糸井
最初に勤めた信用金庫では、
どんなことが学べたんですか?
田中
私が信用金庫で学べたことをざっくり言うと、
「商売は大変だよ」ということです。
糸井
ああ、本当にそうだと思う。
田中
自分が4年半勤めている間、
窓口に来ていたお客さんが
3人自殺しました。
糸井
キツいなぁ‥‥。
それは知らなかった。
田中
商売をしていると、
お金を借りることがありますよね。
お金を借りる時って、
連帯保証人で必ず身内や親戚に、
ハンコを押してもらうんです。
でも、じつはそのハンコって、
すべての債務に紐づく保証になるんです。
つまり、300万円を借りるわけだから、
300万円の保証だと思って印鑑を押すけれど、
それは、今後その人が借りる
すべてのお金にかかる連帯保証なんです。
糸井
はぁー‥‥。
田中
だから、みんなびっくりしてしまう。
開けてみたら2千万、3千万だったとか‥‥。
お金を借りた経営者は、
親戚や知人に迷惑を掛けられないということで、
不渡手形を出す当日に、
「保険金でなんとかしてくれ」
といった気持ちで、自殺を選んでしまう。
糸井
はぁ‥‥。
4年半で3人というのは、すごい数です。
夜逃げをするかたもいますよね。
田中
夜逃げも、いっぱいいます。
今から30年以上前には、
日本全国でたくさんあったんじゃないかな。
糸井
その現場を見ていたんだ。
田中
ええ。怖くなっちゃったんですよ。
商売やめようかな、
という気持ちになるぐらい。
糸井
商売を学ぶつもりで入ったのに、
怖いところばかりを見てしまった。
田中
そうなんです。
糸井
うわぁ。
田中
でも、信用金庫を辞める前に、
怖さを消してくれた出来事もありました。
辞める前の年の年末に、支店長から
「預金を集めてこい」と号令がかかって、
預金集めに行ったことがあるんです。
大晦日の夜9時過ぎのことですよ。
糸井
ブラックどころじゃないね。
田中
昔は、信用金庫で除夜の鐘を聞くというのは、
当たり前の時代でしたから。
預金集めに行くと、多くのかたは、
「大変ね」と声をかけてくれるんです。
ただ、そのうちの1軒が地元の大地主で、
その豪邸を訪れた時のことです。
糸井
地元の名士みたいな人ですね。
田中
ええ。
その家の奥さんが出てきて、
協力してくれるつもりで、
ご主人を呼びに行ってくれたんですよ。
だけど、ご主人に協力する気はなくて、
「こんな夜中に、貴様はなんで来たんだ!」、
「貴様は物乞いか!」と叱られるんです。
その時に感じた「なにくそ」という反発心が、
商売の怖さを消してくれました。
糸井
その悪役のおかげで、
怖さが消えたんですね(笑)。
田中
そうなんです。
糸井
そうやって今語るということは、
よっぽどインパクトがあったんでしょうね。
その時は、泣きました?
田中
やっぱり泣けましたね。
糸井
でしょうね。魂に来ますから。
田中
家の奥からは、紅白歌合戦が聴こえるし。
糸井
大晦日だもんね(笑)。
田中
寒風の吹く前橋を、
スーパーカブで走るわけです。
糸井
大晦日なのにねえ‥‥。
怒鳴った人の顔やら家やら、
今でも全部覚えていそうですね。
田中
ええ。でも、今となっては感謝してますよ。
糸井
彼の価値観から、普通に語ったんでしょうね。
何が作用するか、わからないですねぇ。
田中
大晦日に怒鳴られたこともそうですけど、
その後も、自分にとって辛いことが
成長の糧になっているんですよね。
そういうことを繰り返しているうちに、
大変なことが来ると嬉しくなってきたりして。
糸井
チャンスになっているんだね。
田中さんのお話を聞いていて、
案外他人事のような気がしないのは、
自分の中にもその要素があるからですね。
田中
そうですか、糸井さんも。
糸井
ひどい目に遭っている時には、
理不尽を感じるんですよね。
「こんな目に遭っていいはずはない」とか、
「ひどいだろう、これは」みたいな時って、
すごく悔しいんですよね。
田中
悔しい時にする行動が、
いかにも私、上州人(群馬県人)な
気がするんです。
糸井
わかる、わかる。
ああそうか、風土病だったか(笑)。
ひどい目に遭っても、
それを恨んでいるんじゃないんだよね。
田中
恨んではいませんね。
糸井
理不尽なことがあっても、
自分がなんとかできるんじゃないかって
思いたいんですよね。
田中
そうですね。
糸井
あっ、もしかしたら、
自分でそんな気持ちを
見つけられたのは初めてかも(笑)。
田中
そうですか。
糸井
ぼくも、いっぱい理不尽な目に遭ってますよ。
でも、今になってみれば、
相手は普通のことを言っていたんだろうな。
(つづきます)
2017-12-23-SAT
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN