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永田 |
アルベールビルオリンピックで
伊藤みどり選手が金メダルを
確実視されながらとれなかったときに、
ひとりの選手に多くのものを
背負わせすぎたという
スケート協会の反省があったと聞きました。
今回のトリノオリンピックで、
レベルの高い日本人選手を
3人送り込むことができたというのも
荒川選手のリラックス、集中に、
つながったのでしょうか? |
刈屋 |
つながったと思いますね、明らかに。
というのは、国内での関心は
どちらかというと、
安藤美姫にいっていましたよね。
彼女に集中してくれたおかげで
荒川と村主は自分の思ったとおりの
調整ができたんじゃないかと思います。 |
永田 |
逆にいうと、
安藤選手はつらかっただろうと。 |
刈屋 |
つらかっただろうと思います。
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永田 |
ただ、荒川選手にとって
長野オリンピックの失敗が活きたように
つぎのオリンピックへつながるものに。 |
刈屋 |
つぎにつながる経験になったと思います。
今回の経験を彼女が確実に活かしたら、
確実にメダルを取れる素材だと思いますね。 |
永田 |
なるほど。 |
刈屋 |
安藤選手は、素質としては
もう抜群のものを持っていますから。
たぶん安藤美姫さんは、
オリンピックがどういうところか、
今回、はじめてわかったんじゃないかと思います。
つまり、世界選手権は毎年ありますし、
グランプリシリーズも毎年巡ってくる。
けれども、オリンピックでは、
世界の選手たちの調整具合とか
それに臨む気持ちというのが、
まったく違うんですよ。
オリンピックというのは4年に1回、
まさに人生を賭けてくるんですよね。
とくにヨーロッパとかアメリカの選手たちは。
そこでメダルを取れるか、
あるいは注目されるかによって
その後のじぶんの年収や、人生、
すべてが変わってくるわけです。
彼女がはじめて出場したトリノには、
同じ年代のジュニアで一緒にやっていた
キミー・マイズナーとか
エミリー・ヒューズといった選手が
出てきていたわけですが、
あの選手たちの仕上がり具合を見て
驚いたんじゃないかと思うんです。
うわ、こんなに彼女たちは仕上げてきてる、
こんなにすごい練習をしてる、というのを
目の当たりにしたと思いますので、
相当変わってくれるんじゃないかな、
というふうに思いますけどね。 |
永田 |
なるほど。
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刈屋 |
そういう厳しい世界、
仕上がった人たちが集まってきたうえで、
その日、誰が「選ばれる」か、
という勝負なんですね。
だからほんとうにわずかな隙があれば
あっという間に順位が5位も6位も下がっちゃう。
それが、オリンピックなんです。
一方の、荒川と村主は、過去の経験から
その厳しさを知っていたということですね。
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永田 |
安藤選手にとって、
トリノオリンピックが
そういう「つぎへの経験」に
なってほしいという刈屋さんの思いが、
実況に込められていたように
ぼくには感じられたんですが。 |
刈屋 |
込めました。 |
永田 |
刈屋さんにしてはめずらしく
厳しいような言葉も入ってましたよね。
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刈屋 |
はい。 |
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永田 |
もうひとり、
村主選手はどうだったんでしょう?
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刈屋 |
村主選手は、最高だったと思います。
持てるものをすべて出したと思いますよ。 |
永田 |
それで、「選ばれなかった」。
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刈屋 |
「選ばれなかった」。
もう、「選ばれなかった」という、
ただそれだけのことじゃないかなと思います。
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永田 |
ああ、はい。 |
刈屋 |
村主選手は、やれるだけのことは
すべてやったと思います。
ただ惜しかったのは、シーズンの中盤ところで
ケガをしてしまったということで
おそらく技の難度を本人がイメージしたところまで
上げきれなかったのかなと。
もし、その技の難度をもう少し上げていれば
メダル争いは、もっともつれたと思いますね。 |
永田 |
ああ、なるほど。
ベストは尽くしたけれども、
もう一個大きなワクで広がったかもしれない。 |
刈屋 |
彼女はやっぱり4年間、
ソルトレイクから、このトリノまでのあいだに
自分なりにロックを取り入れてみたりだとか、
あるいはコミカルなものをやってみたりとか
演技の幅を広げていって、
こういうこともできるんだよ、ということを
世界のジャッジにアピールしながら、
なおかつ、最後のトリノで集大成として
自分のもっとも得意な
クラシックの部分にもってきて
勝負をかけたわけです。
その彼女の4年間は、見事だったと思います。
そして、実際にそれを、しっかりと
ショートプログラムとフリーで
出せたというのは最高だと思いますね。
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永田 |
ただ、違う言い方をすると、
失敗をせず、自分のベストを尽くしたのに
それがメダルに届かなかったというのは
アスリートとして
いちばんつらいんじゃないかとも思います。
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刈屋 |
つらい、ですよね。
表彰式も全部終わって、
選手たちもみんないなくなったときに
村主選手はひとり戻ってきて
スタンドからリンクをずっと見てましたね。 |
永田 |
あああ、そんなことがあったんですか。 |
刈屋 |
もうポツンと座って、ずうっと見てました。
いろんなことを思ったんでしょうね。
やれることはやったのか、とか
あそこの部分はもうすこし変えていたら、
みたいなこともあったのかもしれないですし、
それはわかりませんけどね‥‥。
ただ、じいっとリンクを見てました。 |
永田 |
村主選手だけは、終わった後にすぐ
つぎのバンクーバーのことを
おっしゃってましたよね。 |
刈屋 |
はい。
もしかすると、ああいうかたちで
じぶんの気持ちに区切りを
つけたのかもしれませんし。
でも、村主さんは持てるものを
最高の状態で出せたと思います。
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