- ——
- 「写真の見方」について、
もうすこしくわしく教えていただきたいのですが、
実際の写真集だと、どれがわかりやすいでしょう?
飯沢さんが感銘をうけた写真集はどれですか? - 飯沢
- いちばん何度も見ている写真集が、
やっぱり個人的にも愛着がありますね。
とくに70年代から80年代の写真集には、
写真集の見方の基礎を教えてもらいました。
日本の写真集だと、この2冊ですかね。 - ——
- 荒木経惟(あらき・のぶよし)さんの
『センチメンタルな旅』と、
牛腸茂雄(ごちょう・しげお)さんの
『SELF AND OTHERS』。 - 飯沢
- まずはこちらからお話ししましょうか。
- ——
- 荒木さんはたくさんの写真集を
出されていることでも有名ですよね。 - 飯沢
- ぜんぶで450冊以上出されていますね。
『センチメンタルな旅』は初期の作品で、
1971年に自費出版された伝説的な写真集です。
1000部限定だったので、
いままではこうして、ぼくら持っている人が
紹介しないと見られなかったけど、
今年の春に復刻版が出版されました。
だから見る機会は、これから増えていくでしょう。 - (※ちなみに、この写真集のコンタクトシート
[フィルムのネガを全て並べて、撮った写真を
一覧で見られるようにしたプリントのこと]
が展示された写真展が7月9日まで開催中です) - ——
- 1000部限定って、
飯沢さんはどうやって手に入れたんですか? - 飯沢
- 荒木さん本人に、直接いただきました。
- ——
- へええ。すごい。
- 飯沢
- 実際に販売したのは紀伊國屋だけで、
ほかは荒木さんが個人的に売っていたようです。
なかなか手に入れるチャンスがなかった。 - ——
- 新婚旅行の写真集ですね。
- 飯沢
- はい。
写っているのは、陽子さんという奥さんとの
4泊5日のふつうの新婚旅行です。
- 飯沢
- この写真集の素晴らしいところは、
写真をどう選んで、どう組み合わせるのか?という
写真家が自分のアイデアを形にしていく過程が、
生々しく見える部分だと思っています。 - ——
- 写真家の考えが見えるということですか?
- 飯沢
- ええ。
それには「つなぎ」の写真が
とても重要な役割を果たしているんですね。
写真集を代表する、メインになるような
インパクトのある写真もあるんだけど、
その前後の写真を見ながら、
なぜこの位置に入っているのか?を考えていくと、
荒木さんの伝えたいことがわかってくる。 - ——
- それは、たとえば?
- 飯沢
- たとえばこれ。
- 飯沢
- 左側には、
花の横を蝶が舞っている写真があります。
その次の写真が右側の四角い石の写真。
本当はただの石のベンチなんだけど、
これ、棺桶にしか見えない(笑) - ——
- ほんとだ。
言われないと「石のベンチ」ってわからないかも。 - 飯沢
- 写真の選び方や並べ方によって、
自分の考えていることを伝えようとしている。
「蝶々」と「棺桶のような石」といった
異世界を連想させる写真の組み合わせを
することで、写真集のなかで陽子さんが
「死の旅」へ行くような構成になっています。
- 飯沢
- でもその後、荒木さんと陽子さんの
情事の写真を入れることによって、
もう一度生の世界に戻ってくる。
エロスの力によって、荒木さん自身が
陽子さんを現実の世界に連れ戻すんです。
- ——
- もう、ただの新婚旅行じゃない。
- 飯沢
- 「生→死→生」という
3段階の構造になっているんですよね。
この写真集には荒木さんの生死観や、
陽子さんへの愛など、「ふつうの新婚旅行」以上の
メッセージがたくさん入っているんです。
現実の世界とは違う世界が広がっている。 - ——
- あ、そうか。
つまり、現実が写っているけど、
現実そのものではないんだ。 - 飯沢
- 別の角度からも見てみましょうか。
実は荒木さん、カラー写真も撮ってるんですよね。
それを見るとかなり楽しそうな旅行なんです。
荒木経惟写真全集の『陽子』という1冊には、
こんな写真がある。
- ——
- ほんとだ。たのしそう。
印象が全然ちがいます。 - 飯沢
- 『センチメンタルな旅』に出てくる陽子さんは、
ほとんど笑ってないんですよね。
つまり荒木さんが伝えたかった「死への旅」
というコンセプトにあった写真しか見せてない。 - ——
- 多くの写真から選んで、世界をつくりあげているんですね。
- 飯沢
- ほかにも読み解けることはたくさんあるんですよ。
この写真集で使われた写真は、全部で108枚なんです。
なんの数かわかりますか? - ——
- 108ですか…。
除夜の鐘。
あ、もしかして、煩悩…? - 飯沢
- はい。そうです。
そういう意味を足していくことで、
ふつうの新婚旅行だった4泊5日の旅が、
普遍的な旅になってしまう。 - ——
- そこまで考えられているんだ。
- 飯沢
- それが写真を「編集」することの力ですよね。
この写真集は、1枚1枚の写真に
荒木さんが込めた強い意味があるんですよ。 - ——
- おもしろいなあ…。
ぜひ、もうひとつの写真集についても、お願いします。 - 飯沢
- 牛腸茂雄さんは、幼少のころから身体に障害を持っていて、
1983年に36歳で亡くなられた写真家です。
代表作が『日々』『SELF AND OTHERS』
『見慣れた街の中で』という3部作なのですが、
もっとも有名なのがこの『SELF AND OTHERS』。
- ——
- この復刻版は、飯沢さんが解説を書かれているんですね。
- 飯沢
- 全部で60枚の写真で構成されています。
- ——
- 見ていると、ほとんどの写真が、
写っている人と不思議な距離がありますね。
- 飯沢
- タイトルの「SELF AND OTHERS」のとおり、
自己と他者について語っている写真集です。
この写真集のなかで異様な写真が、この女性。
- ——
- これだけすごいアップ。
- 飯沢
- ほかの写真は被写体との距離があるのですが、
この写真だけクローズアップしてますよね。
牛腸さんのお母さんなんですよ。
しかも、この写真がちょうど真ん中の30枚目。
そしてとなりはお父さんです。
- ——
- へえ。
お母さんだけ距離が近い。 - 飯沢
- 牛腸さんと、お母さん、お父さんとの
距離感が表れているんです。
この写真集のテーマは、さっきも言った「自己と他者」。
自分と人との関係のをどう写真集で表現するか、
写真の選び方と並べ方で見せていた。 - ——
- なるほど。
- 飯沢
- さらに、この次のページの
左側の写真を見てください。
- ——
- 女の子が2人います。
- 飯沢
- もう少しよく見てください。
- ——
- え? …あ!
後ろにもうひとり。3人います。
- 飯沢
- 足だけが見えていますよね。
見えない女の子が、この写真のおもしろさだったりする。
表面に見えていないもうひとりの女の子。
人間の存在もそうだと思うんです。
表面的に見えるもうひとつの顔みたいなものがある。
それを暗示している写真ともとらえられる。両親との距離感を考えさせられる写真のあとに、
「人間って不確かな存在だ」とも読みとれる写真がくる。 - ——
- なるほどなあ。
そうやって、
写真家のメッセージを読み解いていくんですね。
<続きます>