もくじ
第1回リズム&ブルースのような小説。 2017-10-17-Tue
第2回書き残すことで前に進めた。 2017-10-17-Tue
第3回誰かがのびのびできる場であれ。 2017-10-17-Tue
第4回小銭のやりとりぐらいがちょうどいい。 2017-10-17-Tue
第5回喜んでくれる人と手をつないでいたい。 2017-10-17-Tue

兵庫県の北で育ち、浅草生活10年目。書くお仕事を経て、メーカーの販促をやっています。和菓子に目がありません。

大人になりきれないふたり</br>燃え殻×糸井重里

大人になりきれないふたり
燃え殻×糸井重里

9月のほぼ日手帳の発売に合わせて
ロフトで開催される、
糸井重里さんと“誰か”のトークライブ。
今年、糸井さんが「しゃべりたい」と誘ったのは、
小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を
出版したばかりの会社員「燃え殻」さんでした。

テレビの美術制作会社で働く燃え殻さんと
糸井さんの出会いはツイッター。
ふたりの関係性もあってか、
はたまた少年の心をもつふたりだからか、
ゆるやかな普段のおしゃべりのよう。
でも、ときどきハッとする言葉が交わされて・・・・。

ここでは、トークイベントの様子を3回と、
その3日後にふたたび繰り広げられた
“お客さんの前でしゃべらないようなこと”の2回。
全5回に分けて、ふたりの様子をお届けします。

好きな飲み物を片手に、
またはごろりと横になって、
どうぞのんびり楽しんでください。

プロフィール
燃え殻(もえがら)さんのプロフィール

第1回 リズム&ブルースのような小説。

糸井
燃え殻さん、体は大丈夫ですか。
サラリーマンなのに、ものすごく取材を受けてるでしょ?
燃え殻
サラリーマンなのに、はい(笑)。
6月30日に本が出て、ありがたいことに何十と。

糸井
何十と。
燃え殻
ぼく、今日は糸井さんに聞きたいんですけど、
小説って、何か訴えたいことがないと
書いちゃいけないんですか。
糸井
それは、美術家の横尾忠則さん
「なぜ、この絵を描いたんですか」って聞く
みたいなことですよね?
燃え殻
そうです。
「それは社会的に実は意味があることなんだ」って
横尾さんは言えるんでしょうか。

糸井
言えないんじゃないでしょうかね。
その質問、横尾さんなら怒りますよね。
「(横尾さんの口ぶりで)だからダメなんだよ」。
燃え殻
(笑)。
実はこの本では
2か所ぐらいしか書きたいことがなくて。
糸井
ほう。

燃え殻
書いていて楽しい、みたいな。
糸井
それはつまり、自分がうれしいこと。
燃え殻
はい。
ひとつ話すと、これは本当にあったことなんですけど、
新宿のゴールデン街にある狭いバーの
半畳くらいの畳に寝ていたんですよ。
ふと目を覚ましたら、ぼくの同僚が、
えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と・・・・。
糸井
ママ的なパパ。
燃え殻
ママ的なパパと、朝ごはんをつくっている。
ごはんの匂いがするなか、彼らが網戸をパーっと開けて、
そうしたら雨が降りつけてくるんですよ。
お天気雨みたいな感じで、日が差していて
何時か、ちょっとわからない。まぁ7時前かな。
今日、仕事に行かなきゃって思いながら、
すっごく頭が痛くて。
寝転んだまま、ふたりのなんでもない会話を聞いて、
ぼーっとして、二度寝しそうだけど寝落ちしなくて。
昨日、嫌なことはなかったし、
今日も嫌なスケジュールは入っていない。
体も、ありがたいことに頭以外、痛いところはない。
糸井
あ、よいですね。
燃え殻
その1日を書いているときは気持ちよかったですね。
ただ、そのまま取材で答えても
「ふざけるな」って言われるじゃないですか。
だから「90年代の空気を残したかった」って
ウソをついているんですけど。
会場
(笑)
糸井
それでもいいやっていうウソですよね。
おそらく読者と取材者に共通するのは、
自分もその時代にって話をしたがりますよね。
「ぼくの話、いいですか」。

燃え殻
そうですね。それで、場が少し温まる感じもあって。
取材で撮ってくれるカメラマンも、
“最初はお前のことよくわかんなかったけど、
あ、そういうこと書いてる人なんだね”って感じで
シャッターを押してくれたりとか。
温まりたいから、ウソをずっと言う(笑)。
糸井
ずっと言う(笑)。

