聞き書きの世界。
『木のいのち木のこころ』と塩野米松さん。


塩野 聞き書きには、
「話してもらったことが
 ウソかほんとかわからない」
という大欠点があるんです。
糸井 だからこそ、
「たかが事実なんて……」
というぐらいの自信がないと、
この聞き書きという遊びは
成りたちませんよね。
塩野 そうです。
だからつまり聞き書きは
「あのおじさんは、
 こういうことを言ってくれたんだ」
という本なんですよね。

そうしゃべった人は、確かにそこにいて、
話の中でこういうことを話した。
それがおもしろくぼくは思ったというわけです。
糸井 それは今の世の中に
欠けている部分ですよね。
みんな客観的な事実を集めて
研究者になりたがるから。
そうすると
「臨界点に達すると……」
という話をしちゃうんですよ。
塩野 聞き書きを本にした後に
亡くなった人もたくさんいます。
結果的にですが、
聞き書きがその人の遺言状のように
なってしまうこともあります。

全く個人的な人の生き方を
聞いているだけなのですが、
意外に大きなものが
見えてくることもあるんです。

北海道とか北陸、沖縄など
別の場所で、別の人に話を聞いているのに、
まったくおなじことを言うこともあるんです。
漁師さんたちの話を聞いて歩いたら、
沖縄から稚内まで、
ほとんどの漁師さんが
なんらかのかたちで
補償金をもらっているということが
わかりました。

仕事を休めばお金がもらえたり、
船を海に出さないとお金がもらえたり……
すごくヘンですが、会う人会う人、
みんな補償金に触れていると、
「日本全体に共通する、
 こんなにおおきな問題だったのか」
と思うようになったんです。
糸井 知らないで出かけていって、
何度もそういう話を聞いたんですか。
塩野 はい。ショックを受けました。
はじめに沖縄で
「米軍の演習のたびに
 休業しなくてはならないから
 お金が入ってくる」
という話を聞いたんです。

「ただ、
 いちばんおおきく
 お金が入ってきたのは、
 この家を建てた時だなぁ」

「それはなんで
 補償金をもらったんですか?」

「使っていた港を、
 埋めちゃったんだよ」

漁師として
二度と商売ができなくなることが
平気でおこなわれているんです。
海岸に生えている藻に魚が卵を産みつけて、
子供の間は藻の中で育つから
他の魚に食われなかったはずが、
藻場が埋められて補償金に変わってしまう。

なのに漁師たちは
「魚がとれない」と主張している……
このへんの話を聞くと、
複雑な気持ちになりますね。

その話をしてくれる人たちは
みんな真剣で
真面目に魚を捕っている人ですから、
なおさら矛盾が深いものだと。
いちばん個人のところから
問題が浮き上がって来るというのもあるんです。
  (明日に、つづきます)


2005-06-20
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