第4回 追いつめられて、はじまった。

柳瀬 お聞きしていると、みなさん、かたちはどうあれ、
糸井さんのいう「来た球を打つ」でやってこられて、
しかも、けっこう楽しんでらっしゃるようですね。

ご自身でも、お仕事を変わられたりしている
前川さんは、いかがですか?
前川 そうですね‥‥もう20年、はたらいていますけど、
やっぱり「天職」については
よく分からないな、というのが正直なところです。
柳瀬 就職活動じたいは、どうだったんですか?
前川 あの‥‥ほんと恥ずかしい話なんですけど、
リクルートに入ったのは「消去法」だったんです。

文系の学生で、とくに得意なこともなかったので、
自分がやれるとしたら「営業職」じゃないかと‥‥。

柳瀬 そこで、営業で名のあるリクルートに?
前川 ところがですね、最初の配属が「編集部」。
ある雑誌の編集部に配属だって。

もう「なんですか、それ?」ですよ。

だって、自分は「営業をやるぞ!」と思って
入ってきたわけですからね。
でも「とにかく、やってみりゃわかるから」と。
柳瀬 たしかに、それは面食らいそうです。
前川 それにですね、当時のぼくは
「コンプレックスのカタマリ」だったんです。
20年前のリクルートというのは、
ご存知のように「リクルート事件」のまっただ中。

その渦中の入社だったんですよ。

だからというわけでもないかもしれませんが、
同期のやつらがまた、
ヘンというか、個性的というか‥‥そんなのばっかりで。
柳瀬 ‥‥ヘン?
前川 オールバックで金ブチのメガネとか。
‥‥新卒の学生がですよ?

柳瀬 おもしろそうではありますが(笑)。
渋谷 ある意味ね(笑)。
前川 もうねえ、学生時代から会社を経営してたりとか、
すでに離婚を経験してます、とか‥‥。
柳瀬 人生経験がすごいんだ。
前川 そんな同期のヤツらにくらべて、
ぼくは明石市などという田舎の出ですし、
「ああ、世の中には
 すごい人がいっぱいいるなぁ‥‥」と。
柳瀬 なるほど(笑)。
前川 もう、圧倒されちゃってね。

オレなんか、なんにもできないだろうから
とにかく、やれと言われた「編集」を
やるしかないと思って、やりはじめたんです。

そしたらね‥‥ムチャクチャおもしろかった。
柳瀬 それは、よかったじゃないですか!
前川 仕事って、こんなにもおもしろいのかと思って。

ものを作って、世に出して、
だれかが喜んでくれることって、
ほんっとうに、おもしろいんだなあって。

それで、ふっと気がついたら、20年ですよ。
柳瀬 あっちゅう間。

前川 うん、あっちゅう間でした。

天職かどうかは、わからないんだけれど、
おもしろかったですよね。
柳瀬 なるほど‥‥今日、この会場に
学生のかたって、何人ぐらいいるんだろう?

ちょっと手を挙げていただけますか?
あ‥‥わりといらっしゃいますね。
糸井 1割ぐらい?
柳瀬 もう少し。
渋谷 2割ぐらいですか。
柳瀬 そのなかで、
ご自分のやりたいことが決まってるって人がいたら
挙手していただけますか?

これがやりたいんですって決まってる人、
いらっしゃいます? ‥‥あ、いた。

えっと、あなたは、何をやりたい?

男性 会社をつくりたいです。
柳瀬 社長さんをやりたい‥‥なるほど。

そういえば、最近の若者の「起業志向」は
どうなんでしょう?
渋谷 ぼくの率直な印象ですと、この20年くらい、
あまり変わってない気がします。
柳瀬 それは、バブルの前ぐらいから?
渋谷 はい、ただですね、
今は「僕、起業します」って言えますよね。

でも、20年前って、
こころのなかで起業したいと思っていても、
口に出せない雰囲気があったと思うんです。
柳瀬 ああ、たしかに。
渋谷 今は、わりと気軽に言えますから、
起業家「予備軍」が顕在化してるだけでですね、
この20年間のあいだに
絶対数が増えてるって感じは、しませんね。
糸井 まず「起業」って概念がなかったですよね。
川上 うん、なかった。
糸井 「社長になりたい!」って言いかたは
あったでしょうけどね。
渋谷 じつは、いわゆる「新規開業率」じたいは、
80年代以来、ずーっと下がってるんですよ。
糸井 え、そうなんですか?

「オレ、サラリーマン辞めて
 ラーメン屋はじめるわ」っていうのも、
ひとつの「起業」‥‥ですよね?
柳瀬 そうでしょうね。
糸井 そこまでカウントしてる調査って
世のなかにあるのかな?
柳瀬 「のれんわけ」まで追っかけるような。
渋谷 会社組織にしたら、統計に乗るでしょう。
糸井 だとしたら、たとえば、ラーメン業界なんか
ものすごく「起業家」が多そうじゃないですか。
柳瀬 とくに、ここ10数年はすごそうですよね。
糸井 でも、その「新規開業率」は下がってるんだ‥‥。

いや、こういう「仕事の話」をしてて思うのは、
ああだこうだと言うまえに、
みんな、自分でやってみたらいいのにって。

だから、起業の割合が増えてないなんて聞くと、
なんだかちょっと寂しいなって気がするんです。
渋谷 いま、起業というと、いわゆるIT系の企業で、
ゆくゆくは上場を目指して‥‥って
すごくハードルが高そうな
イメージがついちゃってることもありますよね。

ほんとは、ラーメン屋さんでも喫茶店でも
「起業」のはずで、
そういう選択肢があっても、ぜんぜんいいのに。
柳瀬 一方で、いわゆる「起業」の概念が出てきたのって、
1998年くらいから、こちらだと思うんです。

1998年って、どんな年だったかと言いますと‥‥。
前年の1997年に金融大崩壊が起きて、
ずいぶん銀行や証券会社が潰れた、その翌年です。

日本にもベンチャー企業の株式市場が立ち上がり、
一方で大企業は、不況に見舞われていた。
つまり、不況が蔓延していたと同時に、
新しい会社が出てきやすい時期でもあったんですよね。

偶然かもしれないですけど、
糸井さんが「ほぼ日」をはじめられたのも
1998年ですから、まさに‥‥。
糸井 そう言われてみたら、
まさしく、追いつめられてはじめたっていう
リアリティを感じますね、自分自身。

柳瀬 はからずも。
糸井 ‥‥ていうことはオレはアレか、
バブルが崩壊して起業した若者か。
全員 (笑)

<つづきます>


2008-07-03-THU


HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN