「ほぼ日刊イトイ新聞」の支社、
「気仙沼のほぼ日」がオープンしたのは、
2011年11月1日のことでした。
あれから時が経ち、
2019年の11月1日に、この場所は「お開き」となります。
「気仙沼のほぼ日」は、地元のみなさんが
優しく受け入れてくださったおかげで続いてきた場所です。
お世話になったあの人は、
いまどんなふうに過ごしているのでしょう?
これからどんなことをしていきたいのでしょう?
あらためて、お話をうかがっていきます。
インタビュアーは、沼のハナヨメ、
「気仙沼のほぼ日」のサユミがはりきってつとめます!
気仙沼の市街地から車で約30分のところにある、
唐桑(からくわ)・鮪立(しびたち)。
このあたりには、お城のように立派な屋根の
「唐桑御殿」と呼ばれる家がたくさん建てられています。
海の上で長期間働く漁師さんが、
地上に戻ってきたときに宴会をしたり、
つかの間の休息をゆったりと過ごすため、
広く豪華なしつらえになっているのだそうです。
「唐桑御殿つなかん」は、
2013年の10月、牡蠣養殖を営んでいた
「盛屋水産」の女将、
菅野一代(かんのいちよ)さんがオープンさせた民宿です。
▲これが「唐桑御殿つなかん」。
東日本大震災で泥まみれになった一代さんの家に
学生のボランティアさんたちが
寝泊まりしていたことがきっかけとなり、
「みんなに『おかえり』と言える場所をつくりたい」
と作られたのがこの宿でした。
私も、遊びにいくたびに「おかえり」と言ってもらえる、
第二の実家のような場所です。
この日もいつものように遊びに行って、
いつものように、おしゃべりがはじまりました。
どんなときでも私たちを笑顔で迎えてくれる一代さん。
いまも、一代さんは明るい方を向いていました。
一代さんがいつも心の中に置いているのは
「与えられた運命を愛せよ」という言葉だそうです。
それは、かつて一代さんがお嫁さんに来たばかりの頃に、
義理のお父さんから言われた言葉でした。
自分の力ではどうしようもないことを
「運命」と呼ぶとしたら、
それは時に厳しすぎる言葉にもなります。
でも、私たちが一代さんに出会えたという
「うれしい出来事」もまた、
運命なのかもしれないと思います。
私は、こんなに明るくて、面白くて、かわいい一代さんが、
「沼のハナヨメ」の先輩でいてくれることがうれしいです。
常に新しく「やりたいこと」が渦巻いている一代さんは、
これまで以上にパワフルでした。
私が「一代流」に染められる日も近そうです。
いや‥‥もう染められているのかもしれません。
(サユミ)
2019-03-11-MON