水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- じゃあ、大学を休学して行った
サハラ砂漠以来、
ずーーっと
世界中を冒険しているんですか。
- ジン
- 潜伏期間もあるけどね。
- ──
- 潜伏期間。
- ジン
- ぼくの航海中の判断ミスで、
プロジェクトを、
中止せざるを得なくなってしまったことが
あったんです。
当然「赤字」になって、
その借金を返済しなけりゃならなくなって。
- ──
- つまり、ふつうにはたらいて?
- ジン
- うん、建築現場に出てました。
毎日、お弁当と水筒を持って出かけていく。
借金自体は6年で返したんだけど、
潜伏期間の合計は、10年。
その間は、ちょっと大変でしたね。
- ──
- それは、おいくつくらいの‥‥。
- ジン
- 30代から40代にかけての、10年間。
- ──
- 冒険したい真っ盛りじゃないですか。
- ジン
- そうなんです(笑)。
仲間たちも冒険のことは話に出さないし、
ぼくも、すべてを封印して、
ただ汗かいてはたらいて、お金を返して。
- ──
- 借金を返したら、また‥‥って気持ちで。
- ジン
- そうだね。
もういちど、太平洋横断に挑戦したい。
その気持ちが、
自分自身を支えてくれて、耐えられた。
- ──
- 自分が自分を支えた。冒険家だ。
- ジン
- 借金を返すのに6年かかって、
そのあと2年をかけて、お金をつくった。
そのお金で、
ヨットを買って日本一周の旅に出ました。
葦船で太平洋を渡るために、
もっとスキルを身に付けなきゃと思って。
- ──
- 葦船で何千キロも航海するスキルを。
- ジン
- うん、キャプテンとして、海図の読み方、
波の受け方、風の読み方・捉え方‥‥
そういった航海技術を、
もっと勉強しなきゃダメだなと思ってね。
- ──
- 冒険家というのは、職業名なんですか。
- ジン
- まあ、ぼくの場合は、
やっていることを人に説明するために、
そう名乗ってるだけ。
冒険家になりたいって思ったことは、
一度もないです。
- ──
- ただ、好きな旅をしてる。
- ジン
- 海の上で半分になっちゃった葦船が
ちっちゃな島に着いた、
あのできごとが一体なんだったのか、
解明してみたいと思ってる。
その意味では、探求者かもしれない。
- ──
- やはり、その太平洋漂流の事件って、
石川さんにとって、
砂漠と並んで、
ものすごく大きな出来事なんですね。
- ジン
- ぼくにとっては「永遠のテーマ」です。
比較するのはおこがましいんだけど、
リンゴが落ちるのを見た
ニュートンが、
万有引力の法則を発見したみたいに、
舵のない葦船が島に着いた、
あの「引き合う力」は何だったのか。
- ──
- ええ。
- ジン
- 知ることができるなら知りたいです。
それも「科学的」に。
葦でつくった船と島が引き合うこと、
それは、
地球の生命エネルギーのせいなのか、
環境がつくり出す力なのか。
- ──
- 科学で説明できるかもしれないって、
思ってらっしゃるんですね。
- ジン
- オカルトやスピリチュアルじゃなく、
あくまで、
科学的にアプローチしたいんです。
- ──
- 人間の感覚で感知できない何かって、
科学的に、存在しますもんね。
犬猫には聞こえる帯域の音だったり。
- ジン
- そう、自分ちの犬や猫となら、
意思疎通できますよね、だいたい。
言葉を介さなくても、
怒ってるか、さみしがってるのか、
腹が減ってるのか、警戒してるか。
- ──
- その実感はあります。
- ジン
- それと同じで、
クジラでも、ネズミでも、虫でも、
木でも、森とでも、
ぼくはコミュニケートできると思う。
- ──
- うん、うん。
- ジン
- 猫ちゃんに餌をあげるような感覚で、
森に水をあげたり、
木を植えたり、
そんなふうにできたらいいと思うよ。
- ──
- まわりになんにもない海や砂漠に
ひとりでいるときって、
あたまのなかは、忙しいんですか。
- ジン
- 自分自身とたくさん話をするから、
最初、どんどんあふれてくる。
ああしたいこうしたい‥‥から
はじまって、
あのとき、あいつに
ちゃんと謝ってなかったなあとか、
そういう記憶‥‥
心の奥にしまい込んでいた記憶が、
あふれ出してくるんです。
- ──
- そんな、ずいぶん昔のことまでも。
- ジン
- うん、小学生だったころのことも。
それで、砂漠の真ん中で、
「あのときは、本当にごめんな」
って口にすると、
心が安定してスッキリするんです。
- ──
- へええ‥‥。
- ジン
- まあ、時間はいくらでもあるんで、
自分が納得するかたちで、
そういうようなことを、
ひとつずつ、処理していくんです。
毎日、それを続けて、
半年もすればだいたい整理がつく。
- ──
- ええ。
- ジン
- で、そういう状態に入っちゃうと、
ふしぎなことに、
今度は一切、何にも考えなくなる。
何も考えなくてもよくなるんです。
- ──
- 自問自答しまくった結果。
- ジン
- 朝から晩まで丸一日、
鼻歌をうたって終わったりしてね。
- ──
- 何ひとつ、考えることなく。
- ジン
- それまでに考え尽くしてるから。
- ──
- そういう経験って、
進んで選ばないとできませんよね。
- ジン
- あのサハラ砂漠の環境というのは、
こういうと何だけど、
事故にあったり、病気になったり、
死の手前にある人が
感じることと、
かなり似てるものがあったと思う。
ぼくは、そういう環境に、
身を置きたかったんです、たぶん。
- ──
- どうしてですか。
- ジン
- 精神的にも肉体的にも極限的な場所で
こっち側に踏みとどまれたら、
きっとこの先、
自分は大丈夫だと思えるというか‥‥。
そこで、ちょっとやそっとでは、
自分は死なないって確信を得られたら。
- ──
- ええ。
- ジン
- 生命のなくなるギリギリのところまで、
恐れることなく、
ぼくは進んで行けるぞと思ったんです。
<つづきます>
2020-01-30-THU
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN