ほぼ日刊イトイ新聞 すてきなふだん字。 葛西薫さんと「字」のことを話しました。

002)ひめたるエロティシズム。
糸井 この展覧会でいちばん感心したのは
「ありもしない形」を描いてる
葛西さんですよ。
葛西 そうそうそう。そうなんです。
糸井 あれが一番ぼくは!
葛西 何の必要性があってって(笑)。
糸井 「いままで、この人を
 見てなくてごめんなさい」
と思ったのは、あそこですね。
あれって、葛西さんにとっての
一種のエロ写真ですよね。

葛西 はあ‥‥。
糸井 ものすごいエロティックだったんですよ。
つまり、“オレだけの快感”でしょう。
葛西 そう言われてみれば確かにそうですね。
一回ね、
「どういう形が美しいと思いますか」
と、言われたときに考えたんです。
機械がね、グリースで固められて
よくぬらぬらになって回ってますよね。
歯車と歯車が。
船の船底からつながってるところに、
水が入らないために
グリースでびっちり埋められていて、
中で歯車がぐわーって動いてるのが
半透明で見えているときに、
かっこいいなと思ったりするんですよ。
糸井 それって古事記の中の
国生み(くにうみ)の儀式じゃないですか。
葛西 そういうことなんですか。
糸井 海の中に棒つっこんだら、
日本ができましたって。
あれは、つまり、セックスですよね。
葛西 ああ、そうなんですかね。
そんなこと考えたことないんだけど。
糸井 だから、圧倒されたんですよ。
見てはいけないものを見たような気がして。
人形作家たちのやってることなんかにも
ちょっと近くて、
人に見られたら困る、
というのを、人が見たがるんです。
葛西 そうですね。
人の皮膚ってつるっとしてるけど、
中みたらぐちゃぐちゃですよね。
関節がこう動いてて筋で引っぱってて。
カニの足なんかもそうですよね。
そういうのやっぱり興味津々で。
糸井 エッチですよね。

葛西 カニの足をちょっと引っぱると
この辺までクッといっしょに動きますよね。
クレーンなんかにも似てると思いますけど。
それをエッチだとか、
セクシーと言うかどうかは
わからないままに、
ひとりで遊んでるのかもしれないですね。
糸井 人のいるところで、
やりにくい仕事ですよね。
想像するに。
葛西 ランプをひとつつけて、夜、
酒飲みながら描いていますよ。
必ず、家に帰って、
しかも家族が寝たあとにやってます。
糸井 ですよね。
だから、ほとんどエロティシズム。
葛西 まったくそうですね。
個室でやってる感じですよね。
そこまで見抜かれてましたか。
糸井 あれが葛西さんのエキスだと思って。
この人が、あの仕事したり、
この仕事したりしてるんだ、
というふうに思ったんですよ。
たとえば、小林薫さんや岩松了さん、
樋口さんの首がちょんってデザインされている
お芝居のパンフレットがありましたね。
フィギュアにして、なおかつ
誰々ですよという意味を持つ。
ああいう感じじゃないですか。
あれ、「樋口可南子」っていう漢字ですよ。
ああいう形をしてて、
目の位置がちょっと変わったら
違う文字になるわけですよね。
甲骨文字が作られたときとか、
漢文学者の白川静先生が
やってるようなことが、
葛西さんの中では、
ああいうふうに行われてると思った。

葛西 なるほど〜。
確かにそうなんですよ。
いままでそんなふうに
説明をしたことがなかったけれど。
糸井 言えちゃうんだったら、
手を動かさなかったと思うんですよ。
葛西 例えば、鉛筆いっぽんでも、
どこをどう持ったら軽くなるだろうとか、
そういうことに、ものすごく興味があるんです。
糸井 そういうことを自分の中に
発見するわけですよね。
自分が何をこころよいとして
何を不快としてるかというのは、
自分では知らないわけで。
だから、葛西さんが絵を描いてるうちに
ああ、いいなぁと思ったらGOだし。
葛西 そうですね。
快感ですよね。
小さいころから
三角定規、多少大きいものだったら、
倒れないで持つことができるんですよ。
ホウキぐらいの長さだったら
1時間くらい落とさないで、
持って歩けるんです。
自分で得意技がなにかと言ったら、
重心を捉えること、かもしれないですね。
糸井 はっはっは。
葛西 竹馬なんかもね、
直径20センチくらいのところから
絶対はみ出さないで立ってられますよ。
あれはね、ちょっと自分でも得意だなと思います。
手品師みたいに。
糸井 ずっと引力と遊んでるわけですね。
葛西 ははは。
そんなことして何の意味もないんだけど。

糸井 安上がりの、孤独な、エロティックな‥‥。
葛西 遊び、ですね。
糸井 たぶん、それをルネサンスのときに
やってたのが
レオナルド・ダヴィンチですよね。

葛西 ははは!
糸井 絵でも、重心の話でも、
解剖でも、区別ないですもんね。

2007-12-17-MON

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