世界の車窓からナレータの石丸謙二郎さんに聞く 世界の車窓からナレータの石丸謙二郎さんに聞く

第01回 いろんな列車がある。世界には。

──
石丸さんがナレーションを務めてらっしゃる
3分間の長寿番組『世界の車窓から』が
もうすぐ「10000回」を迎えるそうですね。
石丸
ええ。
──
スタートしたのが「1987年」ということは
もう「29年め」ということですが、
その間ずっと、
世界中の「車窓」を紹介してらっしゃる、と。

どうですか、これまで続けてこられて。
石丸
毎日、世界を旅しているみたいな‥‥。
──
うらやましいです。
石丸
‥‥んだけど、問題はアレですよね。
──
アレ。
石丸
いや、こんな仕事ですから、
「あの国って、どんな国だか知ってる?」と、
しょちゅう聞かれるんです。
──
ええ。
石丸
で、まあ、何かしらは知ってますから
「ええと、はいはい、あの国ね。
 まず湖が綺麗で‥‥」
とか具体的に説明できるんだけど、
ほとんどの国に
行ったことないんだよね、俺自身が。
写真
──
行った気になってらっしゃる、と(笑)。
石丸
たとえばイタリアなんか
数え切れないくらい「車窓」やってるから、
そうとう詳しくなってるわけ。

で、風景なんかも映像で染みついてるんで、
いろいろ教えられるんだけど
実際は、ただの一度も、行ったことがない。
──
一度も。
石丸
それどころか、イタリアだけじゃなくって
フランスだって
スペインだってドイツだって、行ったことがない。

ドイツなんてベルリンの壁の崩壊前と後、
両方の雰囲気を知ってるのに、行ったことがない。
──
すみません、おもしろいです(笑)。
石丸
そもそも「車窓」の収録が頻繁にあるから、
長い旅に出られないんです。
──
つまり「車窓」のおかげで
世界旅行気分を味わうことができてるけど、
「車窓」のおかげで
本当の世界旅行にはなかなか行けない‥‥。
石丸
そのとおりです。
──
わかりました。

それでは、これまでの放映で
思い出に残っている国のことをいくつか、
教えていただけますか。
石丸
行ったことないんだけど、いい?
──
大丈夫です(笑)。
石丸
そうだな‥‥最近は列車が頑丈になったり
線路が整備されたりしてるからか、
あまりないんだけど
今から、んー、20年くらい前はね、
「車窓」の収録中に
しょっちゅう「脱線」が起きたりしてたね。
写真
──
え、ほんとですか。
石丸
うん。ひどいときにはね、
あれはアルゼンチン‥‥だったかなあ。

客席を撮影してたら、
だんだん列車のスピードが落ちてきて、
ついに、止まっちゃったんです。
──
へえ。
石丸
乗客も「車窓」のスタッフも
「何だ何だ、何が起きたんだ?」って
ザワザワしてんだけど
前のほうを見たら、機関車がいないの。
──
いない?
石丸
そう、で、止まってしばらくしてから、
向こうのほうから
機関車がペコペコしながら戻ってきた。

つまり「連結」が外れちゃったんです。
で、そのことに気付かないまんま‥‥。
──
頭の部分だけで、走ってっちゃったと。
乗客たちを置き去りにして。
石丸
そうそう、のんきでいいでしょ?

「おお、今日は調子がいいなぁ。
 どんどんスピード出るぞ!」
とか言ってたかどうかは知らないけれども、
とにかく、
じゃんじゃん窯に石炭をくべながら、
ずんずん走ってったところで
「うしろに何もついてないや!」と気付き、
帰ってきたというわけです。
──
「車窓」は、その一部始終を撮っていた。
石丸
あるいはね、アフリカの国なんかだと
「マサイ族の人」が
列車を止めて乗り込んでくるんですよ。

あの派手な衣装で、手にヤリ持って。
写真
──
列車を、止めて?
石丸
いや、マサイ族には、
列車に乗りたいときに無料で乗る権利が
あるらしいんだよね。

だから、乗車希望のマサイ族の人がいたら
走ってる列車を止めるんだけど、
みなさん、手にヤリ持って乗り込んできて、
ふつうに席に座るんですよ。
──
へぇー‥‥。
石丸
ナレーションしてても気になるんですよ。
──
それは気になるでしょうね(笑)。

ちなみに、これだけ続いていると
「行ったことのない国のほうが少ない」
といった感じなのでしょうか?
石丸
行ってない大陸は、もちろんないですよ。

国の数で言ったら
もう百カ国以上は行ってるはずですけど、
行ってない国もあります。北朝鮮とか。
──
そこは、なかなか行けなそうですものね。
石丸
そもそも鉄道のない国だってあるからね。

アイスランドとか、リビアとか、
アフリカのほうにも、たしか、いくつか。
──
つまり「鉄道なくして車窓なし」と。
石丸
東欧の国では「空撮」できなかったしね。

なんでも、鉄道の駅って
爆撃するときの目標物になるってことで
「上空から映すな」と。
──
それだけいろんな国に行ってらっしゃると
実に、さまざまなことが起こりますね。

