糸井
信用金庫を4年半で辞めて、
そのあとに事業を始めるんですよね。
田中
いえ、会社をはじめる前に、
1年間だけ別の会社で勤めていました。
じつは、信用金庫を辞める前から、
転職の誘いを2社から受けていたんです。
糸井
よく働く、いい青年だったんだね。
田中
よく働きはしないんですけど、
仕事の要領がよかったのか、成績はよくて。
「こいつなら使えるかな」と思ってもらえたのかな。
糸井
なるほどね。
田中さんを誘ってくれたのは、
どんなタイプの会社だったんですか?
田中
ひとつがパソコンの卸しで、
もうひとつが生活雑貨のメーカーです。
その中なら、生活雑貨のほうが華やかで
おもしろそうに思えたんですよね。
糸井
うん、うん。
田中
転職する時には、
「自分で商売をやりたいから、
いつ辞めるかわかりませんけど、それでもいいですか」
と言って入社したんですよ。
糸井
最初から宣言していたんですね。
田中
はい、言いました。
まさか、1年で辞めるとは
思わなかったでしょうけど。
糸井
その1年だけで、学べちゃったということ?
田中
その会社は20数人の規模で、
転職したばかりの自分が営業でトップになり、
企画をしてもヒット商品ができて、
会社の中でのマネジメントもうまくできていたので、
仕事ができる気になっちゃったんですよ。
糸井
会社をはじめたのは、何歳くらい?
田中
24歳です。
糸井
24歳、いい頃ですね。
田中
ところが、自分の会社では何もできなかった。
仕事ができる気になっていたのは、
会社のプラットフォームを使ってできたことで、
ゼロから自分でやったら、勝手が違うわけですよ。
糸井
うんうんうん。
田中
ひとりで会社を始めましたが、
1年勤めた生活雑貨の会社の人たちが、
うちの会社に来たいと言うわけですよ。
糸井
人望があったんですね。
田中
一応はあったみたいですね。
でも、事業をはじめたばかりだし、
気軽に人を雇うわけにもいきませんから。
すでに会社を辞めたという人がいたから
ひとりだけ雇ってみたんですけど、
やってみたら、とんでもなく大変でした。
糸井
商売の難しさが見えていなかったわけですね。
田中
自分で経験していないと、
本当の意味でわかっていないことが、
ほぼ100パーセント。
糸井
そうですね、わからないことばっかり。
ぼくの知り合いでも、
フリーになる人が挨拶にくることがあるから、
思ったより大変だぞ、ということを伝えるんです。
「鉛筆1本から自分で買うんだよ」と言うと、
「うわっ、気づいてなかった!」って。
田中
あぁ、たしかに。
糸井
自分ですべてをそろえるっていう
リアリティはすごいですよ。
単純に考えて、独立するのって、
今までの3倍は稼がないと無理ですよね。
田中
そうですね。
糸井
でも、基盤なしに3倍って、すごいことです。
オフィスを借りたりするところから始まるけれど、
フリーの人には貸してくれなかったり、
いいものがなかったり、家賃が高かったり‥‥。
田中
そうですね、本当に。
そう考えてみると、
よく会社を経営できてるなと思いますね。
糸井
部屋を借りるところからだもんね。
最初に集められるだけのお金を集めるんだけど、
余裕を持った集め方なんか、
できるわけがないわけですよね。
田中
できないですねえ。
糸井
スタートするのにも、
お金に関することがキツいところですよね。
田中
私も、お金はなかったんですよ。
だから国民金融公庫からお金を借りるんですけど、
信用金庫に勤めていた経験があるから、
どうすれば貸してもらえるかというのには、
手ごたえを感じていましたね。
糸井
そうか、わかってたんだ(笑)。
でも、その先は見えていなかった。
田中
そうです。
糸井
最初にはじめた事業は、
仕入れから、小売りまでしていたんですか?
田中
いえ、卸しをしていました。
自分で生地を買って、企画したものを作るんです。
それを生地の裁断屋さんで切ってもらい、
縫製をしてもらって、
できあがったものを梱包して、
営業したお店に売るっていう商売です。
糸井
じゃあ、動いていれば借金も返せるし、
売上も立つという会社ですよね。
田中
そうですね。
でも、売れないんですよ。
糸井
そんなに売れなかったんですか?
田中
作った分が売れていないんですよ。
たとえば、100作って100売れれば
商売になりますけど、
100作って50しか売れなかったら、
半分が在庫になって眠ってしまいます。
そして資金もどんどん滞留していって、
底をついていくという感じで‥‥。
糸井
今の田中さんが、当時の自分に対して、
「お前、これが足りないんだよ」
と言えるなら、どんなことを教えてあげますか?
田中
知識も、知恵も、覚悟も、足りない。
糸井
全部だ(笑)。
田中
もう、全部足りないですね。
糸井
信用金庫で勉強したはずだったのに(笑)。
田中
何もできませんでした。
(つづきます)
2017-12-24-SUN
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN