深海。
JAMSTEC藤倉さん&江口さんに訊く
ぼくらの足元に広がる未知なる空間
「深海」について、
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の
藤倉克則さんと江口暢久さんに、
あれやこれやと、うかがってきました。
藤倉さんは、有人潜水調査船
「しんかい6500」などで、
40回以上、深海へ潜っている研究者。
江口さんは、世界最大の
地球深部探査船「ちきゅう」に乗って、
海底を何千メートルも掘っている人。
光なき世界、奇妙な住人、生命の起源。
巨大地震の震源も、多くは、そこに。
真っ暗闇で、ぶきみだけど、
知的好奇心をかき立ててやまない世界。
全5回でおとどけします。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第3回
深海を掘って、わかること。
──
藤倉先生は「しんかい6500」などに乗って、
何度も深海へ行かれてるんですよね?
有人潜水調査船「しんかい6500」。©JAMSTEC
藤倉
40回くらいかなあ。
もっと深い海へは、彼が行ってますよ。
江口
ぼく自身は行かないけど、この船で‥‥。
地球深部探査船「ちきゅう」。©JAMSTEC
──
深海の底を掘削することができる、
地球深部探査船「ちきゅう」ですね。



江口先生は、ご専門的に言うと?
江口
ぼくも、博士過程までは
海洋の研究をしていたんですけど、
いまは
サイエンスマネジメントといって、
「ちきゅう」を含めて、
国際的な科学プログラムをまわす‥‥
ま、簡単に言うと、
この船に乗って研究をする研究者たちの
お世話係と言いますか。
──
お世話。
江口
研究者の世界では、暗黒面、
ダークサイドに落ちたと言われてます(笑)。
藤倉
本人は、えらく明るい人なんですけどね。
──
ですよね。ラテンの香りさえ‥‥(笑)。
江口
褒められてる?(笑)
──
ちなみに「お世話係」というのは、
具体的には、どのようなお仕事なんですか。
江口
海底を掘削する科学調査航海には、
150人から
180人くらいの人間が乗船しています。



2グループが、24時間制で。
──
そんなに。海底掘削と聞くと
勝手に「屈強な男たち」というイメージが
浮かびますが、女性もいるんですか。
江口
ええ、研究者の中にはもちろんいます。
半分とまではいかないけど、
少なくとも3分1以上は、女性ですね。



彼ら彼女らは、いったん船に乗ったら、
2ヵ月くらい降りませんから、
そこでいろんなことが‥‥というか、
ま、みんなが
なるだけハッピーに研究できるように、
マネジメントしてるんですよ。
藤倉
ほら、オペレーションが滞ったりすると、
人間関係も険悪になったりするんで。
──
でも、それって、とても重要な部分ですよね。



研究者と言っても人間がやることだし、
宇宙飛行士になるためにも、
チームの和を乱さない人であることなんかが、
重要視されるみたいですし。
江口
日々の暮らしの「ガス抜き」じゃないですが、
こういう脳天気な性格なんで、
案外、自分でも向いてる仕事かなと思います。
──
ちなみに、この「ちきゅう」という探査船は、
たいへんすごい性能をお持ちだと聞いてます。
江口
この船、2005年に完成したんですけど、
これだけの探査船は、
大げさでなく、もうつくれないでしょう。
──
わあ、そんなにすごいんですか!
江口
ちょうど今年は、
海底の科学掘削がはじまって50周年です。



1968年に、アメリカの船が
科学探査のために、
海の底を掘るってことをはじめたんです。
──
へえ、そうなんですね。50年。
江口
その年に、「DSDP」つまり、
「Deep Sea Drilling Project」という
アメリカ単独の計画で、
グローマー・チャレンジャー号という船が、
海底を掘って、
かの「大陸移動説」を実証したんです。
──
え、学校で勉強した、ウェゲナーさんの。
実証って、そんな最近のことなんですか。
海底の地形。地球の表面は、ちょうどジグソーパズルのように
何枚もの「プレート」という岩盤に覆われており、
海底の山脈や谷はその境目にあたる。
これらプレートはゆっくりとそれぞれに動いていることが分かっている。©JAMSTEC
江口
アフリカ大陸と南アメリカの海岸線が、
パズルのようにピッタリ合うねとか、
ある時代までは
両方に、まったく同じ化石が出てくるけど、
その後は出てこないね‥‥とか。



