- ──
- 聞きたいことが山ほどあるんですが‥‥
まず洞窟のなかって、どんな匂いなんですか?
昔、ヘルツォーク監督のドキュメンタリーで
洞窟の入口を見つけるために、
鼻の効く調香師が駆り出される場面があって、
それ以来、洞窟ってどんな匂いがするのかと。
- 吉田
- そんな特殊な匂いがするわけじゃないけどね。
世界中どこの洞窟へ行っても
放線菌という菌がいて、そのカビくさい匂い。
コウモリの糞の匂いも、けっこうするかな。
- ──
- おお、洞窟といえばの、コウモリ!
いますか、やっぱり。
- 吉田
- いるいる。そこらじゅうにブラ下がってる。
- ──
- あの人たちって、
どうして、洞窟みたいな暗いところに‥‥。
- 吉田
- 実際は、洞窟じゃないところに住んでいる
コウモリのほうが多いんだけど、
ま、1年中、周囲の環境が安定しているし、
住みやすいんじゃないんですかね。
洞窟の内部はまったく光のない世界だけど、
超音波を頼りに、
ものすごーく狭い隙間も、
縦にヒューンって、すり抜けていきますよ。
- ──
- SF映画の戦闘機みたい。
- 吉田
- もう、「すげぇーーー!」って感じです。
うお、向かってくるとかビビって
パッと動いちゃうと、逆にぶつかるから。
こっちがジッとしてれば、
彼らはスルーっと避けてくれるんです。
- ──
- すごい運動性能。
- 吉田
- 飛んで、ぶら下がって、這いずり回って‥‥
本当に、暗がりで万能の生き物ですよ。
どんなにがんばっても、
洞窟じゃ、絶対コウモリに勝てないな。
- ──
- 他には、どんな生き物がいますか?
- 吉田
- 巨大なオタマジャクシ、とかね。
目が退化してて、骨もスケスケ。
- ──
- それ‥‥カエルになるんですか?
- 吉田
- いやあ、カエルは見たことない。
カエルにはならずに
種を継続してたりするんじゃないかなあ?
いや、詳しくはわかんないけど。
- ──
- まさに「異界」ですね‥‥。
- 吉田
- そんなのがウヨウヨ泳いでるシーンとかさ、
「げっ! 気持ち悪っ!」ってなるよ。
中国の洞窟の奥のほうで、見たんだけど。
- ──
- 奥。
- 吉田
- うん、300メートル、東京タワーくらいの
縦穴をロープで下りてって、
そこから、1週間くらい行ったところ。
- ──
- え、洞窟って、1週間もいるんですか?
- 吉田
- そんなの短いほうだよ。
- ──
- つまり、テントとかを持ち込んだり‥‥。
- 吉田
- しない。荷物になるでしょ。
- ──
- じゃあ、寝るときは、そのへんで?
- 吉田
- だって「屋根」あるじゃん。
- ──
- 気味悪くないんですか‥‥。
- 吉田
- 別に。寝袋にシュラフカバーかけて寝てる。
- ──
- 洞窟って、昼夜は関係ないと思いますけど、
眠くなったら寝る、という感じ?
- 吉田
- そう、体力的に動けなくなったら寝るか、
寝るのに良さそうな場所があったら、寝る。
極端な場合だと、
崖に身体を縛りつけて寝たりしてますよ。
- ──
- 崖?
- 吉田
- 無理やりロープを左右に振って、
岩壁にへばりついて、アンカー打ち込んで、
ロープで身体を縛って、寝る。
- ──
- 「寝る」スキルが、半端ないです。
- 吉田
- まあ、寝るってことについては
それほど難しいようなことは、ないです。
疲れたら自然に寝られるというか、
どこでも寝られるタイプだしね、俺。
- ──
- 崖にへばりついて寝られるなら
たいがいの場所で寝られるでしょうね‥‥。
では、洞窟内の「困難」って、他には?
- 吉田
- それを挙げてったらキリがないけど、
やっぱり、途中で撤退するようなときは、
食糧が切れたか、
必要な装備が切れたか、魂が切れたか。
- ──
- 逆に言えば、
食べ物と、装備と、魂があれば進む?
- 吉田
- うん。食糧とか装備はともかく、
魂が切れるのは、よっぽどのことだね。
- ──
- 魂が切れないように支えているのは
「精神力」だと思いますが、
「何日で出てくる」っていうのは
あらかじめ決めて入ってるんですよね?
