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永田 |
お話をうかがっていると、
同じ金メダルの実況ではあるけれども、
アテネの男子体操の決勝のときとは
刈屋さんが実況のあいだに
感じていることがすごく違いますね。 |
刈屋 |
そうですね。
やっぱりぼくとしては、さっき言ったように、
もうほんとうに荒川さんが勝つとしたら
オリンピックの女神に選ばれる
というよりほかにないと思ってたんです。
ですから、アテネの男子体操のときのように
「勝つためにはどうなればいいのか」
というシミュレーションみたいなことは
まったく頭になかった。
アテネの男子体操のときというのは、
それこそ、メダルがとれるか、逃すか、
とれるとしたらそれは金なのか、
ということを前提にしながら、
それをどう評価するのかということを
ほんとうにずっといろいろ考えながら、
積み上げて、それを競技の進行に合わせて
選んでは捨て、選んでは捨て、
というふうにやっていったんです。 |
永田 |
はい。 |
刈屋 |
ところが、トリノの女子フィギュアに関しては、
メダルのことはあんまり考えずに、
それぞれの選手にとって
このオリンピックがどういうものかということを
観ている人にしっかりと伝えられればいい、
あとは演技をじっくり観せよう、と思ったんです。 |
永田 |
なるほど。 |
刈屋 |
予想できる部分というのは、
荒川、スルツカヤ、コーエン、村主の
4人のうちの3人がメダルをとる。
4人のうちのひとりがメダルをとれなくても
あとの3人がメダルをとる。
結果は、それだけといえばそれだけで、
大きな価値というのは変わらない。
あとは、それぞれの選手にとって
それがどういう意味を持つかということで。
仮にスルツカヤが金メダルを取ったら
ロシアがオリンピックではじめて
フィギュアスケートの
全種目を制覇するということと、
ロシアが旧ソ連時代から取れなかった
女子フィギュアの金メダルという唯一のタイトルを
ついにスルツカヤが10年がかりでとるということ。
そういうようなことは、ある程度、
頭に入れておくにしても、
メダルが決まったら、もうそのとおりに
ふつうに伝えていけばいいのかなと。 |
永田 |
うん、うん。 |
刈屋 |
ただ、荒川さんが金をとるとしたら、
これはもう「選ばれた」としか
表現できないなということだけを
頭に描いていたんですね。 |
永田 |
なるほど。 |
刈屋 |
だから、金メダルをとって
「オリンピックの女神は
荒川静香にキスをしました」と言ったときに、
なぜ「キスをしたのか」って
みんなに言われましたけど‥‥。 |
永田 |
うちに来ていたメールのなかには
『トゥーランドット』のお話から
引用したんじゃないかとありましたけど。 |
刈屋 |
ああ、それと「キス・アンド・クライ」から
取ったんじゃないかとか、
いろいろみんなは言ってくれたんですけど、
ぼくはもう単純に、気まぐれな女神が
「今回はあなたよ、チュッ」ってした、
というイメージが浮かんだものですから。 |
永田 |
あああ、もう選手個人の力では
どうしようもない部分の象徴として。 |
刈屋 |
そうなんです。そういうことなんです。
これはもう実力とか、あるいは運とか、
そういうものではなくて、ほんとうに、
オリンピックの女神が、ふっと選んだと。 |
永田 |
それが「キス」ということですね。
いや、納得、です(笑)。 |
刈屋 |
ということなんですよ。
それをこう「指名した」とか、
そういう言葉じゃなくて
「今回、あなたよ、チュッ」って、
そういうイメージだったんです。 |
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永田 |
それは、金メダルを取れなかった
ほかの3人への敬意でもある。 |
刈屋 |
そうですね。 |
永田 |
それで、「キス」だったんだ。 |
刈屋 |
今回はたまたま荒川さんがとりましたよ、
でもあとの3人もすばらしかったと、
そういう意味を込めたかったんです。 |
永田 |
あああ、なんというか、
いい取材をさせてもらいました(笑)。
やっぱりあの、ぼくらは
ずっとテレビで観ているものですから、
こういうことを言われると
戸惑われるかもしれませんけども、
やっぱり刈屋さんの声も
ある意味でスポーツの一部なんですね。
観るほうからすると。
だから、刈屋さんがそこで言ったことも
現場で起こった奇跡に
ちょっと含まれちゃうんです。 |
刈屋 |
ああ、ああ、はい。 |
永田 |
だから、
その立ち会った偶然に感謝するというのも
その選手の最高のパフォーマンスを観られたという
喜びもあるんですけれども、
そこへ添えられている言葉とかも
とけちゃうんですね、その奇跡の場所に。 |
刈屋 |
ああ、はい。 |
永田 |
だから、その、
刈屋さんはなぜ「キスをした」と言ったんだろう、
というときに感じるロマンというのは、
たとえばあのアスリートは
あのとき何を考えていたんだろうとか、
コーチとしゃべったひと言はなんだったんだろう、
というような感じと
まったくおんなじなんですよね。
こうやって聞くと、
あの場面をより理解できたような気がして
とってもうれしいんです。 |
刈屋 |
ありがとうございます。 |