ほぼ日刊イトイ新聞 すてきなふだん字。 葛西薫さんと「字」のことを話しました。

008)ぼくは自分の字が嫌い。
糸井 ぼく、自分の字が嫌いなんですよ。
「糸井さんの字、好きですよ」
って言う人もいるんですけど、
自分では嫌いなんですよ。
それはいま言った
葛西さんが説明してくれたようなことを
ぼくは自分じゃできてない、というのを
よく知ってるからなんです。
やっぱり、たどたどしいというか。
個性派の俳優の
しゃべり方ってあるじゃないですか。
「‥‥‥‥(間をたっぷりあけて小声で)、です」
みたいな。
そういう役者さんはたぶん
自分のしゃべり方が
好きじゃないと思うんですよね。
葛西 はいはいはい。
糸井 でも、人は、
その人を使いたいというのは、
あるじゃないですか。
だから、字も、
流暢なのがいいとは言わないけど、
きれいでありたいんですよね。
やっぱり。
そういう意味で、
ぼくは自分の字が好きじゃないんですよ。
全部飛び越して、さっき出てた
仲畑くんの字って、好きなんです。
これは、もうね、
「言うしかない」から言ってる、
って感じ。

葛西 はは。
それはそうですね。
仲畑式運動というか、
仲畑式文字かもしれないですね。
きれいか、きれいじゃないかの
区別はできないと思うんですけどね
糸井 きれいか、きれいじゃないかは‥‥
葛西 見る人の自由だから。
糸井 もう一つ好きって
思われるか、思われないか、
というのがあって
たぶん、そこのところで、
みんなが好きって思われたいと思って
少女たちは、昔は丸文字を書いてみたり、
カクカクさせてみたりしてるんだと思うんです。
「ほぼ日」では手帳を扱ってるから、
書くということに、みんな、
興味を持ち始めてるんだけれど、
何をいいと思ってるのかなぁ。
あの「モルツ」の字っていうのは、
こういうこと意識しているんでしょうかね。
葛西 あれは、ですね、
酒井睦雄さんという、
CMディレクターでもあった大先輩がいて、
その人が、手紙をくれたり、
メモをくれたりするときに、
筆ペンが多かったんです。
それがすごくいいんですよ。
言葉も含めて。
それで、酒井さんに頼もうと思って、
酒井さんに書いてもらうための見本を、
ぼくじゃなくて
酒井さんの気持ちになって書いたんですね。


(クリックすると拡大します。)
糸井 ほうほう。
葛西 まったく酒井さん風を書いたんですよ。
ぼくなりに。
それを酒井さんのところに持っていって
お願いしに行ったら、
「わかった」っていうことになって
今度は酒井さんが自分の字で
書いてくださることになった。
でも目の前で書くのはどうも気持ち悪いから
どこかお茶でも飲んできてくれと言われて、
2時間くらいしてから戻ってきて、
できましたかって訊いたら、
自分の書いた字と、
ぼくの書いた見本を見比べて
「どう考えても君の字の方がいいから
 これは君の字でいきなさい」って
言われたんですよ。
ぼくは酒井さんを尊敬してたので
しかも文字について
ものすごく詳しい人なんですよね。
それで、もうわかりましたと言って、
ぼくの書いた酒井風の文字を使ったんです。
糸井 だんだん柔らかくなっていったような気がします。
最初はコン、コン、コンと音がするようでしたよね。
葛西 柔らかくなりました。
最初ガツガツしてた。
だんだん自分流というか‥‥
糸井 じゃあ最初は
形態模写をしてたんですね。
葛西 そうです。
他人の文字を書こうと思ったんです。
糸井 そのことで、
葛西さんの何かが変わったんですね。
葛西 そうかもしれないですね。
そのとき、意識したのは、
次の言葉を意識しないで
子どものように、一所懸命
一字一字を書こうということでした。
「家づくり」という言葉だったら
「家」ということに真剣になって
「づ」だけに真剣になって
「く」だけに真剣になって
「り」だけに真剣になろうと。
そう書くことで
なにかあるかもしれないと思って、
そういうことを意識したんです。
糸井 いつもは逆に意識してたわけですものね。
次の字を続けることを考えていたわけだから。
葛西 そのとき、なぜそう思ったか、
わかりませんけど。
コピーライターの一倉宏さんの言葉が
すごいい言葉だったのを覚えています。
「言葉を噛みしめすぎると
 字が流れちゃうんでイヤだから
 一字一字をきちんと書こう」という。
ヘタでもいいからって。
糸井 ゆっくり話をしよう、みたいなことですね。
つまり、それは読ませるときに、
黙読させるときでも、
速度をゆっくりして欲しいという願いですね。
葛西 そうかもしれないですね。
そう思えばそうかもしれないです。
噛みしめたいから。
糸井 そうです。そうです。
いや、無意識にやってると思いますね。
ぼくも自分で手書きで文章書くときには、
そういうことをしてた時期があったなぁ。
この間亡くなった
阿久悠さんの作詞の原稿を見たことがあるんだけど
タイトルを袋文字にして書いたりしてましたね。
葛西 ええー。
そうなんですか!
糸井 たぶん提出するときに
さびしかったんじゃないかな。
ただ出すのが。
タイトルはゆっくりできたんだなと思いながら、
袋文字を書いてるときに、
ああ、できたできたっていう
気持ちになるんじゃないですかね。
ぼくも、ずいぶん、
袋文字、偶然、してたんです。
だから気持ちがわかるんです。
葛西 袋文字って、楽しいですよね。
糸井 ちょっとちいさな想像力がいりますもんね。
葛西 糸井さんの「井」なんて字は
限界まで行くとね。
これが糸井さんの「井」
という字の限界ですね。

糸井 はっはっは。
葛西 「糸」っていう字も、こうなりますね。

糸井 なるほどね。
葛西 こうやってぎりぎり読めるまでやると
また、楽しいんですよね。
糸井 雲みたいなね。
トポロジーですよね。
葛西 あ、トポロジーだ。
こう、ちょんちょんちょんちょん
とあれば「重」になったりで、
おもしろいですよね。

糸井 普段から見てばかりいるんだね。
葛西 そうなんですね。
楽しい。
というか、いま聞いた瞬間に
糸井の「井」という字
書きたくなるんですよね。
で、「糸」は難しいなと思うんですよ。まず。
「井」はただの#(イゲタ)だから
まんなかに穴が一つあいてれば
「井」に見えるはずだなとか。
糸井 ほんと、その通りだ。
葛西 まず「井」という形の芯を作りますね。
そこに水で練った小麦粉で固めて、
太った井の字を作る。
たっぷりしたいい形にするには、
その水分の量がだいじだな。
などとあれこれ想像をめぐらしたり。
形を考えるときに、
そういうイメージがなんだか
すぐに出てくるんですよね。
糸井 結局、原型の井戸に
近くなりましたね。
湧いて出てる感じがね。
葛西 そうそうそう。
糸井 スタートラインの大昔昔の
象形文字とか、甲骨文字とか
ああいうところの
絵であり、記号であるという
あの辺りのところに、
いつでも戻ろう、戻ろうと
してるのかもしれませんね。
葛西 そうかもしれないですね。

2007-12-25-TUE

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