水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- いままで何人か、冒険をする人たちに
取材させていただいてるんですが、
「どうして冒険するのか」
については、
人それぞれなんだなあって思うんです。
- ジン
- いろいろな動機があるだろうしね。
でもぼくの場合は、思うんだけど、
プログラミングされてんじゃないかと。
- ──
- 冒険というものが、生まれたときから。
- ジン
- で、その生まれつきの冒険スイッチを、
砂漠が「オン」にしたんです。
- ──
- なるほど。
- ジン
- 以前に、文化人類学の先生と、
「人間は、見えない島に行くだろうか」
という話をしたことがあって。
その先生は
「見えるから、行く。見えないのに、
海へ漕ぎ出してくなんてありえない」
とおっしゃってたんです。
- ──
- 遠くにでも
目的地が「見えている」からこそ、
漕ぎ出せる。
- ジン
- でも、ぼくは、ちがうと思った。
たとえ見えなくたって、行くと思う。
- ──
- あ、そうですか。
- ジン
- 虫でも、動物でも、
いま生きてる場所で暮らしていれば、
エサだってあるだろうし、
未知の危険なんかもないんだけど、
どういうわけだか、
遠くのほうまで飛んでっちゃう奴が、
絶対、いるじゃないですか。
99.999%が
いまの場所に残りたいって思っても、
ほんの0.001%、
種の生き残りへの保険をかけるべく、
未知の世界へ出ていく奴が。
- ──
- ええ、なるほど。
- ジン
- そんなふうに
プログラミングされちゃってる奴が、
絶対いるはずだって言ったの。
なんでそんなこと言えたかというと、
「ぼくがそうだから」。
- ──
- あー、ご自身の実感として。
- ジン
- 話はそこで終わっちゃったけど(笑)。
- ──
- 石川さんの得体のしれない説得力を、
その先生も
お感じになったのかも(笑)。
- ジン
- でもさ、結局、考えてみると、
何のために砂漠へ行ったのかなんて、
本当の理由は、わかんない。
さっきは
もっともらしいことを言ったけどさ、
自分で望んだというより、
なんだか「そうなっちゃった」んだ。
- ──
- 呼ばれた感じですか、砂漠に。
- ジン
- そう‥‥そんなふうにして行った砂漠で、
自然とつながった感覚を、
旅の最終日に、ビリビリ感じたんだよね。
半年間、考えに考え続けて、
なんにも考えることもなくなった状態で、
最後の日に、パーンと外れたのが、
「今日、死ぬかもしれない」
というプレッシャーだったんだよ。
- ──
- ええ。
- ジン
- 食料もあるし、水もある、
あそこまで無事に行けたら死なない、
そういう状態で歩いていたら、
「着きたい」って気持ちを、
そこまで強くは感じなかったんです。
- ──
- へええ、なんでだろう。
- ジン
- それまで、
生きるために必死の毎日だったから、
音ひとつ聞くにしても、
髪の毛とか、
産毛まで使っていたと思うんだけど。
- ──
- 全身を研ぎ澄まして、生きていた。
- ジン
- 人間というのはおもしろいもんでね、
そういう状態になると、
実際のボディより
ちょっと離れた「先」のほうにまで、
自分の感覚が届いてる気がする。
- ──
- 自分が拡張している、みたいな?
- ジン
- どこまでが自分でどこからが砂漠か、
境目が曖昧になってくる。
- ──
- 周囲の自然と一体化する感覚ですか。
- ジン
- いや、一体化とはちょっとちがって、
とにかく「あやふや」なんです。
自分と砂漠のちがいって、
絶対的にはないんじゃないだろうか。
そんな感じ。
それくらい境界線があやふやになる。
- ──
- はあー‥‥。
- ジン
- 自分は自分で存在してるんだけども、
周囲の環境とも、
ひとつながりにつながっている感覚、
と言ったらいいかな。
- ──
- 何か、ひとつの「境地」ですね。
- ジン
- たぶん、大変な思いをして、
半年かけて砂漠を歩いた最後の最後に
「ご苦労さま、これあげる」
って、プレゼントしてもらったものが、
その感覚だったんじゃないかな。
- ──
- その感覚は、いまでも思い出せますか。
- ジン
- いつでもぼくの真ん中にあるもの。
だから、次から次へ、
いろんなところへ行きたくなる。
- ──
- 世界中の自然と、つながりたくなる。
- ジン
- うん、いろんな自然、地球上の極地、
ぜんぶ見たいと思ってる。
自分自身を区切ってしまってるのは、
結局、自分自身の思考でしかなくて、
その限界を取っ払っちゃえば、
まわりの自然や生き物たちと
「つながってる」
って、ごく自然に思えてくるんです。
- ──
- そういうことを、冒険から学んだ。
- ジン
- そうだね。23歳のときにね。
ならば、学校で教えるんじゃなくて、
まずは、学ばなくちゃと。
- ──
- ご自身が。
- ジン
- それで、暑いところに行って、
寒いところに行って、
鬱蒼としたジャングルに分け入って、
高地民族の住む村を、訪ねて。
中学と高校は新宿だったんで、
都会も、ま、なじみはあるんですよ。
- ──
- 両極端だなあ‥‥というか、
新宿もジャングルっぽいけど(笑)。
- ジン
- 極地だよ、歌舞伎町なんかは。
時代が時代なんで、ディスコ通いで。
- ──
- そっちの過去もお持ちってところが、
石川さんのおもしろさですね。
- ジン
- 満員電車も平気。6年乗ってました。
- ──
- 葦船も、東京の満員電車もイケる口。
- ジン
- でも、お金を貯めなくちゃ‥‥とか、
家を建てなくちゃ、
みたいな「ふつうの価値観」は、
サハラ砂漠ですっ飛んでっちゃった。
いまは、自分は一体どうしたいのか、
そのことだけを道しるべに、
行きたい場所へ自由に行けたらいい。
- ──
- どこへ行っても生きていけそう。
- ジン
- それが理想。
大げさな装備とか何にもなくたって、
どこでも生きていけるのって、最強。
- ──
- その石川さんの「身軽さ」は、
どうやって、培われたんでしょうか。
- ジン
- 最初っからじゃないよ、たぶん。
死への恐怖に取り込まれないことで、
人は、身軽になれるんだと思う。
それは「無謀」ってことじゃなくて、
死というものが、
どのあたりに存在していて、
そこから先は踏み込んじゃダメだと
わかっていれば、
そこまでは、自由にやれるじゃない。
- ──
- 死の「におい」を嗅ぎ分けられる。
- ジン
- いろんな目に遭った経験が大きいね。
生き切る‥‥ということを意識して、
自分の生をまっとうしたいんです。
- ──
- なるほど。
- ジン
- いまは、次の航海のために生きている、
という自覚があるから、
葦船の太平洋横断を成功させるまでは、
ぼくは、死なないと思う。
そこで得たものや考えたことを、
まわりのみんなに伝えるまでは。
<つづきます>
2020-01-31-FRI
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN