もくじ
第1回豆かんてんとの馴れ初め 2017-11-07-Tue
第2回食べれども、食べれども 2017-11-07-Tue
第3回ずっとずっと、食べ続けていく 2017-11-07-Tue

兵庫県の北で育ち、浅草生活10年目。書くお仕事を経て、メーカーの販促をやっています。和菓子に目がありません。

私の好きなもの</br>浅草『梅むら』の豆かんてん

私の好きなもの
浅草『梅むら』の豆かんてん

第3回 ずっとずっと、食べ続けていく

約束した土曜の17時、『梅むら』へ。
いつもの入り口を開けると
冷たい雨の一日で、お店は普段より静かです。

相手をしてくださったのは、若いほうの男性。
4人掛けの座敷に向かい合って座りました。

開口一番、私はお名前を尋ねました。
長く通っていたのに知らなかったのです。
男性は、書くの? と半分笑いながら
「ぼくの苗字は若林です、若い林で」と教えてくれました。

知らないことは、他にもたくさんありました。

家族で営んでいること。
若林さんは2代目で、
24年前に店へ入り、今50才であること。
親父さんは80才で、14才のときに
長野から浅草の甘味処へ丁稚奉公に来たこと。

親父さんが修行していた店では
白みつで豆かんてんをつくっていたけれど、
独立してから黒みつに変えて人気が出たこと。

若林さんがお店に入ったのは
「この味をなくしたらもったいない」
という気持ちから、ということ。

すでにできあがっている親父さんの味を
変えないことを目指していること。
でも、それがいちばん難しいこと。

豆かんてんで重要なのは豆で、
親父さんのOKが出るまでには時間がかかったこと。

豆の出来は、いまだに納得がいかない日もあること。
納得いかなければお店には出さないこと。

味の正解は自分の中にしかないこと。
一生、修行だと考えていること。

いちばんうれしい瞬間は
帰り際の「おいしかった」というひと言で、
面と向かって言われなくても
「おいしい」と聞こえてきたらうれしいこと。

ほんの1時間くらいでしたが、
お店の人とお客という関係性を超えて、
話せたことがうれしかった。

そしてお話を聞いたあと、
『梅むら』の豆かんてんに対する気持ちに
ある変化が起きました。

これまでは、ただただ味が好き、と思っていました。
でも、それをつくる若林さんの
人柄や考えを知ったことで、
「応援したい」という気持ちが加わったのです。

好きなものを応援するとはつまり、
ずっとずっと食べ続けていく
ということにほかなりません。

また、私のように『梅むら』の味を好きになる人、
「あの味を食べたい」と思い浮かべる人が、
これからもどんどん増えてほしい、とも。

応援したいと思える一杯に出会えたことが
私はとてもうれしいし、
機会があれば皆さんにも食べてもらえると、
もっともっとうれしい。

だって『梅むら』の豆かんてんは
いつ食べても、やっぱりおいしいですから。

(終わります。ありがとうございました)

よもやま 「親父さんと阪神タイガース」

『梅むら』の親父さんは阪神タイガースのファン。

あまり言葉を交わしたことがないのに
なぜそんなことを知っているのかといえば、
親父さんを見れば一目瞭然。
一年中、白衣に阪神タイガースのキャップ、
という着こなしで、
お店のテレビには野球中継がよく流れています。
取材のお願いをしに伺った日も
阪神タイガースが勝ち、ご機嫌な様子でした。

好きなものがにじみ出ている人って
よいなあと思います。
なぜなら、
日々を豊かに過ごす術を知っていると思うからです。

好きなものは、
うれしい気持ちにしてくれたり
楽しみを与えてくれたり
何かのきっかけをつくってくれたり、
人生をより豊かにしてくれます。

実際、阪神タイガース好きな親父さんは、
試合のある日は
ワクワクしながら仕事をしているように見えます。
一緒にお店に立つ息子さんと
野球の話を小声でしているときも、
顔がほころんでいるのです。

好きなものがあること、
好きなものを知ること、
そして好きなものとともに生きていくことは、
機嫌よく生活することに繋がるのかもしれません。