ちなみに、石丸さんは
「基本的には行ってない」わけですが、
ナレーションしてみて
行ってみたくなった国ってありますか?
石丸
そりゃ、ありますよ。たくさん。

強いてあげるとすれば、そうだなあ‥‥
タンザニアの「列車の墓場」とか。
──
墓場?
石丸
使い古された列車を捨てる場所ってのが
タンザニアにあるんですよ。

線路の先が切れていて、
その向こうが「でっかい谷」になってて、
そこに要らなくなった列車を
「ゴローン! ガラガラガッチャーン!」
と、落っことしてくんです。
──
すごい捨てかた‥‥。
石丸
そう、バラバラに解体して
部品ごとに仕分けたりするわけじゃなく
「まんま捨てるんかい」というね。

見渡すかぎりの広大な谷だから
まあ、それで大丈夫なんでしょうけど。
──
その「墓場」、車窓から見えるんですか?
石丸
いや、見えないんだけど
「車窓」のVTRに、チラッと映ったんです。

で、「ええ? 今の何?」って聞いたら、
現地で画(え)を撮ってきたディレクターが
「なんでも、
 列車を捨てるとこらしいですよ」って。
写真
──
豪快すぎる。
石丸
あとはさ、タイだったかな、
線路がマーケットになってる場所があってね。
──
線路の上で、物を売ってるんですか?
石丸
そう、つまり線路ってのはさ、
列車が通らないときは、ヒマじゃない?

場合によっては
3時間くらい、来なかったりするから。
──
なるほど、ええ。
石丸
だから、もう何百人って数のタイの人が
列車の通らない時間帯に
お店を出している線路が、あるんですよ。
──
なんだか、おもしろそうです。
石丸
で、何時間かに1回、
「おーい、列車が来たぞー」となったら、
「バタバタバタバター」って
ドミノみたいに、店が畳まれてくんです。

で、列車が通り過ぎたら
車両のおしりを追いかけるようにして
「バタバタバタバター」って
畳まれたお店が、ふたたび開いていく。
──
すごい。見てみたい。
石丸
あるいはまたね、インドにはさ、
長ーい山道を登っていく列車があってね。
──
こんどはインドですか。
石丸
列車が途中の駅に停車すると、
売り子の子どもたちがわーっと群がるの。

ガムだ、飴玉だ、なんだ、民芸品だって、
そんなものを買ってくれと言って。
──
ええ、ええ。
石丸
ひとしきり買う買わないってやったあと、
ふたたび列車が動き出して
次の駅に到着すると
また同じような子どもらが来るんだけど。
──
はい。
石丸
よく見たら「同じ子ども」なの。
──
はい?
石丸
つまりね、列車が出発したら
子どもたちも
必死になって走って山を登ってくるんだ。

列車をグワーッと追いかけてきて、
で、追い抜いて、
ハァハァ言いながら、また「買って」と。
──
追い抜いて? すさまじい‥‥。
石丸
しかも「裸足」なんだよ。
──
つまり、列車より速いってことですか?
石丸
そう、列車より速く山道を駆け上がる
インドの売り子の子どもたち。
──
ロシア方面は、いかがでしょうか。
石丸
まずは、「美しい」という感じかなあ。

映像って、ふつう、
同じ風景をえんえん見せたらダメだけど
ロシアのタイガって針葉樹林は
ずっとそれだけでも、鑑賞に堪えられる。
──
それほどまでに、美しい。
石丸
それと、やっぱり「デカい」ですね。

窓の外に製材所が見えて
「ああ、ここは丸太置き場なんだな」
と思ったら、その風景、
いつまでたっても「終わらない」の。
──
なるほど(笑)。
石丸
日本で列車に乗ってたら
丸太置き場なんて一瞬で通りすぎるけど、
ロシアでは
時速何十キロで走る列車に乗っていても
もう10分以上、製材所。

端的に「何億本?」と思ったよ。
──
ロシアって、本当に大きいんですね‥‥。
石丸
デカいといえば、オーストラリアもデカいよ。

なにしろ、インディアンパシフィック鉄道は
「世界一まっすぐな線路」を走ってるし。
写真
──
世界一まっすぐ?
石丸
ナラボー平原という砂漠みたいなところで
「500キロくらい、
 東京ー姫路間に相当するくらいの距離が
 えんえんまっすぐ」なんだけど
運転席に、ある装置が付いてるんです。
──
ええ。何の装置ですか?
石丸
何分かに1回、押さないと、
「ブブーッ!」とデカい音が響き渡る装置。
──
それって、つまり‥‥。
石丸
そう、居眠り防止装置。
寝ちゃうんですよ、そんな真っ直ぐなとこ。
──
いやあ、いろんな列車があるものですね。
石丸
あるんですよ。世界には。

<つづきます>

番組開始から29年、あと150回くらいで祝・放映10000回!世界の車窓から

たらったったったたーららーらーらー。
チェリスト・溝口肇さん作曲による
印象的なテーマ音楽、
どんな異国情緒も包み込んでしまう
俳優・石丸謙二郎さんのナレーション。
「放映開始から29年め、
 訪れた国は104カ国
 総走行距離75万キロメートル!」
という数分間の長寿番組が
テレビ朝日の『世界の車窓から』です。
漫然とテレビをつけていても
はじまると「お。」って、つい見ちゃう。
そんな番組ですよね。
たらったったったたーららーらーらー。
「世界の車窓から。今日は‥‥」
溝口さんのテーマ音楽と
石丸さんナレーションの黄金コンビで
今夜も、世界のどこかの車窓風景を
テレビの前のぼくらに届けてくれます。
10000回まで、あと約150回。

世界の車窓から

月~金、夜11時10分から、
テレビ朝日(系列)にて放送中。
*地域によっては放送日時が異なります。