経営にとってデザインとは何か。宮城県・女川町 篇
経営にとってデザインとは何か。
宮城県・女川町 篇
第3部須田善明さん(女川町長)篇
第3回
人々の姿が、町の姿になる。
──
まだまだ道半ばだとは思うのですが、
町長として、
町を新しく設計・デザインすることって、
どういうことだと思いますか。
須田
いろんな観点があると思いますが、
ひとつには、
「町の立ち位置を、設計・デザインする」
ということかなと思います。
──
立ち位置。
須田
言い換えれば、
どうやったら「選ばれる町」になれるか、
そこを真剣に考えること。
──
見た目や景観のデザインという以上に、
将来へ向けた町のあり方を、設計する。
須田
それは、おとなりの石巻市を中心とした
人口20万の石巻広域都市圏の中で、
私たち女川町は、
自らのポジションをどうデザインするか、
ということでもあります。

町や商店街の具体的な設計をするときも、
常に、そこへ意識を向けていないと。
──
なるほど。
須田
社会制度などの取り組みもデザインだし、
景観、建物、商店街も、デザインですね。

それらの要素がうまく機能することで
女川という町のありようが、
総合的にデザインされるのだと思います。
──
逆に言うと、
ただ町並みがきれいなだけではダメだし、
社会制度だけ整えても不十分、と。
須田
そこに、時間軸もかけあわされてきます。

10年後、20年後を見据えたとき、
どのようなデザインがふさわしいんだろう‥‥
ということに心を砕いています。
山田
選ばれる町をつくるには‥‥と思うと、
いろいろ考えることがあるんです。
──
そうなんでしょうね。
山田
町をゼロからデザインしなおしている、
という意味では、
この町自体が「創業」している真っ最中です。

JR石巻線の始発駅のある女川ですから、
ここから、どんどん
新しい挑戦やスタートが生まれていくように
したいねと、町の人と、話しています。
──
でも、選ばれるという意味では、
すでに外から若い人が入ってきていますよね。

NPO法人アスヘノキボウの
小松さんにしろ、
駅前のプロムナード商店街に店を出している
ギター工房「GLIDE」の方とか‥‥。
須田
そうそう。
──
なんでも、あのギター工房を立ち上げた方は、
御茶ノ水の有名な楽器店で、
トップセールスを上げていた人だとか。
山田
月に100本、ギターを売ってたらしいです。
だから、本当は東北に限らず、
どこで自分の店を開いてもよかったはずです。

でも、小松さんとのつながりで、
女川に来てみたら、「ここにしよう」って。
須田
いちど遊びに来ると言うんで、
女川のギター好き人間をみんな呼び集めて、
いっしょに酒を飲んだら、
「ぼく‥‥女川町でやります」と(笑)。
──
おお(笑)。
須田
本人がギター持ってくると聞きつけて、
お店に、ちゃーんと
ギターアンプも用意して出迎えました。
──
その場に、町長さんもいるっていうのが、
素晴らしいし、女川らしいですよね。

しかも、見なくても予想できますが、
たぶん、その輪の「ど真ん中」に‥‥。
須田
まあ(笑)。 
──
以前、林業をされている方に取材したら、
「この苗木が一人前の木に成長する
 何十年後を見据えて、
 日々、目の前の仕事に取り組んでいる」
と、おっしゃっていたんです。

そのときも、
はるかなる気持ちになったものですが、
まちづくりも、
相当ロングレンジで考える仕事ですね。
須田
自分は今44歳で、
20年もしないうちに還暦を迎えますけど、
そのとき、
自分が、どんな町に暮らしていたいか。

そんなことを意識し、思い描きながら
まちづくりにあたっています。
──
還暦の自分が住みたい町の、イメージ。
須田
これからどんな町になるのであっても、
還暦も過ぎて
リタイアする年代になったとき、
自分自身に対して
お前もまあまあよくやったなと言って、
ちゃんと
おいしいお酒が飲めるだけのことをね、
今、やらなきゃと思ってます。
──
ちなみにですが、一般的には
44歳の町長さんって、若いですよね?
須田
オッサンくさいって、
いつも、まわりに言われてますけど。
──
え、そんなことないと思います(笑)。

町長さんが若々しいから
町自体も、若々しい感じがするのかな。
山田
新聞屋さんの(阿部)喜英さんも、
商工会の青山さんも、
須田町長と同じ世代の人たちを見ると、
本当に、みなさん若いし、
何よりおもしろそうにやってるんです。
──
はい、そう思います。
外の人も、きっと、そう言いますよね。
須田
おもしろそうだというのは、
私たちにとっては、最高の褒め言葉です。

震災だとか、被災地だとか、津波だとか、
そういう部分ではないところで、
おもしろがってもらえる町にしたいので。
──
町の人たちの雰囲気も
フレンドリーで、明るいですよね。

昨晩、お店でお酒を飲んでたんですが、
みなさん、
気軽に話しかけてくださいますし‥‥。
山田
そういう雰囲気にハマる人は、多いですね。

いつのまにか感染してしまうので、
「女川ウィルス」と言われています(笑)。
須田
有効なワクチンがありません。
──
罹ったらおしまい、みたいな(笑)。

昔から‥‥つまり震災が起きる前から、
こういう雰囲気だったんですか?
須田
もともと活気のある港町でしたからね。

でも、震災で、ああいう状況になって、
地獄のような状況に置かれて‥‥。
──
はい。
須田
これから、自分たちは、
何もなくなった自分たちの町に対して、
どう関わっていったらいいのか。

