- ──
- 震災当時、町長は
まだ県議会議員さんだったそうですが、
まちづくりには、
どんなふうに関わってらしたんですか?
- 須田
- まずは、いち地域人として、
どんな町につくりなおしていきたいか、
新聞屋の阿部喜英さんや、
かまぼこ屋に避難していた「三賢者」など、
女川のみなさんと、折に触れて、
さまざま議論を交わしていたんです。
たとえばそうですね、
具体的には、
現在、町の真ん中の山を削っているのですが、
けっこう早い段階から、
喜英さんと、
「あのあたりの山を、削りたいねえ‥‥」とか。
- ──
- 山を、削る。
- 須田
- ええ、堀切山という名の山なのですが、
あの山を削ることができたら、
女川の町の構造を、
一変させることができるんです。
- ──
- と、おっしゃいますと?
- 須田
- 震災前、この町は、あの山によって、
学区を含めて
2つの地区に分かれていました。
でも震災で、ああいう状況になったので、
町を隔てていた山を削り、
完全に「ひとつの女川」になるような、
そういう方向で
まちづくりを進めたいということですね。
当時は、アイディアベースの話ですが。
- ──
- なるほど。
- 須田
- 一方で、震災直後の女川の経済界では、
防潮堤をつくる前提で考えていました。
- 山田
- 結果的には、行政と民間の考えが一致する形で
「土を盛る」方向になったんですが、
青山さんの話にもあったとおり、
当初、民間側の考えは「防潮堤」だったんです。
- 須田
- というのも、まずは防潮堤をつくって
背後地を復旧しないと、商売ができない。
商売ができないと、金が稼げない。
稼げないと、せっかく生き残ってる人も、
経済的に死んじゃうってことですから。
- ──
- ええ。
- 須田
- 前の安住町長は、当初から
防潮堤でなく盛り土で、という考えを
持っていたのですが、
民間側からしても、
防潮堤をつくってしまうと
利用できる土地が狭くなるなどの理由もあり、
最終的には、
町中心部全域を盛り土することで
津波対策を行うというプランになったのです。
- ──
- なるほど。
- 須田
- ともあれ、将来の女川の町の姿については
日々、今のようなことを議論しつつ、
私自身は県議会議員の立場から、
被災者支援や、
復旧・復興の支障となる制度の改正、
町全体の産業再生のサポートなどを、
やっていました。
- ──
- で、町長になられたところから、
まちづくりに具体的に関わっていくと。
- 須田
- 結局、それまで町の人たちと話をして、
考えて、議論してきたことを、
「町長職」という
もっとも責任のある人間の立場で、
新しい女川町の設計図へと、
具体的に、落とし込んでいったんです。
- ──
- 町長に当選されたのが、
震災の年の11月だったそうですが、
その時点で、
女川のまちづくりは
どのような状況だったんですか?
- 須田
- 就任後4日目かな、
都市計画図になる手前くらいの図面を、
見せてもらったんです。
4時間くらい、
まちづくりのコンサルタントの方から、
お話をうかがったんですが、
正直言って、納得いかなかった。
- ──
- それは、なぜですか。
- 須田
- そのときに見せていただいた案では、
宅地部分が、
スピードを最優先するという考えのもと、
ふたつに分断されていたので。
- ──
- あ、さっきの「ひとつの女川」案でなく。
- 須田
- 女川という町は規模も小さいですし、
人々のつながりこそが、
この町特有の、
わけへだてのない気質をつくってきたと、
強く思っていたものですから、
その案には、納得できませんでした。
ある程度、地域の意向を汲んだ計画でも
あったとは思いますが、
あのまんまのプランで進んだときに、
この町の将来は
本当に大丈夫だろうかと、悩んだんです。
- ──
- まさしく「具体的な設計、デザイン」が
町の将来に、影響を及ぼすのでは‥‥と。
- 須田
- ただ、その一方で、
スピードも考慮に入れなければならない。
- ──
- どうされたんですか。
- 須田
- 復興担当のスタッフ、当時は9人でしたが、
全員に集まってもらって、
とにかく1回、腹を割って話しあおう、と。
で、腹を割るには酒がいちばんってことで、
日程を探ったんですが、
直近では、全員を調整することが難しくて。
- ──
- ええ。
- 須田
- そのとき夜の9時くらいでしたが
「じゃあ、もう、今からやりませんか?」
という声が上がり、
みんな大丈夫そうだったので、
ざっくばらんに3時間半ほど話したんです。
- 山田
- お茶と、カントリーマァムで。
- ──
- お酒はナシで(笑)。
- 須田
- これまでの経緯を含めて、
全員から、率直な気持ちを聞きました。
すると、みんな口々に、
何とも言えないとか、不安だとか‥‥。
- ──
- みなさんも、町長と同じ思いだった。
- 須田
- 女川の前町長も、本当にこれでいいのか、
悩んでらっしゃった、と聞きました。
私、前の町長のことは、
政治家としても、ひとりの人間としても
本当に尊敬しているんです。
あの震災の急場も、
この人についていけば絶対に乗り切れる、
そう思わせてくれる方だったのですが、
その前町長ですら悩んでらっしゃったと。
- ──
- ええ。
- 須田
- つまり不安だったり、悩んだりするのは、
自分だけじゃなかったんです。
そこで、あくる日に、
コンサルタントの方に集まってもらって、
絵を描き直してほしいと伝えました。
- ──
- コンサルタントというのは、
どのような立場の方なんでしょうか。
- 須田
- 国の直轄の復興計画策定支援に従事する、
コンサルタントの人たちです。
外部の、都市計画のプロフェッショナル。
そのなかの1社さんは、
今も女川の復興計画に入ってくれてます。
- ──
- そのプロたちに、山を削りたいんだ、と。
- 須田
- 当初、山を削らない絵になっていた理由は、
聞かずとも、わかっていました。
岩盤でできている硬い山なので、
どうしても、時間かかってしまうからです。
でも、そうであっても削りたいんです、
自分自身が納得していないものを
住民に向かって提案できますか‥‥と。
「町長はこれでいいと思ってるのか」
と聞かれて
「いや、何とも言えません」
なんて答えられるわけがないですから。
- ──
- たしかに。
- 須田
- だから、私が納得する絵にしてほしい、
町をひとつの「ユニット」にすることは、
女川の将来にとって
絶対に意味のあることなんだ‥‥と、
説明したんです。
- ──
- 意味のある‥‥というのは、
具体的には、どのような点でですか?
