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新宿三丁目・花園神社付近 ある寒い日の、午後6時 |
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太田 |
ごめんください。
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大沢 |
‥‥この口調、テレビと同じだ(笑)。
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女将 |
太田先生、
ようこそおいでくださいました。
奥の小上がりのほうへ、どうぞ‥‥。 |
大分郷土料理 とど 奥の小上がりにて |
太田 |
すみません、早い時間から。
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大沢 |
いえいえ、太田さんに
居酒屋に連れてきていただけるなんて‥‥
身に余る光栄です。
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太田 |
基本的に開店と同時に入店するのを
鉄則にしているもので。
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大沢 |
こちらのお店は、どういう? |
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太田 |
大分料理の店ですが、
いわゆる「観光郷土料理」ではなく、
「向こうのまんま」です。
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大沢 |
へぇ‥‥。
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太田 |
大分には何度も行ってますが、
あるとき
この店にふらりと入ったら
「あ、これは大分そのものだな」と思い、
それを女将さんに言ったら
「あんた、よう知っとるね」とか言われて
うれしくなり、
それから、よく来るようになったんです。
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大沢 |
そうですか。
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太田 |
新宿で何かあったとき、
落語の帰りにちょっと一杯とか、
そういうときに
とても都合がいいんですよ。
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大沢 |
なるほど‥‥。
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女将 |
先生、今日は、いかがいたしましょう。
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太田 |
どうしようかな、えーと‥‥。
まずは、りゅうきゅうだな。
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大沢 |
りゅうきゅう?
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太田 |
はい、関アジ、関サバの刺身を
ゴマ醤油だれにつけて‥‥。
では、りゅうきゅうを人数分ください。
関アジ、関サバは半々で。
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女将 |
はぁーい。
あと先生ね、今日、もらいものですけど、
四万十川で獲れた川エビがあるので、
いま揚げてますから、お持ちしましょう。
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太田 |
ああ、いいな。
それと、例のさつま揚げがほしいな。
おもしろいもの入れて。
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大沢 |
おもしろいもの?
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太田 |
あそこの品書きに
ほうれん草、ねぎ、ししとう、にんにく‥‥
なんて、いろいろ書いてある。
この店では
あれがぜんぶ、さつま揚げで食べられるんです。
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※クリックすると拡大します。
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大沢 |
ほおー‥‥。
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太田 |
「にんにくでやってくれ」とか
「エビで」とか
「かぼちゃで」とか‥‥。
ラッキョウなんて、よかったなぁ。
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女将 |
じゃあ、盛り合わせで持ってきましょうか?
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太田 |
うん、そしたら、ふた皿ちょうだい。
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大沢 |
やせうまって何です?
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女将 |
手で伸ばしたおだんごに
きな粉と砂糖をまぶして。
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大沢 |
つまりそれ、デザート系ですか?
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女将 |
そんな洒落たものじゃないですけれど(笑)、
まぁ、ちょっと甘いものです。
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大沢 |
へぇー‥‥はじめて聞くなぁ。
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太田 |
えーとね、それと、
じゃがいも土佐と、ちりめんじゃこおろし。
あとはまた、ようすを見ながら。
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女将 |
わかりました。
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太田 |
じゃ、とりあえず‥‥。
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大沢 |
ビールで。
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太田 |
ビールで。
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大沢 |
乾杯。
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太田 |
乾杯。 |
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大沢 |
‥‥大ファンです(笑)。
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太田 |
そんな、大作家にそんなこと言われちゃったら
ちっちゃくなっちゃう‥‥。
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大沢 |
あの、以前、お手紙をお出ししたことが
あるんですけど‥‥。
註‥‥かつて、大沢さんは太田さんに
ファンレターを書いたことがあるほど
太田さんの熱烈なファンである。
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太田 |
ええ、ええ、いただきました。
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大沢 |
太田さんがBSでやってらした
『ニッポン居酒屋紀行』という番組。
ぼくは、あの番組をはじめて観たときから、
すっかり
太田和彦という人のファンになっちゃって。
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太田 |
身の縮む思いとは、このことだ(笑)。
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大沢 |
いや、まじめな話なんですよ。
あの柔らかい物腰と
明らかにグルメのタレントさんとはちがう、
ちょっと口ごもるような
朴訥な口調、
でも、すごくハッキリものをおっしゃる。
そして何より、
カウンターでお酒を飲んでいるときの、
あの、美味しそうな顔‥‥。
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太田 |
それしか、取り柄がない。
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大沢 |
あの番組を観てると、太田さんって、
とても紳士でダンディで
すごく柔和な印象を持っていたんですけど、
その、
ぼくが出したファンレターのお返事の中に‥‥。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
「寸志」と書かれた「拳銃の写真」が
同封されておりまして‥‥(笑)。
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太田 |
あはははは、そうだった。
ちょっとした冗談のつもりです。
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大沢 |
冗談って(笑)。
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太田 |
相手は天下の大ハードボイルド作家ですから、
何かしなくてはと。
ふだんから
殺しや復讐のことを考えてるんですか?
