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太田 |
大沢さんの仲間たちって
仲良さそうでいいなぁと
以前から憧れてるんです。
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大沢 |
このジャンルが、特殊なんですけどね。
歳はみんなバラバラで、
志水(辰夫)さんは、もう70ですし。
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太田 |
ああ‥‥そうですか。
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大沢 |
北方(謙三)さんは昭和22年ですから、
ことし64だし、
船戸(与一)のおっちゃんは‥‥67?
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太田 |
へぇー‥‥。
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大沢 |
‥‥みたいにバラバラなんだけど、
ぼくら冒険ハードボイルド系の作家は
なぜか、すごく仲がいいんです。
でも、決してなぁなぁなわけじゃなくて、
売れない時代に
お互い、けなし合いながらも
一緒にやってきたという思いがあって。
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太田 |
そこが魅力。
苦労時代を知ってる仲間というのが。
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大沢 |
この間、『廃墟に乞う』で佐々木譲さんが
直木賞をとりましたけど、
そのときの2次会は
20年前、30年前に戻ったみたいでした。
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太田 |
ははぁ。
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女将 |
じゃがいも土佐でございます。 |
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大沢 |
‥‥北方謙三、逢坂剛、西木正明、
船戸与一、志水辰夫、宮部みゆき‥‥俺。
志水さんが、ご自身のホームページに
書いてたんですが、
「その夜、時計の針が戻ったかのように
かつての仲間が集まった」と。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
譲さんご本人も
「どんな編集者の言葉よりも、
やっぱり
こいつらに馬鹿にされるようなものを
書いちゃいけない、
その思いだけで俺はやってきた」と。
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太田 |
うん。
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大沢 |
「かつて、俺と大沢在昌が
警察小説について激論を交わしていたとき、
まわりの人間は
ケンカがはじまったと思ったらしい。
そういうできごとを
いくつも重ねて、今がある」と。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
「そういう時間を飛び越えて、
かつての仲間が、集まってくれたんだ」
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太田 |
うーん‥‥いい。
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大沢 |
バカな仲間たちが全員、集まってきて、
「あんときはよぉ」とか
盛り上がりかたがハンパじゃなくって。
それもね、いい歳こいた、
それぞれに、そこそこ有名なさ‥‥。
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太田 |
はい。
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大沢 |
大家みたいなのも、いるわけですよ。
そいつらがさ、ガキみたいになって、
「お前、
あんときああ言ったじゃねぇかよ」
「ふざけんじゃねぇ」
みたいに
ギャーギャー言い合ってるの(笑)。
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太田 |
苦労時代をともにした仲間は、
一生の宝物ですね。
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大沢 |
そう、いちばんのライバルが、
いちばんの友なんです。
苦しくて、つらいときでも
「あいつらだってきっと、つらいんだ」
と思って、やってきたし‥‥。
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太田 |
そして「あいつらにも読まれるんだ」と。
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大沢 |
ええ、ええ。
「あいつ、手を抜きやがったな」とか、
「あいつ、小説なめてるだろう」とか、
仲間に
そんなふうに思われるようなものだけは
書いちゃいけないって、
みんながみんな、思ってたんだと思う。
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太田 |
いい関係だなぁ‥‥。
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大沢 |
人によってね、売れていった時期は
ちがうんだけど、
読者がついてようがいまいが
「お前の書いてるもの、くだらないよ」
とか、
「お前の書いてるもの、つまんないよ」
とか、
仲間にだけは、言われたくなかった。
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太田 |
これだけ若いときから仲間で、
それぞれが大家になったのは
日本文壇史上でも、珍しいでしょうね。
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大沢 |
ちょっと、ないんじゃないですかね。
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太田 |
純粋に、あこがれます。
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女将 |
‥‥あの、お話中‥‥これね、
私、あつかましいかなと思ったんですけど、
うちのぬか漬けと
大分に吉四六漬けってたまり漬けがあって、
おいしいので、その盛り合わせ。 |
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大沢 |
ああ‥‥うれしいですねぇ。
ぼくは自分でも漬けるので。
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女将 |
あ、そうなんですか?
それと‥‥これは、味噌唐辛子。
お味噌をつけて召し上がってね。 |
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大沢 |
へぇ‥‥だから‥‥ほんと、独特。
たとえば、北方さんは
未だに直木賞をとってないんです。
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太田 |
あ、そうでしたか。
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大沢 |
何回も候補に挙がってはいるんだけど、
まだ、とってない。
で、彼は今、直木賞の選考委員なんですけど、
はじめて選考委員になった年に、
いきなり
船戸与一の作品が候補に挙がってきたんです。
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太田 |
はぁ。
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大沢 |
オレ、そのことを聞いたときに
大爆笑したんですよ。
で、「あんた大変だね。どうすんの?」って
ケンちゃんに聞いたの。
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太田 |
うん、うん。
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大沢 |
そしたら北方さん、そのときは
「オレは新参者だし、何も言わん」って
言ってたんです。
ところが、築地の「新喜楽」って料亭で
いざ選考会がはじまったら
船戸与一の受賞が
流れそうになったらしいんですよ。
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太田 |
‥‥うん。
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大沢 |
そしたら北方さん、
お膳を脇にどけて、座布団を外し、
正座しながら
渡辺淳一、黒岩重吾、井上ひさし、五木寛之といった
並みいる選考委員面々に向かって
「若輩者ながら
みなさまに申し上げたいことがあります。
船戸与一という作家は‥‥」って。
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太田 |
‥‥へぇ!
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大沢 |
で、受賞したんです、船戸のおっちゃん。
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太田 |
しびれる!