- 須田
- 町の中心に、核になる部分ができるから。
その「核」の周辺に、
人の流れをつくることができれば、
たとえば、
町外からイベントに来てくれた人たちが、
駅前の商店街に立ち寄ってくれたり、
人の回遊性が高まるんです。
- ──
- ひとつにすれば、町が活気づく、と。
- 須田
- 描き直していただいた案からは、
新しい町の姿がクッキリ見えてきました。
で、そのときの絵が、
今のまちづくりの原案になっています。
- ──
- 今回、はじめて女川駅に降りたんですが、
見晴らしが良くて、
とっても雰囲気がいいと思いました。
海を一望できて気持ちがいいですし、
何より、
駅からまっすぐ伸びるプロムナードの先に、
初日の出が登るんですよね?
- 須田
- そう、あれは、設計段階で、
「正月、初日の出が見えたらいいよなあ」
と話して、
そういう方向で図面を引かせたんですけど、
本当に、元旦、
プロムナードの先から太陽が出てくるか、
確信なんて持てないじゃないですか。
- 山田
- つまり、テストできないので。
- 須田
- だから、心のなかでは
ちょっと‥‥ドキドキしておりまして、
担当のスタッフからは
「大丈夫ですから、大丈夫ですから、
どうぞ安心してください!」
と言われてたんですが、
心配だったんで見に行ったんですよ。
- ──
- あ、町長も、元旦に。
- 須田
- そう、そしたら、ちゃんと上がりました。
いやあ、素晴らしい、
技術というのはすごいなあと思いました。
- ──
- ご来光のようすは写真で拝見しましたが、
何だか、すごくよかったです。
- 須田
- でしょう?
道の方向を調整するだけなんで、
1円も余分にかけないでやれることだし。
- ──
- 地域の人にとっては、
お正月に、ひとつ楽しみができますよね。
- 須田
- 町の人たちには、
正式にはアナウンスしてませんでしたが、
100人くらい集まってきました。
で、初日の出が上がった瞬間、
みんなで「おおーーっ!」と拍手してね。
- ──
- お正月の朝に、初日の出を見るために、
地域の人たちが、何となく集まれる場所。
- 須田
- つくってよかったなあと、思いました。
あれで真ん中から上がらなかったら、
町のみんなに何て言おうかと(笑)。
- ──
- 駅前が広々としたつくりですから、
もっとたくさんの人が、集まれますよね。
- 須田
- 駅前広場をふくめて、最終的には
プロムナードは遊歩道にしましたけど、
都市工学の専門家からは
「自動車を通すべきだ」
という意見も、当初はあったんですよ。
何と言っても、地方は車社会ですから。
それを踏まえて、日常の動線において、
駅に向けたデザインを意識したほうが
良いのではないか、という考え方ですね。
- ──
- あ、そうか、「ロータリー」があるのが、
よく見る「駅前の風景」ですけど、
女川駅の正面には
ロータリーがなくて広場になってます。
- 須田
- でも、女川駅前に出店されるみなさんに、
若手だけじゃなく、
あるていど年配の方も含めて、
「クルマを通したほうがいいと思う人」
「遊歩道がいいと思う人」
って決を取ったら、みんな「遊歩道」と。
- ──
- クルマがいなくて、景色が抜けてるから、
駅に降り立つと、気持ちがいいんですね。
- 須田
- 私のイメージにあったのは、
東京駅の前を通ってる「行幸通り」です。
あちらは通りの先に皇居がありますが、
女川はプロムナードの先に、海。
- ──
- ようするに、構造が同じ。
- 須田
- そうなんです、規模はともかく。
とくに女川ってイベントの町ですから、
駅前広場やプロムナードで、
何かできるようになればおもしろいと。
- ──
- クルマが入れたほうが便利なことも
たくさんあるでしょうけど、
クルマを通さない案が選ばれたというのは、
ある意味で、
古い価値観にとらわれないぞという
気持ちを感じますね。
- 須田
- さっきの、初日の出の話も同じですけど、
どうせ新しくつくるなら、
新しい価値だとか意味を持たせなければ、
おもしろくないですから。
- ──
- ただ「つくりなおす」だけでは、なく。
- 須田
- はい。
(つづきます)
2016-11-15-TUE