- 燃え殻
- これまでつけた手帳、
21冊を全部、取ってあるんです。
- 糸井
- らしいんだよねえ。
- 燃え殻
- デスクに置いて、
仕事中とか、ちょっと時間ができたときとかに
読み返すんです。
もちろん手帳なので、まず予定が書いてあります。
- 糸井
- 必要だからね。
- 燃え殻
- はい。そこにその日に会った人を忘れないために
似顔絵が描いてあったり、
たまたま食った天丼屋がうまくて
ソースのシミがついた箸袋を貼ったり。
結局、その店には十何年行ってないんですけど。
- 糸井
- 行くかもしれないっていうのが、
自分が生きてきた人生にレリーフされるんだよね。
- 燃え殻
- あとは、悩みやうれしかったことも書いてあって。
うれしかったことは「王冠」と書いてあるんです(笑)。
- 糸井
- 王冠(笑)。
- 燃え殻
- どれだけうれしいのか(笑)。
でも、今振り返れば大したことじゃないんです。
それは嫌なことも。
たとえば当時の手帳に
「この人には来週も会わなければならない。嫌すぎる」
と書いているけど、今では呑みに行く仲だったりして。
悩みや関係性がどんどん変わっていく様が見えて、
手帳を読み返すんですよね。
- 糸井
- はぁー。
手帳を捨てようと思ったことはないですか。
- 燃え殻
- ぼく、物を捨てることや人と縁が切れることが、
ものすごい下手なんです。
この小説で書いた当時付き合っていた人とも、
自分のなかでは終わってないんですよね、気持ちが。
こういうこと言ってるから、
いろんなところで怒られるんですけど(笑)。
リセットすると今までの自分と離れちゃった気がして。
荷物は軽いほうがいいという人もいるけど、
ぼくは重くないとダメないんですよ。
「あの人はこう言ってたな。いつか見返すぞ」とか
「いつか憧れの人に口がきける人間になろう」とか
そういうものを持っていないと前に進めないから。
絶対、一生捨てないと思う。
- 糸井
- 注射するときに
針が刺さってるのを見ないタイプですか。
- 燃え殻
- 見ないです。
- 糸井
- ぼくもそう。
捨てたくない、捨てるっていう目にも遭いたくない。
でも捨てざるを得なくなって捨てて、
「ああ、捨てちゃったけど、大丈夫だったな」
っていう気持ちを涙とともに味わうのが好きですね。
- 燃え殻
- 本当はなくなっても何の差し支えもないと、
ぼくもわかってるんです。
- 糸井
- 捨てられない理由があるとしたら寂しさです。
ぼくも燃え殻さんと根は同じ。
でもぼくの場合は、その寂しさが好きなんだと思う。
/
この間、ビートルズのほぼ日手帳について
『ほぼ日』用のインタビューを受けたんだけど、
ビートルズの話をすると若いときの話をするから。
どういうふうに自分がモテなくて
フラれたっていう話を軽い気持ちでし始めたら、
相手に受け入れられなかった自分が不憫になっちゃって。
- 燃え殻
- ちょっと涙が。
- 糸井
- にじんじゃった(笑)。
「ごめん、ちょっと待って」。
- 燃え殻
- 大人になれてないじゃないですか(笑)。
- 糸井
- だけどそれは、捨てても残ってるんです。
ぼくがいなくなっちゃっても、
ここにぼくがいるってみんなが思っていれば、
ぼくはいるっていうことと同じで。
「これを捨てたら俺じゃなくなっちゃう」って、
そういう気持ちになるから、子どもは捨てたくない。
- 燃え殻
- ああ、ぼくは、それだ。
- 糸井
- だから「大人になれなかった」って
言ってるじゃないですか。
- 燃え殻
- 小説にして、発売までして。
- 会場
- (笑)
- 糸井
- 話はちょっとそれるけど、
燃え殻さんの手帳に書いてはいなくても
自然に音楽がのっかっているでしょう。
- 燃え殻
- そうですね、流れてる。
たぶん音楽って感覚を共有できるものだから、
小説でもところどころに挟んで。
- 糸井
- あったね。
- 燃え殻
- このタイミングでこの音楽がかかっていたら、
ぼくはうれしくなったり、マヌケって感じる。
それに共感してくれる読者もいるんじゃないかなって。
小説に同僚と別れるシーンがあるんですけど、
シリアスな会話の後ろにアイドルの曲が流れている。
ドラマなら悲しい音楽が流れるところだけど
実際の生活だとアイドルもあるよなって・・・・。
- 糸井
- あるある。大いにある。
自分が主役じゃないのが世の中だって表すのに
はずれた音楽を流すのは、すごくいいですね。
/
自分のためじゃない世の中にいさせてもらっている。
燃え殻さんの小説にいっぱい出てくるのは、
この感覚ですよね。
- 燃え殻
- そこに所在なしみたいなところに、
ぼくはずっと生きているような気がして。
手相を見てもらったら「未来がない」って言われたんです。
- 会場
- (笑)
- 燃え殻
- ひどくないですか。
お金払ってるのに(笑)。
でも、まあ、じゃ、自由だなと思って。
ただ、なんだろう・・・・
どこにも居場所がないっていう共通言語がある人と。
- 糸井
- 会いたいよね。
- 燃え殻
- そう、会いたい。いつでも。
- 糸井
- それでいうと、とんでもない角度から相談を受けている
『文春オンライン』の人生相談はいいですね。
燃え殻さんは相談者と同じ立場で
一生懸命考えていて。
発見もあって、全部面白い。
- 燃え殻
- えー、ありがたい。
- 糸井
- 職業名があるならば、人生相談士に・・・・。
- 燃え殻
- また怪しい(笑)。
- 糸井
- 何よりもいいのは、
燃え殻さんのいい意味での気の弱さ。
人生相談というよりは
その人と隣り合わせで慰めてるんですよ。
- 燃え殻
- 傷がかさぶたになって、それが取れて、
はい、きれいになりましたって素晴らしいですけど
そんなことばっかじゃないですから。
- 糸井
- そうそう。
- 燃え殻
- 止血しながらでも
生きていかなきゃいけないじゃないですか。
- 糸井
- そうそうそう。
- 燃え殻
- ぼくは保留にすることで生きてこられた部分があって。
手帳を見ると、解決してないことばっかなんですよ。
でも、昔の方がちゃんと考えてることもあって。
書き残すことで、それを見られるのもすごくいい。
一旦置いておくと、
将来の自分が解決してくれることもあるんです。
(つづきます)