前川清の歌を聴きたい。

歌手の前川清さんがデビュー50周年となるこの年、
ほぼ日刊イトイ新聞は創刊20周年を迎えます。
お互いの「50」と「20」を祝い、
6月10日に記念コンサートを開くことにしました。
前川清さんは、ステージでまっすぐ立ち、
卓越した表現力で歌唱する方です。
ご本人は「歌は好きではない、うまくない」と
おっしゃるのですが、
50年間ずっと歌の世界を走ってこられたこと、
また、前川さんを尊敬する音楽家が多いことには
理由があると思います。
前川さんの地元である九州を列車で旅しながら、
糸井重里と、髙田明さん、唐池恒二さんが話します。
この連載を読んで前川さんの歌を生で聴いてみたくなったら、
ぜひ6月のコンサートにお越しください

この旅のルートを組んでくださったのは、
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)さんです。

プロローグ 失敗したいんです。

昨年(2017年)、歌手の前川清さんから、
糸井重里に連絡が入りました。
内容は、こんなことだったと聞いています。

「来年、デビュー50周年を迎えます。
しかし、50周年だからといって、
歌謡ショーをいつもより多くやるだけでは
おもしろくないのでは、とも思います。
そもそも50周年という仕事もやりたくありません。
でも、50周年なんです。
糸井さん、なにかアイデアはありませんか?」

前川清さんと糸井重里は
何十年も前からのおつきあいです。

ふたりとも同じ、1948年生まれ。
糸井重里作詞の歌「雪列車」が
前川清さんのソロシングルとしてリリースされたのは
1982年のことでした。

前川清さんは、
「内山田洋とクール・ファイブ」の
リードボーカルとしてレコードデビューしたのち、
ムード歌謡の第一人者として、音楽界で活躍してきました。
同じ音楽の道を歩む人たちから、
多くの尊敬を集めています。
その方がなぜ、ご自身の50周年に関して
糸井に相談したのでしょうか。

「ぼくは自分の業界で、
あまりつきあいが多いほうではありません。
自分のコンサートや舞台にも、
忙しい方々に時間を割かせるのが申し訳なくて、
ほとんど招待しないんですよ。
けれども、どういうわけだか糸井さんには
何かあったら相談してしまうんです。
たぶん、糸井さんだったら、
遊んでくれそうな気がするからでしょう。
つまり、50周年なのにこんな馬鹿なことをやるのか、と
みんなに言われるようなことが
糸井さんとだったらできるような気がして。
つまり、ぼくは、失敗したいんです。
そんなことをやってくれるのは、糸井さんしかいません」

その話を受けて、糸井はこんなことも言っていました。

「昔からいろんな歌手のみなさんが憧れることがあってね。
それは『自分なりのマイ・ウェイを歌う』ということです。
前川さんは、長い歌手生活を送っていますが、
おそらく今回も、
人生を振り返るような歌を歌わないと思います。

じつは今回、前川清さんのデビュー50周年の
仕事のはじめに、
前川さんの新曲を作詞することになりました。
おそらくその歌の内容も、
50年を振り返るものにはならないと思います。
ぼくはそれよりも、
前川さんが最も得意とする曲をめざしたいのです。

前川さんがその歌を歌うなかで、
パッと何かが開けることがあると思います。
おそらく聴く人もそうです。
前川さんが最大に得意とする歌を聴いたとき、
それが『人生を振り返る歌』でなくても、
ご自身のなかで開けるものがあると思う。
前川さんだから持つことのできた運の良さもふくめて、
みんなが喜ぶ歌を、
みんなで聴くことができればいいと思います。

もともと前川さんは50年の積み重ねを
そんなに立派なことだと思っていません。
だから、ぼくたちがもし
前川さんの50周年を祝う何かをするとしたら、
50周年おめでとう、と、
そんなに言わなくてもいい気がします。

前川さんが歌手としてここまで来たことをきちんと伝えて、
いい歌をちゃんと聴ける場所を提供することが
もっともやるべきことではないでしょうか。

前川さんの歌をはじめて、または改めて聴く人たちが、
互いに出会えるコンサートをやりたいです」

この考えからスタートして、
前川清さんの50周年をどんなふうに計画しようかと
考えているうち、
糸井はふたりの人とのつながりを思い出しました。

まずひとりめは、
ジャパネットたかた創業者で、
株式会社A and Live
株式会社V・ファーレン長崎社長の髙田明さん。
前川さん、糸井と同じ1948年生まれで、
出身地は前川さんと同じ佐世保です。
髙田さんと糸井は昨年8月にはじめてお会いして、
ほぼ日で対談を掲載しました
サッカーチームのV・ファーレン長崎は
今年からJ1に昇格しました。

そして、ふたりめは、
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)の会長、唐池恒二さん。
昨年3月に糸井が
ななつ星に乗ったときにはじめてお会いして、
昨年12月にほぼ日で対談を掲載しました
唐池さんは、九州を走るD&S列車の立役者。
カラオケで前川清さんの歌をよく歌うそうです。

偶然にも、糸井が昨年知り合った
「九州」のすごい人たちがふたりいたので
「何かの縁です、4人で集まろう」
ということになりました。

▲福岡で集まって。
▲東京で集まって。

話しているうちに全員が改めてわかったのは
「前川さんは自分の歌を
みんなに知らしめたいとは思っていない。
歌が好きでもうまいとも思っていない」
ということでした。

しかし、前川さんを含む4人のうちのだれひとりとして
70歳(唐池さんだけ5歳年下です)を目前にして
引退していないどころか、
それぞれ新しいことにチャレンジしつづけていることが
わかりました。
前川さんはあんなに消極的な発言が多いのに、です。
(前川清さんの後ろむきの発言が多い
糸井重里との対談はこちらをお読みください)

このコンテンツでは、列車に乗って
緑ゆたかな九州を旅しながら、
前川清さんという、ひとりの歌手のことを
お伝えしていきたいと思います。

明日から第1回がはじまります。

2018-04-13-FRI