糸井 | 中国の話で思い出したんですが、 人間が考えることの「9割9分以上」が 4世紀くらいまでに いちどは考えられているんだって 聞いたことがあります。 その説によると、あとは 枝葉がついていっただけらしいんですよ。 |
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中井 | そうなんですか。 |
糸井 | みんなが関心のあることって そういう時代に、いちど考え終わってる。 そのことに対する敬意が、 ぼくたち、なさすぎると思っていて。 |
中井 | そうですね、それは。 |
糸井 | むずかしい言葉で最先端の話をすると すごそうに聞こえるんだけど、 よくよく聞くと 昔の人が、すでに言ってたことの 焼き直しでしかなかったり‥‥とかね。 |
中井 | たとえば、中国の歴史を探るときって 司馬遷の書物を基本にしているそうですが、 司馬遷が書いたものも、 その時点から 「2000年前のこと」を書いてるんです。 つまり、ある意味では、想像でしかないわけです。 |
糸井 | ええ、ええ。 |
中井 | 司馬遷が研究と想像によって書いた歴史。 歴史のロマンを五感で感じ、 想像力を養うということがいかに大事か‥‥ ということかもしれませんね。 |
糸井 | そう思います。 逆に言えば、 いまの時代をどんなに変えたものでも 後世の人からしたら 「永遠に、絶対に、間違ってないぞ」 ということも、ないわけで。 |
中井 | はい。 |
糸井 | 中国の古代遺跡めぐり、いい旅でしたね。 |
中井 | あの広大なトウモロコシ畑を見たとき、 「ああ、ここに導かれたのかもしれない」 という想いと同時に、 人間というのは、これほどまでにちっぽけなのかと 思い知らされた気がします。 |
糸井 | たしか日本でも、奈良の中だけで何回か、 遷都してますものね。 「ちょっと前に都だったところ」なんて、 たぶん、そんな感じなんですよね。 |
中井 | 都ができる場所って ものすごく 限られた条件を持っている場所ですよね。 |
糸井 | 夜の飛行機から見下ろすとわかりますが 人の住んでいるところって 限られたところにしかありませんもんね。 |
中井 | そうそう。 |
糸井 | あれを見ると、 「ああ、こうやって人は固まってくんだな」 と思うというか、 「やっと生きてるな」って感じがします。 ぼくなんかにしても ふだん、笑ってばっかりいるから、 へっちゃらで生きてると思われてるかも しれないけど‥‥ほんと「やっと」です。 |
中井 | ぼくも「やっと」です(笑) たとえば、俳優になりたいって子がいた場合、 まず「やめたほうがいいよ」って言いますね。 |
糸井 | ほう。 |
中井 | 華やかさばかりが目につくかもしれないけど 「自分の内面を押し殺して 新しい人格になりすましていく仕事」って けっこう、つらいぜと(笑)。 |
糸井 | ああ‥‥おもしろい理由ですね。 |
中井 | 「ここから先、 生活の保障しますから、やめます?」 もしもそんなことを誰かに言われたら ぼくは「俳優をやめたい」って、思うかもしれないですね。 |
糸井 | そこまで、ですか。 |
中井 | 糸井さんのお仕事もそうだと思いますけど 「人を楽しませる商売」って やっぱりタフな面が、ありますから。 |
糸井 | 中井さん、もし女性だったら 同じようなこと‥‥思ったと思いますか? |
中井 | うーん、どうでしょう。 芸能界っていうのは 女優さんのほうが「優遇」されるんですよ。 やっぱり、華やかな世界だから。 |
糸井 | なるほど、なるほど。 |
中井 | だから、ぼくが女で女優だったら 「もっともっと、やりたいわ、わたし!」 と、言うかもしれないなぁ(笑)。 |
糸井 | たしかに、長く続けてらっしゃるかたは 女優さんのほうが多いかもしれない。 役者という仕事そのものが、 女性のほうに向いてるって気もしますし。 ようするに「誰かになる」わけですから。 男は、つとめて「別の誰か」にならないよう、 自分自身というものは 一本化すべきだと思って生きてますから。 |
中井 | うん、うん。 |
糸井 | なのに「別の誰かになれ」って言われたら 壊さなきゃならないもの、自分を。 |
中井 | あの‥‥ぼくがデビューしたときに 「女優は男の心を持て、 男優は女の心を持て」 と、先輩がたに、よーく言われたんですね。 それが名優になる秘訣だ、と。 |
糸井 | わかる気がします。 |
中井 | ぼくは2歳半のときに親父が死んで、 母が、女手ひとつで育ててくれました。 たぶん「男手ひとつ」の場合は 女と男を併せ持つのって、 すごく難しいんじゃないかと思うんですけど 母親って、パパッと 「男と女を使いわけられる」んです。 |
糸井 | なるほど、たしかに。 中井さんは実際、そういう場面を すっと、ごらんになってきたわけですものね。 |
中井 | ぼくと姉(中井貴恵さん)にとっては、 しつけとして 叩かれるのが当たり前の家でした。 何かやらかしたら「バーン!」と来るので ふたりとも、逃げ足だけは早かった(笑)。 |
糸井 | そうですか(笑)。 |
中井 | たとえば、ごはんのときに食べこぼしたら もうメシ食わしてくれないんですよ? |
糸井 | え、厳しいですね。 |
中井 | なのに、お袋がこぼしたりすると、 「あらららら」って、それでおしまい(笑)。 これを見せつけられてましたからねえ、 もう、はやく大人になりたいと‥‥。 |
糸井 | 「あららららで、済ませたい!」と(笑)。 |
中井 | ええ、思っていたわけです(笑)。 |
(つづきます)
2013-05-21-TUE