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大沢 |
いやいやいや、そんなわけないでしょう(笑)。
‥‥まぁ、
「5人くらいいっぺんに殺したいんだけど、
やっぱり毒物かな」とか、
質問してくる同業者とかはいますけど、電話で(笑)。
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太田 |
すごい(笑)。
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大沢 |
‥‥伊集院静さんですけどね。
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太田 |
なんて答えるんですか?
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大沢 |
しかたなく「‥‥そうだね」と。
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太田 |
ははぁ(笑)。
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大沢 |
するとさ、伊集院さんがさらに
「ちなみに、毒の種類は何だ? ヒ素か?」
とか聞いてくるから
「いや、費用対効果で青酸カリじゃねぇ?」
とかなんとか言って。
「その場合、警察はどう動く?」
「大塚に監察医務院ってのがあってね」
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太田 |
へぇー‥‥。
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大沢 |
「悪かったな、忙しいときに」
「忙しいんだよ、本当に!」
みたいな、まるでコントのようなですね‥‥。
いや、そんな話はともかく、
あの『ニッポン居酒屋紀行』のDVDセット、
5巻組だったですけど、
それぞれ、5回ずつは観ていると思います。
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太田 |
そんなに? ありがとうございます。
あの番組は、10年くらい続けて
もう行く居酒屋がなくなっちゃったんで
終わったんです。
そもそもは、ぼくが
いろいろ居酒屋の本を書いてましたから、
「日本の居酒屋をめぐる番組を
つくりたいんだけど
だれか詳しい人を知らないか」
というふうに
プロデューサーの人に聞かれてね。
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大沢 |
ええ、ええ。
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太田 |
居酒屋のアドバイスならできるけれども、
人は知らないと答えたら、
「じゃ太田さん、出てくれない?」と。
ズブの素人に。
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大沢 |
だから、最初のころの回を観ると
明らかに
太田さんも緊張してらっしゃいますよね。
でも、回を重ねるごとにこなれてきて‥‥
港のビットに足掛けて
裕次郎を歌いながら登場してきて
「あ、失礼しました」とか
ボケを入れたりしはじめるんですよ(笑)。
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太田 |
お恥ずかしい(笑)。
でも、あの場面は好き。
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大沢 |
太田さんがお店のカウンターに座って
そこのお酒が
お口に合わない場合もありますよね。
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太田 |
え‥‥わかるの?
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大沢 |
その場合はですね、太田さん何も言わないの。
そうすると、
「あ、ここの酒は気に入らないんだな」と。
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太田 |
よくわかりますねぇ、油断できんな‥‥。
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大沢 |
相当マニアックに観てますから、ぼくは。
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太田 |
たしかに、燗酒でもコップ酒でも何でも、
口につけたら
「いや、これはなかなか」とか
必ず、感想を言うことにしてるんだけど、
ちょっとね、アレのときは
「‥‥寒くなりましたねぇ」とか、
話題を変える。
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大沢 |
あはははは、やっぱり(笑)。
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女将 |
こちら、四万十川の川エビでございます。 |
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太田 |
あぁ、これこれ、これうまいんだよ。
ビールに最高。
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大沢 |
うん‥‥‥‥‥‥‥‥うまい。
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太田 |
きゅうりと一緒にお吸いものにしても
いいんですよ。
‥‥でもやっぱり、わかっちゃうのかぁ。
素人だからなぁ。
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大沢 |
いやいや、そこがいいんですよ。
明らかに「アマチュア」なんだけれど、
太田さんが、ご自分の言葉で
料理のよさ、お酒のよさ、店の雰囲気のよさを
一生懸命、伝えようとしてますよね。
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太田 |
それは、まぁ‥‥。
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大沢 |
この店のこと、本当に気に入っていて
本気でおすすめしたいと思ってる気持ちが
すごく伝わってきます。
圧倒的に、真実味があるんですよ。
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太田 |
そう言っていただけるのは、うれしいです。
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大沢 |
毎回、お店を出てから
のれんの下で、ちょっとまとめのように、
しゃべるでしょう。
あれも、よくて。
すこし、お酒の酔いも回っていて、
太田さんの思いも
明らかに、同じように高まっているから、
「この店は残したい、がんばって」
とかやってる姿に、心うたれるんですよ。
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太田 |
あの番組は、ひとりの中年男が
酒に酔っていくドキュメンタリー
でね‥‥。
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大沢 |
わかります、わかります。
それも、10年にわたる。
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太田 |
頭髪もだんだん薄くなってきて、
ただの「すれっからし」になっていく(笑)。
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大沢 |
でもぼくは、あの番組を通じて
太田さんのお人柄に惚れちゃったんです。
この人がいいって言うお店は
ぜったい信じて大丈夫だなって、思った。
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太田 |
今日は‥‥飲んじゃいます!(笑)
<つづきます> |