つまり、世界の大陸は動いていたはずだと、
ずっと言われていたんですけど、
その「説明」ができていなかったんですよ。
──
なるほど。
江口
ウェゲナーは月の引力がどうのとか、
科学的に正しくない説を唱えちゃったんで、
その当時は
立ち消えになっちゃったんですが、
グローマー・チャレンジャー号の調査で、
実際に「プレートが動いていたこと」が、
証明されたんです。
──
深い海の底を掘って調べることで、
地球の歴史のことまで、わかるんですね。
江口
海の底を掘削することで、
サイエンスの幅が、すごく広がったんです。



だからこそ、
日本も含めた全世界の何十カ国もの国々が、
それぞれ拠出金を出して、
1隻の探査船を動かしたりしているんです。
──
みんなで協力して、海の底を調べている。
江口
あるいは、
いまから「6500万年から6400万年前」に
恐竜が大絶滅したんですが、
そんなカタストロフィがなぜ起きたのか、
長らく議論されていましたよね。
──
恐竜の絶滅も、海底が教えてくれたんですか?
江口
そう、それは地球上にほとんど存在しない金属、
イリジウムというんですが、
その金属の濃集層が、
恐竜が絶滅した時代の海底の地層から出てきて、
なるほど、これはつまり、
地球の外からのインパクトがあったんだな、と。
──
インパクト‥‥つまり、隕石の衝突。
江口
そういうことも、海の底を深く掘って、
古い時代の岩石を採取してくることによって、
わかってきたことなんです。
──
すごいです、深海。
江口
で、日本でも、90年代の半ばくらいから、
探査船をつくろうという機運が盛り上がって、
2005年に完成したのが
この世界最大の研究船「ちきゅう」なんです。
──
世界最大、なんですか。
江口
そうです。開発の段階では
「ゴジラ丸をつくるぞ」って言われてました。
──
ゴジラ丸。
江口
さっきも言いましたが、これ以上の研究船は、
この先もないだろうというレベル。
──
それほどまでに。
江口
すごい船です。
──
国立科学博物館の展示では
東日本大震災のときにも役割を担っていたと、
紹介されていましたよね。
江口
はい。地震直後の断層を探りに行きました。



もちろん「3.11」以前からも、
南海トラフ地震の調査のために動いていて、
南海トラフの海底に穴を掘って、
海底下に地震計を入れて観測したりも
していたんです。
──
地震についても、ずっと調査されていた。
南海トラフ長期孔内観測装置。
地震発生エリアを海底下でリアルタイムに観測している。©JAMSTEC
江口
いま、南海トラフでは
海底下3000メートルくらいまで
調査している最中で、
いったん掘った穴に「フタ」をしています。



これから、再びその地点へ行って、
深海の海底にあるフタを開けて
続きを調査するんですけど、
最終的には、
海底から深さ5000メートルくらいまで
調査したいと考えています。
──
そこには‥‥いったい何が?
江口
それくらいまで掘ると、
実際に南海トラフで起きている地震の断層まで、
たどり着くことができるんです。
──
おお、地震の起きている「現場」にまで。
江口
深海研究におけるひとつの大きなネックは、
「見えない」ことです。



地震なんかにしたって、セオリーとしては、
発生のメカニズムはわかっているけど、
じゃあ、実際に地震の原因となる物質って、
「いったい何なの」と、わからない。
──
見えないから。
江口
音波を飛ばして「見える」ようになって、
そこに断層があるとわかっても、
そこが、どんな物質で出来ているのかまでは、
「もの」を採らなきゃ、わからないんです。
──
なるほど。
江口
深い海の底の地図というのも、
音波で可視化した絵でしかないわけですから。



でも、実際に海底下深くの現場まで調査して、
そこにある物質を、採取できれば‥‥。
──
実際の「もの」を見ると、
わかることは、ちがってきますか。
江口
ぜんぜん、ちがいますね。
──
ぜんぜん。
江口
たとえば「3.11」の地震では、
どうして、あそこのプレートが滑ったのか。



そこのところを突き止めるには、
どうしても、
実際に発生現場を掘って、
そこにある物質を目の前に持ってこなければ、
本当には、わからなかったんです。
<つづきます>
2018-06-27-WED