですね(笑)。
村松 人使いが荒いというわけじゃないんだけど、
人の事情を歯牙にもかけないとか、
人はほかの時間で別なこともやってんだ、
ってなことに対する理解がですね‥‥。
糸井 村松さん、具体的な文句が出てますよ(笑)。
村松 いや、人の事情を理解しないんじゃなくて、
一切その考えを作動させない(笑)。
糸井 うん、頓着しないんですね。
村松 しない。だから、子分と親分みたいな
そういうスタイルで成り立つ仕事が
多くなっていたのかもしれないね。
しかも、やわらかそうな伊丹スタイルで。
 
(つづきます)
 
13.『問いつめられたパパとママの本』

伊丹十三さんは小学校時代、
「特別科学教育学級」に編入しています。
このクラスは、日本人で初めてノーベル賞を受賞した
物理学者である湯川秀樹氏たちによって作られた
特別英才クラスで、
伊丹さんは戦時下でありながら英語を学び、
将来の科学者を養成するための授業を受けています。
 
そのためか、伊丹さんは、おとなになってから
得意の英語をいかして海外の映画に出演したり、
心理学者の岸田秀さんと精神分析学の本を出すなど、
博識なうえに勉強家であるという顔を見せています。
 
また伊丹さんはエッセイ『再び女たちよ!』によると、
高校の生物の教科書でみた女性の骨格の記述について
「これは詩だ!」と思ったそうです。
この伊丹さんの、科学に対してロマンを感じる感性も、
その後生き続けます。
 
それらが結集した、手始めのような作品といえるのが、
1968年11月、伊丹さん35歳の時に出された
この『問いつめられたパパとママの本』です。
 
村松友視さんを担当編集者として
『婦人公論』(中央公論社)に
「パパとママのなぜなぜ百科」というタイトルで
連載したものをまとめた本で、
子供たちが発する、かつ大人がこたえにくい
「ナゼ?」を解決すべく、40の質問にこたえています。
 
たとえば、「赤チャンハドコカラクルノ?」
「空ハナゼ青イノ?」
「ナゼオ月サマハボクガ歩クト追ッカケテクルノ?」
「ローソクノ火ハ吹クト消エルノニ
 炭ノ火ハ吹クトドウシテオコルノ?」などなど‥‥。
 
専門家の話をわかりやすくかつユーモラスに解説し、
添えられた自筆のイラストも楽しい、
伊丹さんならではの本になっています。
 

「ローソクノ火ハ吹クト消エルノニ
 炭ノ火ハ吹クトドウシテオコルノ?」のイラスト

 
子供に嘘をつきたくない、と各所で語っていた伊丹さんは、
その後もこの「ちゃんとこたえること」を
たいへん大事にされています。
 
『問いつめられたパパとママの本』の文庫版に書かれた
「あとがき」(1976年)では、
すでに二人のお子さんをお持ちだった伊丹さんが、
 
「実際に自分で子供を育ててみると、
 やはりこの本を書いた当時とは
 若干考え方を変えざるをえなかった部分が出てきている。
 (中略)考えの変わった部分とは、性教育になります。」

 
と書き、この問題を解決するべく
性教育の盛んなデンマークへ行き、その授業の様子を見、
自らの態度を決めるという、さらに真摯に実践的に
この問題にとり組まれていったようすが描かれています。
(ほぼ日・りか)
 
参考:DVD『13の顔を持つ男』
   『伊丹十三の本』(新潮社)
 

『問いつめられたパパとママの本』(中央公論社)。
Amazonではこちら(新潮文庫版)。

 
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2009-06-29-MON
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