── | 岩崎さんの『点滴ポール』のなかには、 何度も何度も 「生きる」とか「生き抜く」という言葉が 出てくるじゃないですか。 |
岩崎 | はい。 |
── | 難しい質問だとは思いつつ、 それって、どういうことだと思いますか? |
岩崎 | 私も「こうだ!」と断言できるような言葉は まだ持ってないんですが これだけは言えるということがあるとすれば 「生きていてよかった」ということです。 |
── | あんなに苦しい思いをしながら。 |
岩崎 | 自分が、この歳になるまで、 こういう身体で生きてきたわけですけれど、 途中途中では 死にたくなっちゃうこともあったんです。 |
── | 17歳のときの「家人のいない、ある日の午後」、 「目の前にナイフがあった」と、本にも。 |
岩崎 | でも、私は「生きよう」と思い直しました。 そして、そうやって生きてきて思うのは やっぱり、 「生きていてよかった」ってことなんです。 |
── | そうですか。 |
岩崎 | 苦しいことはたくさんあるし、 身体も、どんどん不自由になってきているし、 できないことは もう、山のようにあるんですけど、 でも、それでも、 「ああ、生きていてよかった」って、 心から思うので。 |
── | どういうときに、そう思いますか? |
岩崎 | 外へ出て、青い空を見ているときとか‥‥。 |
── | に、「生きていてよかった」と? |
岩崎 | 思いますね。 |
── | そういえば『点滴ポール』の最初のページに 詠まれているのも「青空」の歌でした。 |
岩崎 | あれを書いたのは、かなり初期です。 年に数度しか家を出られなかった時期が続き、 病院と自宅のあいだを 行ったり来たりしていた最悪の状態が すこし、落ち着いてきたころで。 |
── | ええ。 |
岩崎 | 病院へ行くときって 介護タクシーを呼んでもらうんですが、 あるとき、 ストレッチャーに乗せられて家を出た瞬間に 見えたんです、空が。 寝かされているから、見えるじゃないですか。 それが、ものすごい青空だったんです。 |
── | そんなにも「青空」でしたか。 |
岩崎 | もしかしたら 年に数度しか外に出られない時期だったので なおさら、そう感じたのかもしれません。 でも、そのときは、 なんて青い空なんだろうと、思いました。 |
── | で、その青空を見たときに 「生きていてよかった」‥‥と? |
岩崎 | うまく言えないんですけど 「私は、このなかで、生きているんだ!」 という実感がありました。 「青空をふくめた全体」というか、 「この真っただなかで、私も生きている」 というような。 その感動が、強烈な感動が、ありました。 |
── | 感動。 |
岩崎 | ほんの一瞬のことだったんですが 広くて青い空に吸いこまれる‥‥というか、 融け込んでゆく‥‥というか。 感動というと みじかい言葉で終わっちゃうんだけれども、 心を貫かれたんです。 |
── | その、なんでもない、青空に。 |
岩崎 | そう。 |
── | 人が「生きたい」 「生きていてよかった」と思うきっかけって、 なんとも不思議なものですね。 |
岩崎 | 本当ですね(笑)。 |
── | もし、その日が曇ってたりしたら‥‥。 |
岩崎 | どうだったでしょう。 あんなにも青い空だったからこそ、 感動したんだってことは、たしかですから。 |
── | そう思うと、太陽ってすごいです。 |
岩崎 | ほんとに(笑)。 日の光を浴びたり、風に吹かれたりするだけで 心地よくなりますものね。 |
── | 若いころは「生きる」ことって あんまり深くは、考えてこなかったんです。 ただばくぜんと 死ぬのは嫌だなとは思ってはいたんですが。 |
岩崎 | ええ。 |
── | でも、いつかは自分も死ぬじゃないですか。 「明日も生きるし たぶんあさっても生きるんだけど、 そのうち いなくなるんだよなあ、俺も」 というふうに思うと、 なんだか不思議な気持ちになったりします。 |
岩崎 | そうですね。 人それぞれ、きっかけがあると思うんです。 僕の場合は、たまたま、こういう病気で、 若かったころは 「生きる」について何か考えるというより、 自分の十何年の人生が すでに「余生」としか思えなかったりして。 |
── | ええ。 |
岩崎 | でも、あの日、あの青い空を目にしたことで、 「生きる」ということについて、 あるいは 「生きることのよろこび」について、 模索するようになったんです。 |
── | なるほど。 |
岩崎 | たとえば、車いすに乗って、外へ出たとき。 家族や友人など、自分が安らげる人たちと、 おしゃべりというかな、 何気ない会話をして、くつろいでいるとき。 そんなときに、人間らしく生きているなあと 実感できるようになってきました。 |
── | 特別なことじゃなく、ふだんの生活のなかで。 |
岩崎 | そう。そして、そういうときに、 私は「生きていてよかった」って、思います。 つらいとか、 苦しいってことは、もう当たり前にあるし 深く考え込んでしまって、 もう八方塞がりの状況になったりもします。 だけど、 そうやってでも「生きている」こと自体が 言葉で言うと簡単ですが 本当に素晴らしいことなんです、私には。 |
── | でも、そうは言っても、 気分が落ち込む日だって、ありますよね。 |
岩崎 | ええ、ありますね。 悪いことをいっぱい考えて(笑)、 落ち込んでしまう日もあるんですけれど、 そんなときはやはり、 人とのやりとりが、助けてくれます。 |
── | 具体的には、どのような? |
岩崎 | 両親、家族、友人はもちろんなんですが、 私の五行歌を読んだ人が コメントやメールをくださったりするんです。 「自分にもつらい状況があるけど、 あなたの歌を読んで、力をもらいました」 というような言葉をくれたり。 |
── | ええ、ええ。 |
岩崎 | それを読んだからといって、 今、自分の抱えているつらさや苦しみが 解決するわけではないんだけれど、 だけど、 「やっぱり、がんばろう」という意欲や 「生きていこう」という気持ちが 身体のなかから、湧いてくるんですね。 私のほうも、力をもらっているんです。 |
── | なるほど。 |
岩崎 | だから今、誰かに 「生きていてよかったですか?」って もし聞かれるなら、 私は、 もう即座に、 「生きていてよかった」と言いたいです。 「生きてるだけで素晴らしい」って 本当のことだって、もう知ってますから。 |
<つづきます> |