岡村靖幸×糸井重里結婚への道 完結編

ミュージシャンであり独身である岡村靖幸さんは、
雑誌『GINZA』で「結婚とは?」を様々な方に聞く
「結婚への道」を約6年間連載していました。
糸井重里も2013年に登場し、
「幸せになるのは義務じゃない」という言葉を
岡村さんに残しました。
これまで70人に結婚観を伺ってきた岡村さんと、
あらためて「結婚とはなにか?」をお話することに。
みなさんも2018年を振り返りながら、
結婚について一緒に考えてみませんか。

第3回恋愛にも秩序が必要。

岡村
いま、ほぼ日さんの社内で
一番若い方だとおいくつですか?
糸井
23、4歳ですね。
岡村
相変わらず社内恋愛も禁止?
糸井
禁止です。
取引のある社外の人と結婚した人はいます。
岡村
糸井さんはいろんな世代の人に
アドバイスをするタイミングがあると思うのですが、
世代によって育ってきた環境も考え方も
全然違いますよね。
若者へ恋愛も含めて結婚で大事なことを
アドバイスするとしたら、何と伝えますか?
糸井
うーん。
年齢によって「恋愛がすべて」という
時期があると思うんですけど、
「恋愛がすべて」という時代もあって。
岡村
時代ですか。
糸井
僕が若い時は、まさに恋愛ブームだったんです。
おそらく戦争の影響で、
僕より前の時代は
「恋愛なんかしていないで働け」という考えだった。
戦争が終わり、
個人が楽しいことをやっていい、と
肯定するシンボルが、
おそらく恋愛だったんです。
岡村
なるほど。
糸井
「誰かと一緒になっておいた方がいいよ」という
建前で男女がくっついていたのが、
好きな人と一緒になれることが美しい、
という考え方になっていった。
それに、自分で選んだ好きな人を
食わしていけるだけの社会になったっていうのも、
大きいと思うんですよね。

音楽だとロックが流行ったのも、
同じ現象だと思います。
何かを投げ捨ててでも、
勝手にすることがカッコいいし、美しい。
岡村
はい。
糸井
でも、暮らしに不自由ない時代が続いて、
「勝手にする」ことにも飽きはじめていると思います。
寿司屋でもたまには大将おまかせの
にぎりが食べたくなるでしょう。
思いがけないネタに
「旨いな」とうれしくなることがある。
様式に合わせるのも意外といいもんだな、と。
岡村
自由を求めた時代から、
また逆戻りのような?
糸井
心地よいものとは、
規則にも自由にもとらわれないで
自分で選択することなんじゃないかと、
多くの人が気づいたんでしょうね。
岡村
はあ‥‥深いですね。
「自由にもとらわれないで選択をする」ですか。
糸井
まあ、でも、
「自由になろう」なんて口では言えても
簡単にはなれないですよね。
たとえばミュージシャンの方からすれば、
自由な旋律の音楽なんてないはず。
岡村
無秩序になりますからね。
小節もリズムも、ある程度の秩序が必要です。
糸井
恋愛も同じだと思います。
自由な恋愛は盛り上がるけれど、続かない。
人間にとって一番難しいのは「持続」です。
恋愛でも相思相愛の状態を
持続することは案外難しい。
すべてが自由であることの苦しみから逃れるためには、
ある程度のルールが必要かもしれません。
岡村
恋愛にもある程度の秩序が必要だ、と。
糸井
そう。
結婚をすると
別れる時にハンコをつかなきゃいけなかったり、
子どもの未来を考えたり。

自由なままだと別れていた可能性が、
結婚というルールによって、
しょうがなく別れられない状況があることで、
救われることや乗り越えられることだって
あるはずなんです。
恋愛と結婚の大きな違いは、そこかな。
岡村
はあー、なるほど。
糸井
今はルールをちょうどよく利用して、
「僕の幸せはこのあたりなんじゃないか」と、
アイデアで自分の居場所を選択する
時代かもしれませんよね。
岡村
自分で幸せを選択できるようになった
とは思います。
糸井
うん。
僕自身も昔の方が
相手の年齢や世代の違いを
意識することは多かったです。
でも、今はなくなりましたね。

「ここが違う」と感じるよりも、
「同じなんだ」を見つけるほうが
おもしろいって気づいちゃったんです。
岡村
共感の方が多くなったんですね。
糸井
それは人間同士でなくても、
景色も同じです。
ほぼ日の学校で「万葉集」を学んでいるのですが、
授業を聞いた後に京都に行ったら、
いつも望んでいた山並みに日が落ちていくのを見て、
「万葉の時代から同じ景色なんだな」と思って。
当時は明かりがないでしょうし、人も少なくて、
現代と違うところはたくさんあると思います。
でも、こう、万葉集の授業を受けてから
京都の中にある「同じ」を見つけられて
うれしかったですね。
岡村
何千年も前の風景と同じってことですもんね。
糸井
そうなんですよ。
岡村
昔から、糸井さんのことを
テレビを通して一方的に見ていますけど、
好奇心の塊ですよね。
糸井
好奇心はあるね。
岡村
魂の深度と激しさを感じます。
例えばなんですが
自分に都合のいい神頼みとかも
されることありますか?
糸井
なにかわからなくても信じる、
という考えは僕だけじゃなくて
社会的にも減ってきていますよね。
岡村
妄想力とか。
糸井
このごろよく、
自分自身が意外と「敬意」を
大事にしているなと感じることがあります。
極端な話、敬意があれば
嫌なことを言われても平気で。
でも、敬意がないところで言われるのは本当に嫌です。
子どもに対する敬意も、犬猫に対する敬意も
きちんと持っていたいですねえ。
岡村
ああ、わかります。
糸井
敬意は、つまり、
自分の心の中にある
ミクロの神仏のことなんでしょうね。
自分の中に小さな神々がいてくれるおかげで、
助けられていることもあると思います。
今日も生きられるな、って。
写真
藤原江理奈
岡村さんスタイリスト
島津由行
岡村さんヘアメイク
マスダハルミ