ほぼ日刊イトイ新聞 すてきなふだん字。 葛西薫さんと「字」のことを話しました。

007)体に対して無理をしていない字。
糸井 いま、みんなが書いた文字というものに
興味を持ち始めているんです。
つまり、みんなタイピングしちゃってるから、
そんななかで書き文字について
「いいね」「悪いね」っていうことを
言い出している。
葛西 はいはいはい。
糸井 そのときに葛西さんのことを
みんなが思い出すらしいんですよ。
葛西さんっていう人間で
思い出すんじゃなくて
サントリーの‥‥。
葛西 「食べよ、妹」?

糸井 あれで、思い出すんです。
ぼくもこの話が進んでるの聞いたときに
モルツの葛西さんの字を思いだしたんで、
あ、両方葛西さんだよ、
たぶん、話してくれると思うよって、
今日、伺ったんです。
たぶん、喜ぶと思うよって。
葛西 もちろん、文字について
話すほど楽しいものないですよ。
だからうれしかったんです、
この話がきたときに
こういう狭い話ほど
楽しいものはないですよね。
広い話はしたくないけども、
文字についてだったら、
もう、尽きないんじゃないかな。
活字であろうが、
手書きであろうが。
糸井 いいって感じるのと、悪いって感じるのが
ちゃんと合ってるんですよね。
見事に葛西さんは、自分で好きな文字を
出してると思うんだけど、
それが、通じるということが、
どうしてわかるんですか?
葛西 なんでだろ。
糸井 つまり、自分が表現していいなと思うものが
人もいいと思うとか限らない。
ましてや文字については微妙な違いです。
だからぼくは好きなんだけどね、
というところで、
どこかで、GOしちゃうんですが、
それがちゃんとみんなに通じてる。
「オレは好きなんだ」
という自信がなかったら
たぶん葛西さん、
出さないと思うんですよ。
じゃあ、それを、
どこで、ジャッジしてるんだろう?

葛西 子どものころ、
父親に礼状とかが来ますよね。
昔の人だから、葉書で、草書で。
達筆だか、達筆じゃないか
よくわからないんだけど、
このたびは貴重な品をいただき、
誠にありがとうございました、
とてもおいしくいただきました、
‥‥なんて、古風な文体で書いてるんですね。
その文体と、崩し字のかっこよさとか、
楷書体と、草書の続け字では、
書き順が違う感じとか ── 、
それを覚えたいと思ったんですよ。
糸井 うん、うん。
葛西 それで、考えると、
続け字の理由は運動だ、
と思ったんです。
一番体が楽なように、筆を運ぶ、
手の運動。
糸井 手の運動。
葛西 リーダービリティ(読みやすさ)というのは
目が楽だということだけど、
字は、いかに直線に近づいていくか、
ということに向かっていきながら、
ここまで曲がっていれば
字として読めるだろう、
ということだと思うんです。
それは体の運動と同じで、
効率よいバッティングで遠くに飛ばすとか、
重心を捉えるだとか、ということと似ていて、
腕とか体の運動と字とのリズム、
筆記のリズムが、ぴたっと合ってる字が、
見てて気持ちいいんじゃないかな。
‥‥というふうに、
理屈で言うとそんな感覚がありますね。
糸井 草書って、つまり、
1万回、同じ字を書いてれば、
こういうふうに崩すものなんだよという
様式ができた、ということですよね。
葛西 たぶん、そうですよね。
ただ、もちろんルールを作って
草書になったときには
こういうふうに書くんだ、ということは、
どこかで、だれかが
決めたことかもしれないけど、
そのルーツをたずねると、
急ぎ足で書いた場合には
人間はこうなるはずだという
運動からくる理由が、
あるんじゃないかな、と。
糸井 手の軌跡なんですね。
葛西 そういうのが、かなってる字を見ると
すごくきれいだなと思うんです。
それから、濃度が一定している字。
人って字画によって
線と線の空きがみんな同じになるんですね。
たとえば「瑞々しい」と書くとき
活字的に、ぜんぶの字を同じ大きさにすると
「瑞」のなかの線は詰まってしまい
ほかの字の線は広がります。
でも無理して遠回りして
「瑞」を大きくゆったり書いて
「しい」を流れるように書くと、
全体の濃度が同じになるんですよ。

瑞々しい
糸井 はあ!
葛西 そういうふうに組み立てる字って、
きれいなんですよね。見てて。
濃度が一定してるというものが。
糸井 つまり、意味の濃さだし、
運動の濃さですよね。
人の字もそういうふうに自然に見ていて、
自分も自然に書きたいと思ってるんですか。
葛西 ええ。
だから続け字って好きなんですよ。
次の字を意識して
前の字が変わっちゃいますよね。
「し」のあとに「つ」がくる場合と、
「し」のあとに「い」がくる場合で、
変わるっていうのは、
書道やってる人だと当たり前かもしれないけど
書道やってなくても、
なんかわかるんですよね。

なんらかの字を書いたときに
イメージとしては
曲がり角にピンがさしてあって、
そのピンを一個でも外すと
ばらばらっと崩れてしまうような緊張感が
いい字なんですって。
いい話だなぁと思って。
糸井 いいねぇ。
葛西 それ、抑揚ですよね。
力点の移動みたいなのが見えてるのが、
たぶん、きれいな字じゃないかな。
クセはみんな違いますけどね。
その人のよいクセというか、
その人が体に対して無理してない字を見ると、
見てる人が気持ちいいんじゃないかな。
糸井 その話を聞いたら、
自分の字が書けなくなっちゃう。
葛西 ははは。



2007-12-24-MON

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