糸井 | ぼく、自分の字が嫌いなんですよ。 「糸井さんの字、好きですよ」 って言う人もいるんですけど、 自分では嫌いなんですよ。 それはいま言った 葛西さんが説明してくれたようなことを ぼくは自分じゃできてない、というのを よく知ってるからなんです。 やっぱり、たどたどしいというか。 個性派の俳優の しゃべり方ってあるじゃないですか。 「‥‥‥‥(間をたっぷりあけて小声で)、です」 みたいな。 そういう役者さんはたぶん 自分のしゃべり方が 好きじゃないと思うんですよね。 |
葛西 | はいはいはい。 |
糸井 | でも、人は、 その人を使いたいというのは、 あるじゃないですか。 だから、字も、 流暢なのがいいとは言わないけど、 きれいでありたいんですよね。 やっぱり。 そういう意味で、 ぼくは自分の字が好きじゃないんですよ。 全部飛び越して、さっき出てた 仲畑くんの字って、好きなんです。 これは、もうね、 「言うしかない」から言ってる、 って感じ。
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葛西 | はは。 それはそうですね。 仲畑式運動というか、 仲畑式文字かもしれないですね。 きれいか、きれいじゃないかの 区別はできないと思うんですけどね |
糸井 | きれいか、きれいじゃないかは‥‥ |
葛西 | 見る人の自由だから。 |
糸井 | もう一つ好きって 思われるか、思われないか、 というのがあって たぶん、そこのところで、 みんなが好きって思われたいと思って 少女たちは、昔は丸文字を書いてみたり、 カクカクさせてみたりしてるんだと思うんです。 「ほぼ日」では手帳を扱ってるから、 書くということに、みんな、 興味を持ち始めてるんだけれど、 何をいいと思ってるのかなぁ。 あの「モルツ」の字っていうのは、 こういうこと意識しているんでしょうかね。 |
葛西 | あれは、ですね、 酒井睦雄さんという、 CMディレクターでもあった大先輩がいて、 その人が、手紙をくれたり、 メモをくれたりするときに、 筆ペンが多かったんです。 それがすごくいいんですよ。 言葉も含めて。 それで、酒井さんに頼もうと思って、 酒井さんに書いてもらうための見本を、 ぼくじゃなくて 酒井さんの気持ちになって書いたんですね。
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糸井 | ほうほう。 |
葛西 | まったく酒井さん風を書いたんですよ。 ぼくなりに。 それを酒井さんのところに持っていって お願いしに行ったら、 「わかった」っていうことになって 今度は酒井さんが自分の字で 書いてくださることになった。 でも目の前で書くのはどうも気持ち悪いから どこかお茶でも飲んできてくれと言われて、 2時間くらいしてから戻ってきて、 できましたかって訊いたら、 自分の書いた字と、 ぼくの書いた見本を見比べて 「どう考えても君の字の方がいいから これは君の字でいきなさい」って 言われたんですよ。 ぼくは酒井さんを尊敬してたので しかも文字について ものすごく詳しい人なんですよね。 それで、もうわかりましたと言って、 ぼくの書いた酒井風の文字を使ったんです。 |
糸井 | だんだん柔らかくなっていったような気がします。 最初はコン、コン、コンと音がするようでしたよね。 |
葛西 | 柔らかくなりました。 最初ガツガツしてた。 だんだん自分流というか‥‥ |
糸井 | じゃあ最初は 形態模写をしてたんですね。 |
葛西 | そうです。 他人の文字を書こうと思ったんです。 |
糸井 | そのことで、 葛西さんの何かが変わったんですね。 |
葛西 | そうかもしれないですね。 そのとき、意識したのは、 次の言葉を意識しないで 子どものように、一所懸命 一字一字を書こうということでした。 「家づくり」という言葉だったら 「家」ということに真剣になって 「づ」だけに真剣になって 「く」だけに真剣になって 「り」だけに真剣になろうと。 そう書くことで なにかあるかもしれないと思って、 そういうことを意識したんです。 |
糸井 | いつもは逆に意識してたわけですものね。 次の字を続けることを考えていたわけだから。 |
葛西 | そのとき、なぜそう思ったか、 わかりませんけど。 コピーライターの一倉宏さんの言葉が すごいい言葉だったのを覚えています。 「言葉を噛みしめすぎると 字が流れちゃうんでイヤだから 一字一字をきちんと書こう」という。 ヘタでもいいからって。 |
糸井 | ゆっくり話をしよう、みたいなことですね。 つまり、それは読ませるときに、 黙読させるときでも、 速度をゆっくりして欲しいという願いですね。 |
葛西 | そうかもしれないですね。 そう思えばそうかもしれないです。 噛みしめたいから。 |
糸井 | そうです。そうです。 いや、無意識にやってると思いますね。 ぼくも自分で手書きで文章書くときには、 そういうことをしてた時期があったなぁ。 この間亡くなった 阿久悠さんの作詞の原稿を見たことがあるんだけど タイトルを袋文字にして書いたりしてましたね。 |
葛西 | ええー。 そうなんですか! |
糸井 | たぶん提出するときに さびしかったんじゃないかな。 ただ出すのが。 タイトルはゆっくりできたんだなと思いながら、 袋文字を書いてるときに、 ああ、できたできたっていう 気持ちになるんじゃないですかね。 ぼくも、ずいぶん、 袋文字、偶然、してたんです。 だから気持ちがわかるんです。 |
葛西 | 袋文字って、楽しいですよね。 |
糸井 | ちょっとちいさな想像力がいりますもんね。 |
葛西 | 糸井さんの「井」なんて字は 限界まで行くとね。 これが糸井さんの「井」 という字の限界ですね。
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糸井 | はっはっは。 |
葛西 | 「糸」っていう字も、こうなりますね。
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糸井 | なるほどね。 |
葛西 | こうやってぎりぎり読めるまでやると また、楽しいんですよね。 |
糸井 | 雲みたいなね。 トポロジーですよね。 |
葛西 | あ、トポロジーだ。 こう、ちょんちょんちょんちょん とあれば「重」になったりで、 おもしろいですよね。
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糸井 | 普段から見てばかりいるんだね。 |
葛西 | そうなんですね。 楽しい。 というか、いま聞いた瞬間に 糸井の「井」という字 書きたくなるんですよね。 で、「糸」は難しいなと思うんですよ。まず。 「井」はただの#(イゲタ)だから まんなかに穴が一つあいてれば 「井」に見えるはずだなとか。 |
糸井 | ほんと、その通りだ。 |
葛西 | まず「井」という形の芯を作りますね。 そこに水で練った小麦粉で固めて、 太った井の字を作る。 たっぷりしたいい形にするには、 その水分の量がだいじだな。 などとあれこれ想像をめぐらしたり。 形を考えるときに、 そういうイメージがなんだか すぐに出てくるんですよね。 |
糸井 | 結局、原型の井戸に 近くなりましたね。 湧いて出てる感じがね。 |
葛西 | そうそうそう。 |
糸井 | スタートラインの大昔昔の 象形文字とか、甲骨文字とか ああいうところの 絵であり、記号であるという あの辺りのところに、 いつでも戻ろう、戻ろうと してるのかもしれませんね。 |
葛西 | そうかもしれないですね。 |
2007-12-25-TUE