ほぼ日刊イトイ新聞 すてきなふだん字。 葛西薫さんと「字」のことを話しました。

009)文字にも「居心地」があるんです。
葛西 タイポグラフィーで
何が大事かという話をするときに、
文字詰めだと言うんです。
言い替えれば文字そのものより、
文字と文字の間がとても大事だと。
例えば、MITSUという字が
ローマ字であるとしたら
Iの左右の空間を
詰めてしまうとこうなりますね。
これは嫌いだなって思うんです。
なぜならば、
これが大きな部屋だと思って
上からそれを見るとして、
文字の線がすべて塀だと思ったら
Iの周りにいる居心地って、悪くて、
逃げたくなっちゃいますよね。
どこにいても、同じ気持ちになるということを
イメージしながら文字を置くんですよ、と。
あるいは、どろどろっとした液体を
組んだ文字の上から、その隙間を通して、
下に向かって流すときに、
同じスピードで液体が落ちていくための
文字の隙間って、なんだろう? とか、
そういう話をしたりするんですよね。
さっき話した、見た目のグレーの
濃い薄いがあると、
だめだというのと同じ話ですね。

糸井 濃い、薄いですね。
葛西 どこをトリミング(拡大)しても
気持ちが変わらないというのが、まずあって。
それじゃ退屈だから、あまりにも完璧だから
そこに対してちょっとした
あやがつくことで
楽しくなるんじゃないかなぁとか。
ぼくなりに、ですね。
糸井 それは、手書きで
組み合わせを考えていかないと
こういうことはできないですね。
葛西 そうです。そうです。
それは日本語でも同じで、
ひらがなを縦に書くときでも
次の文字によって
前の文字の形が変わったりしますね。
そういうことを含めて、
見ていてなるほどなという場所に入ってる文字が
みんなも気持ちいいんじゃないですかね。
糸井 タイピングで半角文字を使いたがる人というのが、
‥‥たぶん彼らの美意識があるんだろうけど、
ものすごくぼくらにはイライラするんですよ。
葛西 ええ。
糸井 よく使うじゃないですか。
葛西 ぼくもいやですね。あれ。
カタカナが詰まってる感じが。
糸井 そう。
あれはたぶんあの人たちには
あの世界観みたいなものがあるんでしょうね。
葛西 はいはい。
なんなんですかね。
糸井 見える世界をゆがませるということがね。
葛西さんのは、だから、どう歪まないように
個別の文字をえこひいきするんですよね。
えこひいきですもんね。これ。
葛西 そうです。
あと、何も感じなくなるまで書けるか。
要するに。
糸井 書き文字だった場合には
それは自然にやってるってことなんだ。
葛西 そうでしょうね。
本来だったら。
糸井 書き文字で名刺作るなんてテーマを与えられたら
どうでしょうね。
葛西さんの書き文字の名刺って
ちょっと見てみたいね。
葛西 いいですね。
文字ってまわりのスペースで変わりますよね。
例えば「か」っていう字があったとしても
これがこの名刺大のスペースにある場合と
大きなスケッチブックに収まってる場合と
全然違いますよね。
あと真ん中じゃなくてちょっと左下にあるとか
そういうことがものすごく大事で、
そこに無頓着になってると
字が汚かったりというのがあると思いますね。
糸井 書かれてるスペースと
立っている文字というのの関係を、
もう無意識でわかってないと
書けないですね、それは。
葛西 ええ、もう無意識ですよね。
話をおもしろくするためじゃなくて、
よく言うんですけど、
4畳半の部屋があってね、
そこに「あ」という字がドンとあると
すごく王様みたいですよね。
真ん中にいると。
でも、ここに「い」という字が加わったら
「あ」の人は、当然逃げようとしますよね。
狭くていやだから。
当然「あ」と「い」の2文字がある前提で
レイアウトすると思うんですよ。
それをそうしないで、
「あ」が元の位置のままで「い」が加わると、
居心地が悪くてしょうがない。
当然何かが加わったら空気が変わるから、
すーっと変わりますよね。

あと主張の強い字と、主張の弱い字があったら。
主張の強い人は、強い位置にいるし
弱い人は、隅っこいるというのは、
字もでも同じなんです。
距離感は文字によって、
微妙にあるわけですよね。
そういうこともすごく関係してる。

そうだ、便箋の中に
どういうふうに書くかというのも、
タイポグラフィーのレイアウトですね。
昔、印刷所に入ったときに言われたんですよ。
あいさつ状は
タイポグラフィーのかたまりを
左下にレイアウトしなさいと。
なぜなら「へりくだる」って言うだろうって。


(クリックすると拡大します。)
糸井 ほう?
葛西 ようこそ、おいでなさいました、
というのは、便箋の縁(へり)に下って
レイアウトするのがいいんですよ。
「ようこそ」というのは、
左下に置くのが正しくて、
ど真ん中に、ようこそと書くのは
威張ってる印象があるんです。
糸井 ほう‥‥!
いま聞いてて、葛西さんと
似たようなことを言っている
誰かのことを思い出しながら、
誰だっけなって思ったの。
井上嗣也だ!
葛西 井上嗣也さん。
糸井 井上嗣也も職人あがりじゃないですか。
同じように技術から入ってきた人。
そういう発想がものすごく似てるんです。
彼も100枚描いて
いいの見つけるみたいなことやるじゃない。
葛西 やりますよね。
糸井 手に仕事させるんだ。
葛西 井上さんと話してると、おもしろいですよ。
糸井 ものすごく合ってるんですよ。
葛西 人がきいたらなんの役にも立たない
話ばっかりだけど、
二人しかできない話するんです。よく。
言われれば、似てますね。
糸井 似てますね。
そっくりなとこあるね。
井上嗣也のことで、
この2年くらいで大ヒットなのが
Tシャツのデザインをしてるときに
嗣也がかなわないものがあるという話をして。
それが何かと言うと、古着屋に売ってた
チリのTシャツだった言うわけ。
チリっていうのはさ、
こんなに細長い国なんだよ
その国土の形がそのままデザインされて
CHILEって書いてあるの。
オレは、もうそれ見たら
何やってもかなわないと思うんだよ、と。
葛西 ははは。
おもしろいですね。
糸井 その気持ちは、
オレにも、どしーんってきて
コピー書くのも、文章書くのも、
そういう気持ちあるんですよ。
CHILE、かなわないでしょ。
葛西 かなわないです。
糸井 文字で言うと、
井上有一さんという人と、ぼくは会ってて
井上さんが例に出すのは
「野口シカの手紙」なんです。
葛西さん知らないですか。

葛西 知らないです。
糸井 それは、もうすぐにでも、手に入れてください。
野口英世のお母さんの「シカ」さんが、
野口英世に宛てた手紙っていうのが
野口英世記念館に飾ってあるんですよ。
それは、文字をよく知らない人の手紙なんですよ。
さっきの、ゆっくり読まざるをえない
速度で書かれてるんです。
それで、最終的にどこにいくんだか
わからないで書いてるんです。
その文字がね、一種の書道のある種の
ジャンルの人たちの
CHILEのTシャツみたいな扱いなんです。
これ、ぼくも、これはいいと思った。
作為が消えちゃってて、
それみたいなものに対する憧れがね。
葛西 ええ。

2007-12-26-WED

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