もくじ
第1回写真を翻訳するということ。 2016-06-28-Tue
第2回読み込むことで広がる物語。 2016-06-28-Tue
第3回写真集という地図の中で。 2016-06-28-Tue

写真雑誌「PHaT PHOTO」、フリーマガジン「Have a nice PHOTO!」編集部。日本最大級の参加型写真展「御苗場」や、2015年からはじまった「東京国際写真祭」など、写真のイベントにも関わっています。

写真の声を、聞く仕事。

第3回 写真集という地図の中で。

飯沢
いい写真集って言うのは、
読めば読むほど新しい発見がある。
解釈の幅が増えていくというか。
ぼくもこの写真集を何度も見て、
何度も書いているけど、
それでもまだ新しい発見がありますから。
——
その発見を、飯沢さんは伝え続けているわけですね。
飯沢
さっきの『SELF AND OTHERS』も、
写っている被写体が牛腸さんの両親ということは、
ぱっと見ただけじゃわからないわけですよね。
だから、僕らはそういった情報を探して、
調べて、知らない人たちに伝える。
——
ええ。
飯沢
だから、地図みたいなものですよね。
最初は白地図で、それだけを見るとわからないけど、
新しく見つけた情報の位置や関係をはっきりさせると、
いま自分がどこにいるのがわかって。
すると、目的地に向かって徐々に進んでいける。

——
飯沢さんのような評論家が見つけた「地図」を
僕らも借りれば、写真集の中で
「こんな世界があったのか!」
っていう旅ができるんですね。
飯沢
解釈の幅は、ひとつに収まらないのがおもしろい。
地図だってたくさんの目的地があるから。
いい写真は必ず意味をもっています。
隠し味みたなのがあって。
——
それを見つけるのが、醍醐味だったりする。
飯沢
そうです。
それで、写真家が何を伝えたかったのかを
発見できたときの喜びは大きいよね。
もちろん、本当に写真家がそう思ったのかは
わからない部分があるんだけどね。
意識的にやったか、無意識だったか
ということもあるし。
でも、それを含めて写真集を通じて
写真家と対話するのはとても楽しいですよ。
——
ただ、飯沢さんもおっしゃっていましたが、
写真の経験がない人は、
きっと、パッと見ではわからないですよね。
飯沢
instagramもそうだと思うけど、
いまって「綺麗」とか「楽しそう」とか、
写真の表面的な部分しか
見られてないことが多いんじゃないかな。
それを否定するわけじゃないんだけどね。
——
経験のない人にも、そんなふうに
写真を楽しめる方法ってあるんでしょうか?
飯沢
できることはたくさんありますよ。
もちろん、ある程度の読み込みは必要ですが。
「写真」にまつわる知識じゃなければ、
みなさん自分が生きてきた経験や記憶があるわけで、
それを踏まえて生まれてくる「読み」があると思う。
「おれはこう思う」というのがあってもいいんですよ。
——
それぞれの翻訳があっていいんだ。
飯沢
たとえばさっきの『センチメンタルな旅』の写真の、
陽子さんが寝ている下にゴザが敷いてあるでしょう。
——
この写真ですね。

飯沢
東京の下町の人たちって、死者が寝る布団に
ゴザを敷くという習慣があるらしいんだよね。
それを知っている「下町の人」が見ると、
より「死者が寝ている」ように思えるとか。
それは、東京の下町の習慣を
体験している人がいちばん理解できるわけでしょう。
そうした知識とか経験を総動員をすると、
見え方がかわってくるんですよね。
——
その人にしか見えない、
写真のとらえ方があるんですね。
飯沢
ほかにも、陽子さんが枕にしている
紙みたいなものがここにあるじゃない。
ここに文字があって。

——
どこかで見たことある文字…。
飯沢
「SHISEIDO」のロゴですよね。
——
あ、ほんとだ。
飯沢
資生堂の封筒ということがわかる。
若い女性が資生堂の包み紙を持っていることは、
日本人にとっては違和感ないよね。
——
はい。
飯沢
フランス人のフィリップ・フォレストさんという
批評家がこれを見つけて。
写っているのって、「SHI」という文字だけでしょ。
——
ええ。
飯沢
この人は、「SHI(=「死」)を枕にしている」と
思ったんだよね。
——
はああ。
「SHISEIDO」のロゴを知らないから。
飯沢
ぼくらは「資生堂の包み紙だ」ということまでは
気付けるんだけど、
それを「死」まで結びつけられない。

——
逆に知らないから気付けた。
飯沢
フランス人だからこそだと思うんですよね。
その人が生きる環境とか、バックグラウンドとか、
経験とかをもって写真を読み解くとおもしろいぞ、と。
ぼくも、その解釈を見てとても驚きましたよ。
それぞれがそれぞれにいろんなことを考えられる。
——
どんなひとにも、その人だからこそ
想像できることがあるんですね。
写ってないものも含めて、
ほんとにいろんなものが写っていますね…。
あらためて、おもしろいです。写真集。
飯沢
日本の写真の歴史として、
「写真展」よりも「写真集」の方が
発展してきた経緯があります。
いろんな理由があったのですが、
過去の多くの写真家たちが、
自分たちの写真を表現、発信、流通させる場を
「写真集」に集中させてきたんですよ。
——
昔から、自費出版も多かったと聞きます。
飯沢
うん。
1冊にかける熱量が尋常じゃなかった。
自分が外に向かって伝えたいことを、
写真の「選択」と「編集」によって
形にすることに命をかけたわけですよね。
——
なるほど…。
飯沢
そうした歴史があって、
日本独特の写真集の文化が生まれてきました。
いまや世界中で日本の写真集が注目されています。
日本を代表する写真家として世界に名前が轟いている
荒木経惟さんや森山大道さんも、
スタートラインは写真集ですからね。

先人たちが手間ひまかけてつくりあげてきたものが、
いまの若い写真家たちにも影響し続けているんです。

——
その積み重ねが、
ここにあるたくさんの写真集になってるんですね。
飯沢
いくらでも読み込めるのが写真。
映像だとひとつの画像をじっくり見られないでしょう。
それに加えて、写真集は前後があるから、
読みの奥行きがでてくるからね。
写真ってやっぱりおもしろいんですよ。

——
今日はとても楽しめました。
ありがとうございます。
写真集、もうすこしゆっくり見せてください。
飯沢
もちろん、どうぞ。
もしよければ、食堂でお昼ご飯も食べていってね。

<おわります>