いや、ゴールを決めてないと、
さすがにキツいんじゃないかと思って。
- 吉田
- 地上でサポートしてくれるメンバーの
体制もあるので、
だいたいの日数は決めてあるけど、
いったん入ったら、
約束が守れるかどうかは、わからないです。
- ──
- 何が起きるかわからないから?
- 吉田
- 上と中とでコンタクトは取れませんし、
急に増水したりして、
出られなくなっちゃうこともあるしね。
- ──
- 上の人は、無事を祈って待つしかない。
無線的なものも役に立たないんですか?
携帯の電波は、
入らないだろうとは思うんですが‥‥。
- 吉田
- 無線もダメだし、GPSも効かないよ。
- ──
- 宇宙でさえ、
ヒューストンから指令が来るのに。
- 吉田
- だから、1週間後に地上に出たときに、
日本がなくなってるかもしれない。
- ──
- なるほど(笑)。
- 吉田
- 社会から隔離されている刑務所だって、
晴れか雨かはわかるでしょ。
- ──
- ええ。日本がまだあるってことも。
- 吉田
- そういう情報がすべて遮断されてるから
地上に出るまで、
外がどうなっているかわからないんです。
- ──
- 洞窟内で迷子とか‥‥。
- 吉田
- それがいちばん怖いかなあ、やっぱり。
イヤな汗が出てきますよ。じわーっと。
でも、今までは、何とか戻ってきてる。
- ──
- どうやって見つけるんですか、帰り道。
- 吉田
- ただ、ひたすら、道を探すしかないです。
で、見つからなかったら、出られない。
出られなかった人にも、実際、会ってる。
- ──
- そういうかたも、いらっしゃるんですか。
山と一緒ですね、ほんとに。
- 吉田
- 洞窟の内部って、
有機物を分解するバクテリアの数が少ない。
だから、生物が死んだりすると、
分解されるスピードが、すごく遅いんです。
具体的には、何年も「残ってる」。
- ──
- 地上なら、風化していくはずの肉体が。
- 吉田
- 言ってみればウエットなミイラで、
この世のものとは思えない、
強烈な匂いを、発しているんです。
警察に通報するために写真を撮るのも、
息を止めながら。でも、すぐ慣れる。
- ──
- 慣れるんですか?
- 吉田
- 慣れる。発見してしまった以上、
ご遺体を外に出すって任務が発生するから、
それどころじゃなくなるんです。
ご遺体を遺体袋に入れて、
全体をガムテープで厳重にぐるぐる巻いて、
狭い洞窟の中を引っ張っていく。
- ──
- 他の誰にもできない仕事ですね、それ‥‥。
- 吉田
- そんなことしてたって、腹は減ってくるでしょ。
だから、狭い場所で食わなきゃならない場合は、
申しわけないんだけど、
遺体の上に食うもの乗っけざるを得なかったり。
案外、なんでもなくなっちゃう。
- ──
- その仕事って、急に発生するわけですよね。
別件で洞窟に入っていたはずが。
- 吉田
- まあ、それはそう。急に出会いますからね。
警察から感謝状をもらったときの人は
1年半前に、いなくなってたらしいんだけど、
俺たちが見つけなかったら、
たぶん、この先ずっと行方不明のままだよね。
- ──
- 何らかの理由で、一人で洞窟に入っていって、
出られなくなったってことですか。
- 吉田
- 想像するのみですけど、そうです。
出るつもりがなかったという可能性もあるし。
しばらくは、別の行方不明者の捜索のときも
声がかかったりもしてました。
警察とは違う視点から
行方不明者の捜索に協力してくれないかって。
- ──
- へえ。
- 吉田
- 探す場所が洞窟じゃないのに、
なぜか、捜索隊に加わったりもしたよ。
- ──
- ひとつ、具体的な質問したいのですが、
洞窟内部での排泄関係は、どのような?
- 吉田
- 「小」の場合はペットボトルに蓄えて、
捨てて大丈夫なところで捨てるか、
そうでなければ地上に持って上がります。
- ──
- では、そうでないほうは‥‥。
- 吉田
- ジップロックに入れて厳重に保管します。
袋が破れたら悲惨だから、胸ポケットか、
ヘルメットの裏側に入れたりとかしてね。
- ──
- 頭の上に、ご自分のソレが‥‥。
放置しない理由は、何ですか?
- 吉田
- 洞窟内の生態系を守るためと、
自分たちの活動を快適にするためです。
だって、そこで何日間も過ごすわけで、
誰だって、そんなもんで
自分の居場所を汚したくないですから。
<つづきます>