もくじ
第1回新幹線の楽しみ方。 2016-06-02-Thu
第2回会いたかった人の街。 2016-06-02-Thu
第3回それは深夜の食堂で。 2016-06-02-Thu

1987年生まれ。
茨城県出身、
東京都在住。

散歩、長風呂、
同じ本を繰り返し
読むのが好き。

「移動すること」にまつわる、
ぼくの好きなもの。

担当・染谷拓郎

第2回 会いたかった人の街。

「ファンです。」と簡単に言いたくない。

少し説明が必要かもしれない。
たとえば、好きな音楽家でも俳優でも、
ある分野で尊敬している人が街を歩いているとする。
その時、ぼくは声をかけない。

なぜなら、そこで声をかけたら、
「ただのファン」になってしまうからだ。

もちろん「ファンになること」がいけない訳ではない。
自分が心から応援できる対象があるのは、
純粋に毎日の活力になると思う。

その道にはきっと進まないだろう分野であれば、
(たとえば、ナノテクノロジーやフラッシュ暗算)
単純にすごいと思えるし、たぶん、
臆面もなく「すごいですね!」とか言えちゃうと思う。

でも、自分がこの先、
少しでもその分野に進みたいと思ったり、
こんな風にできたらいいのに、
と思う人が目の前に現れたら、
声はかけない。

相手がステージにいて、自分が客席にいる。
という感覚があるのなら、声はかけない。

本当に少しでも、みかん箱の上でもいいから、
「ステージに上がった」という感覚があって、
はじめて、そうする。

ぼくの場合、松山という街がそうだった。
そこには、伊丹十三記念館がある。

ぼくが伊丹さんをちゃんと知ったのは、
ここ5、6年の話だ。

まるで年代を感じさせない洒脱な文章で、
何度読んでも楽しいエッセイ。
専門的な知識や社会背景を全部飲み込んだ上で、
エンターテイメントに落とし込んだ映画作品。

伊丹さんが生み出したものは、
どれもこれも本当に面白く、ためになる。
松山に伊丹十三記念館があると知った時は、
いつか行ってみたいと思っていた。

「まだ行けない」「今じゃない」とためらっていたが、
ようやくこないだの3月に行くことができた。
ある大きな仕事がひと段落つき、
自然と「今なら行ってもいいんじゃないか」
と思えたからだ。

3月の初旬だというのに、
松山は春真っ盛りの気候で、
そこら中で菜の花が元気に咲いていた。

チェックインしたあと、早速現地へ向かう。
バスを乗り継いで、中心から少し離れたところへ。
バス停を降り、少し歩くと見えてきた。

建築家中村好文によって設計された、黒く四角い建物。
街に馴染んでいながらも、少し異質な印象だ。

おそるおそる館内に入ってみる。
受付で注意事項などを聞き、荷物を預け、
いよいよ展示室に入る。
展示室に入るドアには、
「やぁいらっしゃい」と笑顔で迎えてくれる、
伊丹さんの写真がある。

館内で体験したことは、
ここでは書かないことにする。

もし、伊丹十三という人に興味があるのなら、
ぜひ一度行った方がいい。
そのためだけに松山に行ってもいいほどだ。

ひとつだけ言えるとすれば、
伊丹さんのステージはとても高く、大きかった。
今のぼくのステージとの距離を覚えておいて、
きっとまた何年かして、
この街に戻ってこようと思う。

たまに、映画「スーパーの女」のワンシーンを思い出す。

スーパーの経営者である主人公の五郎と花子が
自分の店を丘の上から眺めながら話す場面だ。

ここには何万という人が住んでいて、
みな、それぞれの稼ぎの中で
最大限のいい暮らしがしたいと頑張っている。
そのためにも、スーパーは少しでも
安く、いいものを提供しなければいけない。

そう言いながら、決意を新たにするシーンだ。

どんな街にも、たくさんの人が住んでいて、
みなそれぞれの仕事や暮らしがある。

松山という街のはずれに、
黒く四角い建物がある。
伊丹さんはいつだって、
「やぁいらっしゃい」と
笑顔で迎えてくれる。

第3回 それは深夜の食堂で。