- 飯沢
- いい写真集って言うのは、
読めば読むほど新しい発見がある。
解釈の幅が増えていくというか。
ぼくもこの写真集を何度も見て、
何度も書いているけど、
それでもまだ新しい発見がありますから。 - ——
- その発見を、飯沢さんは伝え続けているわけですね。
- 飯沢
- さっきの『SELF AND OTHERS』も、
写っている被写体が牛腸さんの両親ということは、
ぱっと見ただけじゃわからないわけですよね。
だから、僕らはそういった情報を探して、
調べて、知らない人たちに伝える。 - ——
- ええ。
- 飯沢
- だから、地図みたいなものですよね。
最初は白地図で、それだけを見るとわからないけど、
新しく見つけた情報の位置や関係をはっきりさせると、
いま自分がどこにいるのがわかって。
すると、目的地に向かって徐々に進んでいける。
- ——
- 飯沢さんのような評論家が見つけた「地図」を
僕らも借りれば、写真集の中で
「こんな世界があったのか!」
っていう旅ができるんですね。 - 飯沢
- 解釈の幅は、ひとつに収まらないのがおもしろい。
地図だってたくさんの目的地があるから。
いい写真は必ず意味をもっています。
隠し味みたなのがあって。 - ——
- それを見つけるのが、醍醐味だったりする。
- 飯沢
- そうです。
それで、写真家が何を伝えたかったのかを
発見できたときの喜びは大きいよね。
もちろん、本当に写真家がそう思ったのかは
わからない部分があるんだけどね。
意識的にやったか、無意識だったか
ということもあるし。
でも、それを含めて写真集を通じて
写真家と対話するのはとても楽しいですよ。 - ——
- ただ、飯沢さんもおっしゃっていましたが、
写真の経験がない人は、
きっと、パッと見ではわからないですよね。 - 飯沢
- instagramもそうだと思うけど、
いまって「綺麗」とか「楽しそう」とか、
写真の表面的な部分しか
見られてないことが多いんじゃないかな。
それを否定するわけじゃないんだけどね。 - ——
- 経験のない人にも、そんなふうに
写真を楽しめる方法ってあるんでしょうか? - 飯沢
- できることはたくさんありますよ。
もちろん、ある程度の読み込みは必要ですが。
「写真」にまつわる知識じゃなければ、
みなさん自分が生きてきた経験や記憶があるわけで、
それを踏まえて生まれてくる「読み」があると思う。
「おれはこう思う」というのがあってもいいんですよ。 - ——
- それぞれの翻訳があっていいんだ。
- 飯沢
- たとえばさっきの『センチメンタルな旅』の写真の、
陽子さんが寝ている下にゴザが敷いてあるでしょう。 - ——
- この写真ですね。
- 飯沢
- 東京の下町の人たちって、死者が寝る布団に
ゴザを敷くという習慣があるらしいんだよね。
それを知っている「下町の人」が見ると、
より「死者が寝ている」ように思えるとか。
それは、東京の下町の習慣を
体験している人がいちばん理解できるわけでしょう。
そうした知識とか経験を総動員をすると、
見え方がかわってくるんですよね。 - ——
- その人にしか見えない、
写真のとらえ方があるんですね。 - 飯沢
- ほかにも、陽子さんが枕にしている
紙みたいなものがここにあるじゃない。
ここに文字があって。
- ——
- どこかで見たことある文字…。
- 飯沢
- 「SHISEIDO」のロゴですよね。
- ——
- あ、ほんとだ。
- 飯沢
- 資生堂の封筒ということがわかる。
若い女性が資生堂の包み紙を持っていることは、
日本人にとっては違和感ないよね。 - ——
- はい。
- 飯沢
- フランス人のフィリップ・フォレストさんという
批評家がこれを見つけて。
写っているのって、「SHI」という文字だけでしょ。 - ——
- ええ。
- 飯沢
- この人は、「SHI(=「死」)を枕にしている」と
思ったんだよね。 - ——
- はああ。
「SHISEIDO」のロゴを知らないから。 - 飯沢
- ぼくらは「資生堂の包み紙だ」ということまでは
気付けるんだけど、
それを「死」まで結びつけられない。
- ——
- 逆に知らないから気付けた。
- 飯沢
- フランス人だからこそだと思うんですよね。
その人が生きる環境とか、バックグラウンドとか、
経験とかをもって写真を読み解くとおもしろいぞ、と。
ぼくも、その解釈を見てとても驚きましたよ。
それぞれがそれぞれにいろんなことを考えられる。 - ——
- どんなひとにも、その人だからこそ
想像できることがあるんですね。
写ってないものも含めて、
ほんとにいろんなものが写っていますね…。
あらためて、おもしろいです。写真集。 - 飯沢
- 日本の写真の歴史として、
「写真展」よりも「写真集」の方が
発展してきた経緯があります。
いろんな理由があったのですが、
過去の多くの写真家たちが、
自分たちの写真を表現、発信、流通させる場を
「写真集」に集中させてきたんですよ。 - ——
- 昔から、自費出版も多かったと聞きます。
- 飯沢
- うん。
1冊にかける熱量が尋常じゃなかった。
自分が外に向かって伝えたいことを、
写真の「選択」と「編集」によって
形にすることに命をかけたわけですよね。 - ——
- なるほど…。
- 飯沢
- そうした歴史があって、
日本独特の写真集の文化が生まれてきました。
いまや世界中で日本の写真集が注目されています。
日本を代表する写真家として世界に名前が轟いている
荒木経惟さんや森山大道さんも、
スタートラインは写真集ですからね。先人たちが手間ひまかけてつくりあげてきたものが、
いまの若い写真家たちにも影響し続けているんです。 - ——
- その積み重ねが、
ここにあるたくさんの写真集になってるんですね。 - 飯沢
- いくらでも読み込めるのが写真。
映像だとひとつの画像をじっくり見られないでしょう。
それに加えて、写真集は前後があるから、
読みの奥行きがでてくるからね。
写真ってやっぱりおもしろいんですよ。
- ——
- 今日はとても楽しめました。
ありがとうございます。
写真集、もうすこしゆっくり見せてください。 - 飯沢
- もちろん、どうぞ。
もしよければ、食堂でお昼ご飯も食べていってね。
<おわります>