聞き書きの世界。
『木のいのち木のこころ』と塩野米松さん。


塩野 「ぼくがやらなくてもいい人」
のところには、
基本的には聞き書きをしにいきません。

原稿を書ける人は
ご自分でやればいいだろうと
思っていますので、ほとんどの人が、
はじめて文字にするという人だと思います。
だから聞き書きの資料はいつもないんです。

「その生年月日って、
 ほんとに生まれた日ですか?」

「戸籍上はそうだけど、
 ほんとはもうひと月前に生まれてるんだ。
 オヤジが怠けもので届けなかったんだろうな」

最初は、話のネタは、
なんでもいいんですけど。
糸井 ほつれを見つけては、
縒っていくみたいなおもしろさですね。
塩野 もし自分が刑事だったら、
調書をとるのはすごくうまいと思います。
糸井 (笑)ただ、
犯罪の正体を突きとめることは
できないかもしれない。
塩野 はい。
いつまでもその人がおもしろくて
聞いていますから……。
糸井 「殺したかどうかは
 どうでもいいんだ。
 おまえっていうヤツを知りたいんだ!」
塩野 方法として有効なのは、
おなじことを
ちがう角度から聞くことなんです。
なにかが隠れていそうな物事なら、
二度も三度も聞いているのに
また聞いていますね。
糸井 お年寄りとしゃべっていると、
なぜかはわからないけど
「また話がそこにいった」
というのがよくありますよね。
あれは慣れると楽しめるんだけど、
見事におなじ話をするもんだなぁと……。
ただ、細部で
おみやげみたいな話が
ついてくるのがうれしいところで。
糸井 無名な人の聞き書きをする中で、
西岡棟梁のように
有名度を増していく場合には、
その変化についてどう思うものですか。
塩野 有名にさせちゃって、
悪いことしたかなぁという
気持ちもあることはあるんです。
小川三夫さんにしても、
黙っていれば
仕事を一生懸命できたのに、
やたら講演に呼ばれるように
なってしまったり、テレビが来たり。
弟子たちも迷惑だと思いますよ。
でも勝手だけど、
これもまたいいじゃないって。
糸井 その人が、
自分で選択したということですよね。
自分と相手との出会いで
こういうことはあったから、
そのことで「高み」だとか
「ドロドロした場所」に
立たせてしまったかもしれない
というところは、雑誌なら
モメてしまうようなことですよね。
塩野 ぼくが雑誌で取りあげた
無名の人のなかには、
その記事をきっかけに
テレビに出演するようになって
カン違いしてしまった人もいます。

失礼な言い方になりますけど、
それもその人の素質が
選んだ道なのだとは思うんですね。
その中で光っていく人も
いるわけですから。
糸井 誰もが誰かに
与えられた影響の中で
生きていくわけですからね……
というと、なんか
恋愛の話みたいですけどね。
「俺と恋愛したことで、恨むなよ」
ということですから。
塩野 「つい心を許して
 しゃべっちゃった恨みつらみだから、
 出さないでほしい」
といわれることもあるんです。
その時は、手元のテープにだけ
「恨み」が残ることになります。
  (明日に、つづきます)


2005-06-18
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