- 糸井
- 燃え殻さん、体は大丈夫ですか。
サラリーマンなのに、ものすごく取材を受けてるでしょ?
- 燃え殻
- サラリーマンなのに、はい(笑)。
6月30日に本が出て、ありがたいことに何十と。
- 糸井
- 何十と。
- 燃え殻
- ぼく、今日は糸井さんに聞きたいんですけど、
小説って、何か訴えたいことがないと
書いちゃいけないんですか。
- 糸井
- それは、美術家の横尾忠則さんに
「なぜ、この絵を描いたんですか」って聞く
みたいなことですよね?
- 燃え殻
- そうです。
「それは社会的に実は意味があることなんだ」って
横尾さんは言えるんでしょうか。
- 糸井
- 言えないんじゃないでしょうかね。
その質問、横尾さんなら怒りますよね。
「(横尾さんの口ぶりで)だからダメなんだよ」。
- 燃え殻
- (笑)。
実はこの本では
2か所ぐらいしか書きたいことがなくて。
- 糸井
- ほう。
- 燃え殻
- 書いていて楽しい、みたいな。
- 糸井
- それはつまり、自分がうれしいこと。
- 燃え殻
- はい。
ひとつ話すと、これは本当にあったことなんですけど、
新宿のゴールデン街にある狭いバーの
半畳くらいの畳に寝ていたんですよ。
ふと目を覚ましたら、ぼくの同僚が、
えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と・・・・。
- 糸井
- ママ的なパパ。
- 燃え殻
- ママ的なパパと、朝ごはんをつくっている。
ごはんの匂いがするなか、彼らが網戸をパーっと開けて、
そうしたら雨が降りつけてくるんですよ。
お天気雨みたいな感じで、日が差していて
何時か、ちょっとわからない。まぁ7時前かな。
今日、仕事に行かなきゃって思いながら、
すっごく頭が痛くて。
寝転んだまま、ふたりのなんでもない会話を聞いて、
ぼーっとして、二度寝しそうだけど寝落ちしなくて。
昨日、嫌なことはなかったし、
今日も嫌なスケジュールは入っていない。
体も、ありがたいことに頭以外、痛いところはない。
- 糸井
- あ、よいですね。
- 燃え殻
- その1日を書いているときは気持ちよかったですね。
ただ、そのまま取材で答えても
「ふざけるな」って言われるじゃないですか。
だから「90年代の空気を残したかった」って
ウソをついているんですけど。
- 会場
- (笑)
- 糸井
- それでもいいやっていうウソですよね。
おそらく読者と取材者に共通するのは、
自分もその時代にって話をしたがりますよね。
「ぼくの話、いいですか」。
- 燃え殻
- そうですね。それで、場が少し温まる感じもあって。
取材で撮ってくれるカメラマンも、
“最初はお前のことよくわかんなかったけど、
あ、そういうこと書いてる人なんだね”って感じで
シャッターを押してくれたりとか。
温まりたいから、ウソをずっと言う(笑)。
- 糸井
- ずっと言う(笑)。
- 燃え殻
- ウソって簡単に言っちゃうけど、
もしかしたら気づきなのかもしれない。
僕は仕事柄、受注体質なので。
- 糸井
- 受注体質(笑)。
- 燃え殻
- そう思われるんだったら、そういうものをつくりたい。
そういうものがつくれたんだったら、いいじゃないって。
読み終わったあとに
「ぼくはこう思うんだよ」って、
自分語りしたくなるものができたなら、とてもうれしい。
- 糸井
- できてますよね。
/
燃え殻さん、前に話したとき、
中学時代、クラスの不良に破られても
誰に頼まれるでもない壁新聞を
毎日書いていたと言っていたでしょう。
なんで思うだけじゃなくて書きたいんだろうね。
- 燃え殻
- ぼくだけが見ている景色・・・・を
切り取れた喜びがあるからでしょうか。
- 糸井
- 「これは俺しか思わないかもしれない」っていうことが、
みんなに頷かれたときってうれしいですよね。
さっきのゴールデン街でお酒飲んで寝ちゃって
起きたときのお天気・・・・なんていうのに頷ける人は、
同じことを経験していないけど、結構いると思うんです。
でも、発見したのは「俺」なんです、明らかに。
- 燃え殻
- 「経験していないけどわかるよ」っていう共感は、
すごくうれしいですね。
- 糸井
- ちょっと話戻しますけど、
いいなと思ってスケッチするみたいに覚えていることは、
すぐに書くんですか。
それとも覚えているんですか。
- 燃え殻
- 両方ですけど、最近はすぐ書くようにしています。
昔は展示や映画のチラシを集めたり
神保町の古雑誌屋で見つけたコピーをファイルして、
「資料集め」と自称してたんです。
友達に「俺、今日、資料集め行ってくるわ」とか言って
毎週のように行って。
でもその資料って、いつ役に立つかなんてわからない。
- 糸井
- イチローがバッティングセンターに通ってた
みたいなもんだ。
- 燃え殻
- そうなんですか?(笑)
それは小説のために集めていたのかもしれないけど、
もっと言うと、そんなことのために集めてなかった。
- 糸井
- ただ集めた。
- 燃え殻
- ただ集めた。
自分として大切なんじゃないか。
どこかでいつか何かになるんじゃないかって、
淡い淡い宝くじみたいなことを思いながらやっていて。
- 糸井
- 俺もちょっとしてたな。
それで、集めたチラシや小説から影響を受けたりして。
燃え殻さんが今日着ている丈の長い服にしても、
誰かが着ているのをいいなと思ったんですよね。
- 燃え殻
- そうです。
- 糸井
- 自分が着ていないうちから頭のなかでは
「丈の長い服はうまくいくとカッコいいぞ」
っていうのがあるわけですよね(笑)。
- 燃え殻
- あるある(笑)。
- 糸井
- つまり、他人がやってることや表現したことも、
すでに自分の物語なんです。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
- ぼく、燃え殻さんの本の帯に
「リズム&ブルースのとても長い曲を聴いているみたいだ。」
と書いたんです。
ブルースミュージシャンが歌っているのは
「俺んちの嫁がまた俺をろくでなしって言いやがった」みたいな
生活のなかの風景でしょう。
- 燃え殻
- そうですね。
コアな話だけど「俺のことを歌ってる」って、
聞いているほうはシンクロする部分を見つける。
- 糸井
- 今になって種明かしみたいに言うと、
燃え殻さんの小説は、そういうことですよね。
自分にとっての歌があってさ、
それを誰かが歌ってくれて、
ずっと聴いていたいっていう気持ちになるんです。
- 燃え殻
- あー、うれしいです。
(つづきます)
『ボクたちはみんな大人になれなかった』(著・燃え殻/新潮社)
ある朝の満員電車。
昔フラれた大好きだった彼女に
間違えてフェイスブックの「友達申請」を送ってしまったボク。
43歳独身の、混沌とした1日が始まった――。
発売されて間もなく、読みました。
小説に描かれているような、
ドラマチックな経験やヒリヒリする体験は
残念ながらありません。
でも! それなのに!
「ああ、似たような気持ちになったことがある」
と、切なくなったり、
どうしようもなく赤面してしまったり。
燃え殻さんのデビュー作に寄せられた
たくさんの感想も、ぜひ読んでみてください。
(ニイミユカ)