みんな、そのことに正面から向き合って、
真剣に、
残りの人生かけておもしろがるんだと、
決めたんだと思うんです。
それが、この町の熱になっているんです。
──
なるほど。
須田
もちろん、全員が全員じゃないですよ。

あの日のまんま、
時間が止まってしまったような方々も、
当然、いらっしゃいますから。
山田
そうですね、それは。
須田
あの震災の傷を癒やすには、
時間が解決するしかない部分もあります。

それは当たり前のことですから、
今はまず、
動ける人間が、どんどん動いてるんです。
──
そのこと、すごく感じます。
須田
でも、それこそ還暦を過ぎた人間から、
20代の若者まで、
同じ酒場で飲んでいるような町だから、
言葉や態度に配慮しながらも、
立場や肩書きに関係なく、
活発にやりとりしているのを見てます。

そのことが、いちばんかもしれないな。
──
このサイズの町ならではの風景ですね。
須田
プレイヤーの密度で言えば、
となりの石巻の規模で
女川と同じような密度と割合になったら、
ちょっと気持ち悪いでしょう。
人口16万人の市に、
熱くてクドい人が1万人以上いる、とか。

何でそんなに濃い~のばっかりいるの、と。
そんな町、ある意味で住みたくない(笑)。
──
たしかに‥‥(笑)。

日が暮れると、そういう濃い〜人たちが、
どこからともなく、
駅前のお店に集まってくるという(笑)。
山田
町の動線が集約されているので、
女川で飲んでれば、必ず会うんですよね。
──
お話をお聞きしていると‥‥この町では、
「お酒」も、
かなりの「プレイヤー」だと思いました。
須田
そう、デザインという意味からしても、
「夜の都市設計は大切である」
ということは、
もう当初から衆目の一致するところで。
──
やっぱり(笑)。
須田
でも、それ、本当に大事なことなんです。

こういう規模の町では、
みんなで集まって話し合えるってことが。
──
それは、すごく伝わってきます。

なんだか、みなさんが、
町のあちこちでミーティングしてるような。
山田
実際、そういう感じですね。
昼夜問わず、同じテンションで(笑)。
須田
ただ、ひとつ、忘れてはならないのは
こんな小さな町だけでも、
復興には
相当な財源、国民の税金が使われてます。

どんな町にしていきたいか、
それを決めるのは私たち自身ですけれど、
国民全体の負担で、
町の復興をやらせていただいてるんです。
──
ええ。
須田
ですから、まだまだ道半ばですけれども、
女川の町が復興したとき、
ああ、こういう町になったんだねって、
俺たち納得したよと、
全国のみなさんに言ってもらえるような、
そういう町に、しなければ。
──
あらためて、町のデザインに必要なのは、
何だと思われますか?
須田
復興まちづくりに限って言うならば、
スピードとクオリティ、ですね。
──
ややもすると、
相容れない概念かもしれませんが‥‥。
須田
みんなでアイディアを絞って、
力を合わせて、
どうにか両立させていきたいと思います。

この先、たとえ震災がなかったとしても、
女川の人口は減っていくんです。
──
ええ。
須田
そのことを前提に、
老若男女の動線集約を図ることで、
人が減っても賑わいを維持創出していく、
もともと、そう話していたんです。
──
はい、「女川まちづくり塾」などの場で。
青山さんのお話にも出てきました。
須田
そう、そのときに重要になってくるのが、
女川みたいに小さなところでは、
「人々の姿」こそが
町の表情や、息づかいになるということ。

小学校に通う子どもたちのランドセル姿、
プロムナードで日向ぼっこする、
じいちゃん、ばあちゃんたちの元気な姿。
それらが、この町の息吹となって、
女川という町の色をつくっていくんです。
──
ええ。
須田
だから、町をデザインするということは、
この町に住む人々の姿を、
つくることなんだろうなと、思ってます。
──
なるほど‥‥人々の集合が町ですものね。

ちなみに町長、
これは必ずお聞きしたいと思っていたのですが、
女川のご当地ヒーロー
『リアスの戦士イーガー』のDVDに
出演されてましたね。
メタルバンドのギタリストとして。
須田
昔、バンドをやっていたものですから。

ただ、当時やっていたのは
メタルバンドというより、ハードロックです。
もちろんメタルは、心から愛しています。
──
なるほど(笑)。イーガーのDVDの
エンディングテーマも作曲されてますが、
あれは、町長になられてからのお仕事?
須田
そうですね。町長の仕事を終えて、
仮設住宅へ帰ってから、
家族などまわりの迷惑にならないように
日付が変わった後、ヘッドホンをして、
コツコツ宅録してつくったのが、あの曲。
──
そんな町長‥‥素敵です。
須田
どうせやるなら、おもしろくないと。
──
そのスピリッツですね。
須田
役場の若手にも、いつも言ってるんです。

今から20年くらい経って、
君たちが課長なり、部長なり、参事なり、
組織の中核を担うようになる町を、
今、ゼロからつくっているんだよ‥‥と。
──
なるほど。
須田
そのとき、どんな町になっているのか。
今は、そこに関わるチャンスなんです。

だから、君たちに必要なのは
悲壮感じゃなくて、使命感なんだ、と。
そのうえで、だからこそ
おもしろがってやってほしいんだって。
(おわります)
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現在、女川町では、年内のオープンに向けて
新しい商業施設整備が進んでいるそうです。
12月になったら
最新情報をお知らせしますので、お楽しみに!
2016-11-17-THU