深海。
JAMSTEC藤倉さん&江口さんに訊く
ぼくらの足元に広がる未知なる空間
「深海」について、
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の
藤倉克則さんと江口暢久さんに、
あれやこれやと、うかがってきました。
藤倉さんは、有人潜水調査船
「しんかい6500」などで、
40回以上、深海へ潜っている研究者。
江口さんは、世界最大の
地球深部探査船「ちきゅう」に乗って、
海底を何千メートルも掘っている人。
光なき世界、奇妙な住人、生命の起源。
巨大地震の震源も、多くは、そこに。
真っ暗闇で、ぶきみだけど、
知的好奇心をかき立ててやまない世界。
全5回でおとどけします。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第2回
もうひとつの生命起源‥‥?
──
1970年代にもたらされたという、
深海研究の「最大の発見」とは何ですか。
藤倉
それまで、わたしたちの間では、
「みんな、太陽を食べて生きてますよ」
ということが常識だったんです。
──
はい、地球上の生物が生きていくために
身体に取り込むエネルギーは、
もとをたどれば、
植物が光合成したもの、
つまり「太陽」に行き着くわけですよね。

それは、今もそう思っていますが‥‥。
藤倉
でも、そこに依らない生物たちの世界が、
深海にあったということです。

そのことが1977年に、わかったんです。
──
太陽エネルギーに由来しない生態系?
藤倉
そう、海底には熱水の湧く場所があって、
そこでは、
300度、400度という熱水に、
硫化水素やメタンのようなガスをはじめ、
さまざまな化学物質が溶けています。

そして、そのまわりで、
生き物がパラダイスをつくってたんです。
水深2000メートル以上もの海の底に、
あたり一面、生き物だらけ‥‥。
──
それは、微生物みたいなものですか?
藤倉
ええ、微生物はもちろん、
体長3メートルになるような虫だとかね。
──
3メートルの、虫!
藤倉
30センチもの貝とかが、暗い海底一面に。
──
想像するだけで、ゾワゾワします。
太陽エネルギーに由来しない深海熱水域の化学合成生物群集。©JAMSTEC
藤倉
その光景って、それまでの常識に照らすと、
あまりにも非常識なものでした。

通常、深海における
1平方メートルあたりの生物量というのは、
1グラムくらい、
つまり「1円玉1個」くらいなんです。
──
ええ、なるほど。つまり「少ない」と。
藤倉
ところが、熱水の湧き出る海底の周囲では、
1平方メートルあたり
「30キログラム」くらいの生物が、
棲んでいたんです。

珊瑚礁より重いくらいの生物が、ドッサリ。
──
えええ、1メートル四方に、30キロ?
まさに、生物たちのパラダイスですね。
藤倉
どうして、
光のまったく届かないような熱水の近くに、
それだけの生物が棲んでいるのか?

鍵となるのは、硫化水素とかメタンでした。
──
ははあ。
藤倉
それらの化学物質が「酸化」するときに
エネルギーを放出するんですが、
そのエネルギーを食って、
バクテリアつまり細菌だとか、
アーキアという古細菌が、
生命活動を続けていたんです。

ふつう、バクテリアなんてものは、
人間の目に見えちゃいけない大きさですが、
こんなふうに、マット状に、
海底が真っ白になるほど、ウジャウジャと。
──
うわ。
見えちゃいけないものが、見えてます‥‥。
バクテリアが多量に繁殖し、厚い敷物のようになったバクテリアマット。
海底の亀裂や断層からメタン、硫化水素といった還元物質が供給され、
それらをエネルギー源にしてバクテリアが繁殖する。©JAMSTEC
藤倉
で、このようなバクテリア以外にも、
彼らを身体の中に共生させて、
彼らから栄養をもらって生きる生物‥‥
たとえばヤドカリみたいなのがいて、
そいつなんか、
胸毛がいっぱい生えていて、
そこで、
餌となるバクテリアを養殖してたり。
──
なんと。
藤倉
櫛みたいになった手というか脚というかで、
こそげ取って食べていたんです。
──
自分の胸毛で育てたバクテリアを‥‥。
熱水噴出域に生息するゴエモンコシオリエビ。
ヤドカリの仲間で、腹側に密集している毛の表面に
餌となるバクテリアを養殖している。©JAMSTEC
藤倉
でね、ここで、
太陽エネルギーによる光合成の生態系では、
「最初の生産者」は「植物」ですね。
──
はい。理科の授業でそう習いました。
藤倉
その植物を草食動物が食べ、
その草食動物を肉食動物が食べて‥‥って、
エネルギーが循環していくわけですが、
熱水の近くに棲む生物の起源は、
地球から噴出する化学物質のエネルギーで、
つまり、太陽由来ではないんです。
江口
そこに、光は届かないわけですから。
──
え、じゃあ、今のお話の意味するところは、
ようするに、暗い海の底に、
まったく別系統の生態系があった、と‥‥。
藤倉
エネルギーの流れや、
エネルギー生産者のシステムとしては
別の生態系と言えるでしょうね。