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大沢 |
オレ、それを聞いたとき、涙が出るほど感動して。
「あんた男だね。超かっこいいよ」って。
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太田 |
いいなぁ、すごいなぁ。
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大沢 |
あの「北方謙三」という男は、
本当に「北方謙三」なんですよ、ふだんから。
ぼくが、直木賞をいただいたときにもね、
「2次会の司会はオレがやる」と
買って出てくれた。
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太田 |
うん、うん。
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大沢 |
ところが、あとから聞いたらさ、
当日、体調がすごく悪くて
司会やりながら
トイレ行っちゃあ吐いては戻って‥‥を
繰り返してたらしいんです。
それ聞いてオレ、本当にびっくりして、
「ごめんね、ケンちゃん。
そんなに体調が悪いってこと知らなくて」
と言ったら
「立場が逆なら
お前だってやっただろう?」って。 |
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
‥‥もちろん、やるんですけどね。
やるんですけど、
そういうところが「北方謙三」だし、
ぼくらは、
同じ時代を戦ってきた仲間としての信頼感が
すごく強いんですよ。
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太田 |
しびれるなぁ‥‥。
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大沢 |
‥‥でね、ウケるのは、ケンちゃんが
その新喜楽で
はじめてとある大作家さんにお会いして
「先生」って
お酌しようとしたら、その人に
「止めたまえ。
君ももう、そこそこ大家なんだから」
って言われたらしくて(笑)。
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太田 |
それもまた、いい話だ(笑)。
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大沢 |
それ以来、ぼくは
「よう、そこそこ大家!」って
呼んでるんです、
あの北方謙三さんのことを(笑)。 |
太田 |
でも、北方さんが、あの巨きな身体で酌を。
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大沢 |
上下のスジをとおすほうなんで、
けっこうやるんですよ。
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太田 |
へぇ‥‥。
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大沢 |
あるときには、とある対談集の打ち上げに
浅田次郎さんが来てたんです。
で、ケンちゃんもまた、そこにいて。
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太田 |
はい。
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大沢 |
それまでケンちゃんは
浅田さんのことを歳上だと思っていて
「浅田さん、浅田さん」って、
さん付けで呼んでたんです、ずっと。
ところが、浅田さんって、
ケンちゃんより若いんですよ、3つ4つ。
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太田 |
ははぁ。
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大沢 |
でもね、言わなきゃいつまでたっても
気づかないと思ったんで、
オレが
「浅田さんってさ、そうは見えないけど
本当は藤田宜永さんなんかと
同い歳くらいだよね?」って言ったの。
そうしたら、
ケンちゃんが「なに!?」となって。 |
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太田 |
ぶははははは(笑)。
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大沢 |
で「浅田さん‥‥歳いくつ?」って聞くわけ。
で、浅田さんが
「恥ずかしながら‥‥」と言って白状したら
「浅田ァ、水割り持って来い!」
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太田 |
ははははは!(笑)
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大沢 |
もう、その場、大爆笑で(笑)。
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太田 |
そりゃあ、茶目っ気というもんでね。
いいなぁ‥‥へぇ(笑)。
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大沢 |
ぼくは、ケンちゃんのことを
いちばんのマブダチだと思っているし、
向こうも
そう思ってくれてると思うんですけど。
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太田 |
そうでしょう、そうでしょう。
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大沢 |
彼は、学生時代に彗星のごとくデビューして、
あっという間に、超売れっ子になった。
パーティ会場では
ぼくの前には誰ひとりいないんだけれども、
北方さんの前には
名刺を渡したい編集者が行列をつくってる。
そんな光景を
ずっと、目の当たりにしてきたわけです。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
とくにぼくなんて、デビューから28作、
いちども本が重版されない
永久初版作家の時代が長かったから‥‥。
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太田 |
‥‥‥。
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大沢 |
29冊目、なかばヤケクソで書いたのが
『新宿鮫』だったんです。
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
でね、ともかく、仲間内では
北方さんがいちばん最初に売れたんです。
だから羨ましかったんだけど、
たぶん、ぼくだけじゃなくて
みんなが
「悔しかったら
自分もこういう行列をつくれるような作家に
ならなきゃダメなんだ」と思ってたんだ。
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太田 |
はい。
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大沢 |
で、後にみんな、本当に同じように売れた。
西木さんや逢坂さんも直木賞をとったりして‥‥
ぼくが最後だったんです、売れるのが。
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太田 |
‥‥‥そうでしたか。
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大沢 |
デビューから第1作の『新宿鮫』を出すまで、
10年以上かかってますから。
焦りとか、いろんな思いがあったんですけど、
みんなが
「大沢、早くこっち来いよ」
って、ずーっと言い続けてくれたんです。
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太田 |
仲間っていいですね。
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大沢 |
「ぐずぐずしてんじゃねぇよ」って。
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太田 |
うん。
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大沢 |
あとで話を聞くと、ぼくのいないところで
「次は大沢、来るな」って話を、
してたらしいんです。
で、ぼくが『新宿鮫』を書いてからは
こんどは
「次は藤田宜永、来るな」って
話していたんです、ぼくも混ざってね。
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太田 |
へぇー‥‥。
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大沢 |
そしたら、藤田さんが
『鋼鉄の騎士』を書いてバーンと売れた。
で、ぼくらは「ほら、来た」って。
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太田 |
すごいな。
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大沢 |
その‥‥なんていうのかな、
一瞬の濃い時代を共有した人間にしかわからない、
「次のブレイク、あいつだぜ」
という、確信めいた予感‥‥を感じるんです。
それは、匂ってくるものというかな、
迫力というか、わかるんですよ。
こいつ、今リーチかかってんなって。
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太田 |
仲間だから‥‥。
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大沢 |
ええ、そうなんでしょうね。
<つづきます> |