もくじ
第1回写真を翻訳するということ。 2016-06-28-Tue
第2回読み込むことで広がる物語。 2016-06-28-Tue
第3回写真集という地図の中で。 2016-06-28-Tue

写真雑誌「PHaT PHOTO」、フリーマガジン「Have a nice PHOTO!」編集部。日本最大級の参加型写真展「御苗場」や、2015年からはじまった「東京国際写真祭」など、写真のイベントにも関わっています。

写真の声を、聞く仕事。

第2回 読み込むことで広がる物語。

——
「写真の見方」について、
もうすこしくわしく教えていただきたいのですが、
実際の写真集だと、どれがわかりやすいでしょう?
飯沢さんが感銘をうけた写真集はどれですか?
飯沢
いちばん何度も見ている写真集が、
やっぱり個人的にも愛着がありますね。
とくに70年代から80年代の写真集には、
写真集の見方の基礎を教えてもらいました。
日本の写真集だと、この2冊ですかね。
——
荒木経惟(あらき・のぶよし)さんの
『センチメンタルな旅』と、
牛腸茂雄(ごちょう・しげお)さんの
『SELF AND OTHERS』。
飯沢
まずはこちらからお話ししましょうか。

——
荒木さんはたくさんの写真集を
出されていることでも有名ですよね。
飯沢
ぜんぶで450冊以上出されていますね。
『センチメンタルな旅』は初期の作品で、
1971年に自費出版された伝説的な写真集です。
1000部限定だったので、
いままではこうして、ぼくら持っている人が
紹介しないと見られなかったけど、
今年の春に復刻版が出版されました。
だから見る機会は、これから増えていくでしょう。
(※ちなみに、この写真集のコンタクトシート
[フィルムのネガを全て並べて、撮った写真を
一覧で見られるようにしたプリントのこと]
が展示された写真展が7月9日まで開催中です)
——
1000部限定って、
飯沢さんはどうやって手に入れたんですか?
飯沢
荒木さん本人に、直接いただきました。
——
へええ。すごい。
飯沢
実際に販売したのは紀伊國屋だけで、
ほかは荒木さんが個人的に売っていたようです。
なかなか手に入れるチャンスがなかった。
——
新婚旅行の写真集ですね。
飯沢
はい。
写っているのは、陽子さんという奥さんとの
4泊5日のふつうの新婚旅行です。

飯沢
この写真集の素晴らしいところは、
写真をどう選んで、どう組み合わせるのか?という
写真家が自分のアイデアを形にしていく過程が、
生々しく見える部分だと思っています。
——
写真家の考えが見えるということですか?
飯沢
ええ。
それには「つなぎ」の写真が
とても重要な役割を果たしているんですね。
写真集を代表する、メインになるような
インパクトのある写真もあるんだけど、
その前後の写真を見ながら、
なぜこの位置に入っているのか?を考えていくと、
荒木さんの伝えたいことがわかってくる。
——
それは、たとえば?
飯沢
たとえばこれ。

飯沢
左側には、
花の横を蝶が舞っている写真があります。
その次の写真が右側の四角い石の写真。
本当はただの石のベンチなんだけど、
これ、棺桶にしか見えない(笑)
——
ほんとだ。
言われないと「石のベンチ」ってわからないかも。
飯沢
写真の選び方や並べ方によって、
自分の考えていることを伝えようとしている。
「蝶々」と「棺桶のような石」といった
異世界を連想させる写真の組み合わせを
することで、写真集のなかで陽子さんが
「死の旅」へ行くような構成になっています。

飯沢
でもその後、荒木さんと陽子さんの
情事の写真を入れることによって、
もう一度生の世界に戻ってくる。
エロスの力によって、荒木さん自身が
陽子さんを現実の世界に連れ戻すんです。

——
もう、ただの新婚旅行じゃない。
飯沢
「生→死→生」という
3段階の構造になっているんですよね。
この写真集には荒木さんの生死観や、
陽子さんへの愛など、「ふつうの新婚旅行」以上の
メッセージがたくさん入っているんです。
現実の世界とは違う世界が広がっている。
——
あ、そうか。
つまり、現実が写っているけど、
現実そのものではないんだ。
飯沢
別の角度からも見てみましょうか。
実は荒木さん、カラー写真も撮ってるんですよね。
それを見るとかなり楽しそうな旅行なんです。
荒木経惟写真全集の『陽子』という1冊には、
こんな写真がある。

——
ほんとだ。たのしそう。
印象が全然ちがいます。
飯沢
『センチメンタルな旅』に出てくる陽子さんは、
ほとんど笑ってないんですよね。
つまり荒木さんが伝えたかった「死への旅」
というコンセプトにあった写真しか見せてない。
——
多くの写真から選んで、世界をつくりあげているんですね。
飯沢
ほかにも読み解けることはたくさんあるんですよ。
この写真集で使われた写真は、全部で108枚なんです。
なんの数かわかりますか?
——
108ですか…。
除夜の鐘。
あ、もしかして、煩悩…?
飯沢
はい。そうです。
そういう意味を足していくことで、
ふつうの新婚旅行だった4泊5日の旅が、
普遍的な旅になってしまう。
——
そこまで考えられているんだ。
飯沢
それが写真を「編集」することの力ですよね。
この写真集は、1枚1枚の写真に
荒木さんが込めた強い意味があるんですよ。
——
おもしろいなあ…。
ぜひ、もうひとつの写真集についても、お願いします。
飯沢
牛腸茂雄さんは、幼少のころから身体に障害を持っていて、
1983年に36歳で亡くなられた写真家です。
代表作が『日々』『SELF AND OTHERS』
『見慣れた街の中で』という3部作なのですが、
もっとも有名なのがこの『SELF AND OTHERS』。

——
この復刻版は、飯沢さんが解説を書かれているんですね。
飯沢
全部で60枚の写真で構成されています。
——
見ていると、ほとんどの写真が、
写っている人と不思議な距離がありますね。


飯沢
タイトルの「SELF AND OTHERS」のとおり、
自己と他者について語っている写真集です。
この写真集のなかで異様な写真が、この女性。

——
これだけすごいアップ。
飯沢
ほかの写真は被写体との距離があるのですが、
この写真だけクローズアップしてますよね。
牛腸さんのお母さんなんですよ。
しかも、この写真がちょうど真ん中の30枚目。
そしてとなりはお父さんです。

——
へえ。
お母さんだけ距離が近い。
飯沢
牛腸さんと、お母さん、お父さんとの
距離感が表れているんです。
この写真集のテーマは、さっきも言った「自己と他者」。
自分と人との関係のをどう写真集で表現するか、
写真の選び方と並べ方で見せていた。
——
なるほど。
飯沢
さらに、この次のページの
左側の写真を見てください。

——
女の子が2人います。
飯沢
もう少しよく見てください。
——
え? …あ!
後ろにもうひとり。3人います。

飯沢
足だけが見えていますよね。
見えない女の子が、この写真のおもしろさだったりする。
表面に見えていないもうひとりの女の子。
人間の存在もそうだと思うんです。
表面的に見えるもうひとつの顔みたいなものがある。
それを暗示している写真ともとらえられる。

両親との距離感を考えさせられる写真のあとに、
「人間って不確かな存在だ」とも読みとれる写真がくる。

——
なるほどなあ。
そうやって、
写真家のメッセージを読み解いていくんですね。

<続きます>

第3回 写真集という地図の中で。