聞き書きの世界。
『木のいのち木のこころ』と塩野米松さん。


塩野 聞き書きをやってみると
気がつくんですが、いかに自分が
物事を知らないかがわかるんです。
木の登り方ひとつわからないし、
タネを素手で採るかどうかもわからない。

だから実際に
老人たちに会いに行った後、
みんな驚いて
よろこんで帰ってくるんですよ。

毎年百人の森の名人達人を選んで、
ひとりがひとりのかたのところに
聞き書きに通うんです。
これがすごくいいんです。
自分の親とさえロクに話さない子供たちが
森のおじいさんたちに
話をききにゆくんですから。

そこでのやりとりを
聞き書きとしてまとめるんです。
原稿は森の職人さんにも
読んでもらいますが、
相手も人生が文字になるとは
思っていなかったから
すごく感激してくれるんです。

森の仕事人と高校生の間で
家族のようなつながりができる……
一年目の子供たちは
「感動を次の人にも継がせたい」
と二年目の講習会を手伝いにきて
「どこでどう苦労したか、
 どこがどうおもしろいか」
をぼくに代わって講義してくれてます。

職人さんの中には、
しゃべることを紙に書いてきて
読みはじめる人もいますから、
それはなんとかその話から
はずす努力をしなければならないんです。
糸井 相手が立派なことを
言おうとしてしまうと、困りますよね。
塩野 結局は誰でも立派なことや、
自分の人生のすばらしさを
言いたがるものですけど、
「そんな話はうなずいていればいいから、
 具体的なことだけ
 訊ねるように心がけなさい」
と高校生には伝えています。

金槌で板を打つと聞けば、
金槌を見せてもらう。
金槌は誰が作ったか。
片方が平らで片方が丸いのはなぜか。
重さは何キロか。
柄は何の木で作られたのか……
そういうことばかり聞くようにしないと
人生論を語られて帰ってくる。

ところが作業場を見せてもらうとか、
木に登って降りてくる姿を
見せてもらうとか、
具体的な話がいちばんおもしろいんです。
高校生もそうだし
ぼくだってそういうものを
見たことがないわけですからね。

話を聞いて
「お年寄り」としか思っていなかった
おじいさんのひとりひとりが
実は大変な仕事を重ねてきたんだとわかると、
高校生達は「おじいさんたち」という
紋切型ではなく具体的に
「私の会った彦左衛門さんはこういう人だった」
と話すようになるんですよ。
糸井 ひとりずつに
生きている意味があるとわかる瞬間って、
ものすごくこわいものでもありますよね。
渋谷の交差点で信号待ちをしている
大勢のひとりひとりが
それぞれの意味を抱えていると想像すると、
これはこれでまた
おそろしい世界を見てしまう。
大勢の沈黙の向こう側にあるものが
もしぜんぶ聞こえたら、
意味に囲まれて発狂しちゃいますよね。
塩野 はい。
すべての人が名前を持って
過去を持って歩いているわけで。
  (明日に、つづきます)


2005-06-15
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