燃え殻
ウソって簡単に言っちゃうけど、
もしかしたら気づきなのかもしれない。
僕は仕事柄、受注体質なので。
糸井
受注体質(笑)。
燃え殻
そう思われるんだったら、そういうものをつくりたい。
そういうものがつくれたんだったら、いいじゃないって。
読み終わったあとに
「ぼくはこう思うんだよ」って、
自分語りしたくなるものができたなら、とてもうれしい。
糸井
できてますよね。
/
燃え殻さん、前に話したとき
中学時代、クラスの不良に破られても
誰に頼まれるでもない壁新聞を
毎日書いていたと言っていたでしょう。
なんで思うだけじゃなくて書きたいんだろうね。
燃え殻
ぼくだけが見ている景色・・・・を
切り取れた喜びがあるからでしょうか。

糸井
「これは俺しか思わないかもしれない」っていうことが、
みんなに頷かれたときってうれしいですよね。
さっきのゴールデン街でお酒飲んで寝ちゃって
起きたときのお天気・・・・なんていうのに頷ける人は、
同じことを経験していないけど、結構いると思うんです。
でも、発見したのは「俺」なんです、明らかに。
燃え殻
「経験していないけどわかるよ」っていう共感は、
すごくうれしいですね。
糸井
ちょっと話戻しますけど、
いいなと思ってスケッチするみたいに覚えていることは、
すぐに書くんですか。
それとも覚えているんですか。

燃え殻
両方ですけど、最近はすぐ書くようにしています。
昔は展示や映画のチラシを集めたり
神保町の古雑誌屋で見つけたコピーをファイルして、
「資料集め」と自称してたんです。
友達に「俺、今日、資料集め行ってくるわ」とか言って
毎週のように行って。
でもその資料って、いつ役に立つかなんてわからない。
糸井
イチローがバッティングセンターに通ってた
みたいなもんだ。
燃え殻
そうなんですか?(笑)
それは小説のために集めていたのかもしれないけど、
もっと言うと、そんなことのために集めてなかった。
糸井
ただ集めた。
燃え殻
ただ集めた。
自分として大切なんじゃないか。
どこかでいつか何かになるんじゃないかって、
淡い淡い宝くじみたいなことを思いながらやっていて。
糸井
俺もちょっとしてたな。
それで、集めたチラシや小説から影響を受けたりして。
燃え殻さんが今日着ている丈の長い服にしても、
誰かが着ているのをいいなと思ったんですよね。
燃え殻
そうです。

糸井
自分が着ていないうちから頭のなかでは
「丈の長い服はうまくいくとカッコいいぞ」
っていうのがあるわけですよね(笑)。
燃え殻
あるある(笑)。
糸井
つまり、他人がやってることや表現したことも、
すでに自分の物語なんです。

燃え殻
はい。
糸井
ぼく、燃え殻さんの本の帯に
「リズム&ブルースのとても長い曲を聴いているみたいだ。」
と書いたんです。
ブルースミュージシャンが歌っているのは
「俺んちの嫁がまた俺をろくでなしって言いやがった」みたいな
生活のなかの風景でしょう。
燃え殻
そうですね。
コアな話だけど「俺のことを歌ってる」って、
聞いているほうはシンクロする部分を見つける。
糸井
今になって種明かしみたいに言うと、
燃え殻さんの小説は、そういうことですよね。
自分にとっての歌があってさ、
それを誰かが歌ってくれて、
ずっと聴いていたいっていう気持ちになるんです。
燃え殻
あー、うれしいです。

(つづきます)


『ボクたちはみんな大人になれなかった』(著・燃え殻/新潮社)

ある朝の満員電車。
昔フラれた大好きだった彼女に
間違えてフェイスブックの「友達申請」を送ってしまったボク。
43歳独身の、混沌とした1日が始まった――。

発売されて間もなく、読みました。

小説に描かれているような、
ドラマチックな経験やヒリヒリする体験は
残念ながらありません。
でも! それなのに!
「ああ、似たような気持ちになったことがある」
と、切なくなったり、
どうしようもなく赤面してしまったり。

燃え殻さんのデビュー作に寄せられた
たくさんの感想も、ぜひ読んでみてください。

(ニイミユカ)

第2回 書き残すことで前に進めた。