ですから、単純に考えて、
もし仮に太陽がなくなってしまっても、
彼らは、生き残るかもしれない。
──
光のない地球でも、
生き残れる可能性を秘めた生命たちが、
暗い海の底に棲んでいる‥‥。
藤倉
ただ、完全に独立しているわけじゃなく、
彼らだって
生きるためには酸素が必要ですから、
やっぱり太陽エネルギー、
植物の光合成に頼っているということは、
間違いないんですけどね。
──
太陽由来の生態系と、
地球由来の生態系と、
どっちが先だった‥‥とかあるんですか。
江口
そこは、生命起源に関わる話になります。
藤倉
地球上に生命が誕生したのは
今から「40億年ちょっと前」の話ですけど、
最初は単細胞生物だったはず。
──
ええ。
藤倉
小難しい説明は省きますが、
1ミクロンとか2ミクロンの小部屋に、
さまざまな化学物質が出たり入ったりすることで
エネルギーが供給される、
そのようなことが
気の遠くなるような時間、繰り返されることで、
あるときに、ポッと、
最初の単細胞生命が生まれたと想像されています。
──
はああ‥‥なるほど。
藤倉
そこで、さっきの海底の熱水噴出孔です。

そこには、さまざまな化学物質が、
地球の内部から、湧き出してきています。
──
はい。
藤倉
熱水の噴出孔自体は陸上にもありますが、
40億年以上前から、
場所は変わっていくにしても、
ずっと連続して噴出し続けている場所は、
海底にしかなかったと、言われているんです。
──
ええ。
藤倉
さらに、熱水が湧いてくる海底には、
金属などが固まって
「チムニー」が形成されますが、
それを真横に切断すると、
断面に「1ミクロンぐらいの部屋」が
たくさん、現れるんですよ。
──
では、そここそが、
生命誕生の小部屋だったかもしれない‥‥と?
藤倉
その可能性は、あると思います。
何せ、ちょうどいいくらいの大きさですから。
──
ちっちゃな部屋に、気の遠くなるような時間、
化学物質が出たり入ったりを繰り返すことで、
最初の単細胞生物が生まれた。

生命って、本当に不思議で神秘的ですね。
藤倉
さらに言えば、硫化水素やメタンがあれば、
生命が誕生しうるってことは、
つまり、地球以外の星に目をやったときに、
「そういう星、あるじゃん」って。
──
わ、まさか、地球外生命体!?
藤倉
たとえば土星の第2衛星エンケラドゥスや、
木星の第2衛星エウロパには、
水やメタンが存在すると考えられていて、
しかも、
熱水が湧いている兆候なんかもあるんです。
──
地球の深海と同じ環境‥‥。
藤倉
生き物がいたって、いいじゃないですか。
──
たしかに。
藤倉
となると、またまた僕らの夢は膨らんで、
そういう星の生物が、
たまたま、隕石に乗っかって飛んできて、
地球に落ちてきた、
そいつらが、生命起源になったっていい。
──
おお、われわれは「宇宙から来た」と!
藤倉
まあ、今のは妄想にも近いものですが、
深海の研究をすることによって、
生命起源とか、地球外生命の探索とか、
どんどん、広がっていくんです。
──
いや、海底と宇宙がつながっているなんて、
思ってもみませんでした。
江口
そうでしょう?
──
深海がおもしろそうだと思ったのは、
見た目「奇怪な生物」への興味ばかりでしたが、
その「表面」の下に、
それほど大きな物語が横たわっていたとは。
江口
話が、生命の起源から宇宙にまで行ってしまう。
それが、深海の奥深さだと思います。
海底下約2000メートルから分離したメタン生成菌の蛍光顕微鏡写真。
紫外線に波長の近い光を当てると青白く光って見える。
右下の白線は10マイクロメートル(10/1000ミリメートル)。
小さくてもちゃんと生きている生物である。©JAMSTEC
<つづきます>
2018-06-26-TUE