もくじ
第1回ハイヒールの音 2017-12-05-Tue
第2回はじめて電車を運転した日 2017-12-05-Tue
第3回カエルの置物 2017-12-05-Tue

88年生まれ、神奈川県の山の中で育つ。
5歳の娘をもつ月刊誌のママさん編集者。元鉄道員。

筆が止まったとき頭に思い浮かぶ言葉は、「やってみなはれ」。

指差喚呼の先に見ているもの。</br>~電車運転士という仕事~

指差喚呼の先に見ているもの。
~電車運転士という仕事~

担当・榎本 悠

第3回 カエルの置物

主人
運転職場にカエルの置物があることが多いんだけど。
ほら、うちにもあるでしょ。(自宅のテレビの前を指さす)

ほんとだ。そういえば、ずっと置いてあるね。
主人
これは、「無事帰る(カエル)」という意味で。
運転士が職場に乗務を終えて帰ってくるということは…
乗っているお客さんも無事に帰る。
つまり、目的地にお客さんが到着できるということ。
主人
そう。鉄道の歴史を振り返れば、
事故で命を落とした人、怪我をした人がいたことも事実。
だから、電車を走らせる人が無事に帰ってこれるように、
電車に乗ってくれる人たちが無事に帰れるように、
願いを込めてカエルの置物を
置く職場が昔からたくさんあった。

「無事カエル」…。
だから、うちにもカエルの置物があるんだね。
主人
通勤時間帯、僕の後ろには3000人近いお客さんが乗っていて、
僕はその命を預かっている。
運転士になってすぐ、添乗していた師匠(指導担当)から
言われたことがあってね。
うん。
主人
カーブにさしかかったときに
「後ろを振り返ってみろ」って言われた。
振り返ったら、
10両編成の車両がずらっと連なっているのが見えて。
(じっと耳を傾ける)
主人
「お前の運転している列車には、
何千もの命が乗っているんだ」って
師匠に言われて、
「自分はとんでもない職責を担ってるんだ」って思った。
安全に勝るものなんてないんだって、心から思った。
僕は鉄道が好きなこどもだったけれど、
好きって気持ちだけでは勤まらないことがよくわかった。
僕たちは、プロだから。
浅いことばになっちゃうけど、すごい仕事なんだね。
17年間電車を運転してきて、その気持ちは変わらない?
主人
変わらないし、その気持ちは捨てたらいけないと思ってる。
どんなに車両や設備が進化しても、動かすのは人間。
さいごは自分の腕を、自分自身を信じないといけないから。
僕にもここに大切な家族がいるけれど、
お客さんたち一人ひとりにも、その人の帰りを待っている
大切な家族がいる。
うん、そうだね。
主人
だから、僕たちは
どんなにベテラン運転士になったとしても、
年間に何十時間も訓練をして、日々勉強してる。
運転士って単調な仕事に見えるかもしれないけど、
日々、勉強・実践・振り返りの繰り返しだと思うんだ。
何気なく普段電車に乗っているけど、
運転士の仕事ってすごく奥深いんだね。
主人
電車って、担当する線区にもよるけれど
たくさんの運転士が代わる代わる担当していて。
駅に停まっている間、乗客の人たちが知らないうちに、
運転士が交替することって多々あるだけど。
リレー形式で始発から終電まで運転しているんだもんね。
主人
運転士が交替するときに、乗ってきた車両や運転状況とかを
引き継ぐために交わす「異常なし」っていうことばは、
すごく重たいと僕は思っていて。
重たい…?
主人
電車を安全に走らせることって、
簡単なようで簡単じゃない。
電車は絶対に一人で走らせることはできない。
駅で働く人がいて、車両や線路を整備する人がいて、
汚れた車両を綺麗に掃除してくれる人がいて。
僕らとともに乗務する車掌がいて。
そして、乗っているお客さんの協力もあって
毎日電車は走っている。
そうだね。たしかにそうだ。
主人
安全に運転することは僕たち運転士の使命だし、
何にも代えられないものだから。
だから、「異常なし」の言葉の重みを
毎回噛みしめている。
泊まりの仕事が終わって、
帰ってきたらぐったりしているはずだよね。
でも、運転士の妻としても、一人の乗客としても、
運転士の見ているものを知れて、すごく新鮮だったな。

主人
普段なかなかこんな話する機会ないからね(笑)
これからも、無事に帰ってきてくれるのを待っているね。
家族のためにも、お客さんのためにも。
主人
そうだね。明日も乗務がんばるよ。
では、さいごに、
このインタビューを読んでくださった皆さまに対して、
この機会になにかお伝えしたいことがあれば…
主人
僕たちは皆さんを安全に目的地までお運びできるように
努めますので、ぜひ時間に余裕をもって、
そして安心して電車でお出かけくださいね。

(終点に到着です。ご乗車誠にありがとうございました。)