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──
そもそも、吉田さんが
洞窟を探検するようになったきっかけは
何だったんでしょうか。
吉田
最初のところから話すと、
ハタチのときに建設会社をつくってから、
ずっと仕事人間だったんです。

もう、ずっとはたらいていたいんですよ。
──
そんなにですか。
吉田
正月なんかも、
休んでいられなくて、じれったくて。

日曜日は
従業員が平日に仕事しやすいように、
道具の整備をしたり、
そこらを片付けたり準備する日だし。
──
じゃあ一年中、休みなし?
吉田
さすがに、正月だけは
まわりから
「社長、元旦ぐらい休んでくれ。
 恥ずかしいから」
と言われて、休んでましたけど。
──
社員に懇願されて、しぶしぶ休む社長‥‥。
吉田
そう、そんな感じだったんですけど、
23歳のときに、
「とつぜん山に登りたくなった」んです。
──
山に? 急に? 何でですか?
吉田
なんでだろうね。
いまだに、よくわかんないんですよね。

いつまでも仕事していたい、
休みなんかいらない、そんな人間が、
急に山に登りたくなって、
とりあえず『山と渓谷』を買いました。
──
有名な山と渓谷社の山岳雑誌ですね。
通称「ヤマケイ」という、あの。
吉田
それが23歳の12月かな。

で、次の正月休みもヒマだから
ちょっと、ためしに行ってこようかなと、
道具や装備を買いに
雑誌に載ってた山関係の店に行ったら、
「あんた、
 はじめてで冬山へ行く気か?」って。
──
それは「死にに行くようなもんだ」と?
吉田
そうそう(笑)。

「あんたみたいな無謀なやつには
 道具は売れない。
 悪いこと言わないから、
 山岳会に入るか、講習会を受けるか、
 まずは、
 そういうことをしたほうがいい」
というね、
ありがたいアドバイスをもらって。
──
店員さんも、あきれ半分で(笑)。
吉田
そうそうそう(笑)。

それで、素直に申し込みをした先が
長谷川恒男さんという
ヨーロッパ三大北壁を単独で登った人の
「冬季雪上訓練」だったんです。
──
あ、すごい人。‥‥の、「訓練」?
吉田
そう、雪上訓練。

そのときは、長谷川さんのことを
世界的アルピニストだって知らなかったから、
「冬季雪上訓練」って
名前がかっこいいし、これがいいやと思って、
申し込んだんです。10日間の。
──
10日間も‥‥どのような訓練を?
吉田
いや、まあ、それすらよく調べずに
申し込んじゃったんだけど、
何日か後に来た訓練の案内の紙に
「これと、これと、これを持って来い」と、
装備一覧が書いてあったんです。
──
ええ。
吉田
で、その紙を持って道具のお店に行ったら、
25万くらいかかったのかな?

ピッケルからブーツからヘルメットから、
バイルって名前の
氷に刺すアイスクライムの道具もあって、
つまり、装備からして
山へ行ったことのない人が受けるような
講習会じゃなかったんです。
──
なにせ「訓練」ですもんね、10日間もの‥‥。
吉田
建設業やってたし、
体力には、まあ、自信あったんですけど、
いざ参加したら初日からバテバテ。

山の常識も知らないことだらけで、
たとえば「行動食」って、知ってます?
──
知らないです。
吉田
火も水も使わずに食べられる食糧のことを
行動食って言うんですけど、
当然、そんな知識もなかったから
「山で食うなら
 缶詰かカップラーメンだな!」と思って、
持って行ったんです、行動食として。

でも、マイナス25度だと、
シーチキンの油が凍っちゃうんですよ。
──
昭和のCMの「バナナで釘が打てます」
みたいな世界ってことですか。
吉田
それはそれは、みんなに笑われましたね。

「おまえ、どこに来たんだ?」
「カップラーメン? お湯どこにある?」
みたいな。
──
山に慣れた人たちから見たら、
まるきりピクニック気分だった‥‥と。
吉田
なかでも大変だったのが
「アイスクライミング」の訓練でした。

自分、高所恐怖症なんですけど、
まさか、氷の壁を登らされるだなんて、
思ってもみなくて。
──
夢枕獏さんの『神々の山嶺』に
そういう、手に汗握るシーンがあります。

山登りという言葉からは
想像もできないような急な氷の壁を
両手に持った
とがったトンカチみたいなものを頼りに、
よじ登っていくという‥‥。
吉田
そこでは、滑落したときの対処法なんかを
練習したりしてました。

斜面を背にして歩いてるときに
ツルッと滑ったら、
ピッケルを抱いてクルッと身体を半回転させて、
ピッケルの反対側が
鎖骨に刺さってでもいいから
氷にピッケルを突き刺して滑落を止めろって。
──
うわー‥‥。
吉田
山では「コンティニュアス」と言って、
おたがいを
ロープで結んだ状態で歩くんですけど、
ひとりが落ちたら、
もうひとりが、斜面にピッケル刺して
止めなくちゃならない。

ロープの全長は3メートルくらいあるから、
滑落した瞬間、
すぐにロープを投げて、時間を稼ぐんです。
つまり、ロープがピンと張るまでの間に、
自分が飛ばされないように、
地面にピッケルを突き刺して備えるんです。
──
その練習は‥‥
多少は安全な場所でやってるんですか?
吉田
そう、練習はね。

でも、最終日は、八ヶ岳でやりました。
マイナス30度の、
3000メートル級の冬山で、それを。
──
初心者なのに‥‥。
吉田
猛烈なブリザードに巻かれて
風速何十メートルという強風に吹かれると
身体ごと飛ばされるから、
瞬間的に「耐風姿勢」を取るんですね。

練習のときに
「これ、どんな場面で使うんだろう?」
と思ってたことが
いろいろあったんですけど、
最終日の八ヶ岳で「あ、このためか!」
と、ことごとくわかりました。
──
事前の知識がゼロだから、
すべてを実戦で学んでいったんですね。
吉田
でね、そこから、
どう洞窟に繋がっていくかっていうと。
──
あ‥‥はい。そうでした。

<つづきます>

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN