大好きなそのバンドの為なら、
埼玉でも神奈川でも、受験の足でも駆け付けた。
まだ小さいライブハウスや学園祭に出ていた
学生のインディーズバンド。
スラリというよりヒョロリとした彼に、
高校生の私は夢中だった。手の届きそうなマイ王子。
キラキラ輝くマイロックスター。
ファンに囲まれはにかむ笑顔とライブの時の高いジャンプ。
酸欠になりながらも飛び跳ね、いつも必死に手を伸ばした。
彼らの大学の学園祭ライブ、
ステージ際で私は彼の定期券を拾った。
友人とキャーキャー言いながら、
ステージ裏に渡しに行くと、
バンド仲間が大事な物を拾ったんだから
何かして貰う権利があるぞ、何か言っちゃえよ、と促す。
私はダメ元で電話番号を聞いてみたら、
すんなり教えてくれた。それが夢の始まり。
授業の合間に公衆電話から電話したり、
家でブランケットを用意して、玄関を封鎖。
長電話には向こうも
ブランケット用意して付き合ってくれた。
長く話すのはなんてことのない高校生の話、
少し真剣な受験の相談。
聞きたいのは知らない大学生でいる時間の事、
好きなアーティスト。
4つも下の下らない話に付き合ってくれる優しさに、
お前と呼ばれる初めてのくすぐったさに、
私はどんどん惹かれていった。
そしてついに、ライブでなく、
二人だけで会える事になった。
どれだけ舞い上がる気持ちを抑えようとしても無理だった。
電話で会うと決まった休み時間から三つ編み開始。
会う寸前にほどいて、
ちょっとパーマをかけた
大人の女っぽく見せる友人らの作戦。
いつも「OLと付き合いたいんだよね」と言っている彼に
少しでもアピールするため。
今はもうない映画館の入った渋谷のビルで、
人生で一番舞い上がったお茶を飲んだ。
そして「取っといてよ」と言ってくれた
RCのチケットを渡した。
それからメジャーデビューが決まり、
忙しくなってきた彼との電話は減っていった。
私は淋しさを感じながらも彼の成功を祈り、
たまの長電話とRCの日が楽しみでしょうかなかった。
そして前日かかってきたキャンセルの電話。
レコーディングで忙しいという。
私は電話口で無口になったか、なじったか、覚えていない。
ただ「レコーディング」という聞き慣れない言葉が
何度も遠くの方で繰り返された。
大人になって思えば、
それはただの口実だったのかもしれない。
翌日私は友人に付き合って貰い、
チケットを売りに出掛けた。
リハーサルの音がこだまする夕暮れ時、
困っていた女の子二人組にチケットは売れた。
それでもその場を離れずに、段々うつむいていく私に、
友人は黙って寄り添ってくれた。
きっともう会えない。
確信が否定しようとする自分を打ち消した。
やがて大音響が鳴り響き、清志郎の声がビルに反響する。
夏の夜、初めて生で聴いたRCは野音の外。
涙が溢れて止まらなかった。
こんなに悲しい曲だったかなとつぶやいた、
忘れられない名曲『雨あがりの夜空に』。
涙で曇った空にしみ込んだ、切ない思い出の歌。
彼が笑いながら、泣いている私に言ってるみたいなセリフ。
「どうしたんだ ヘヘイベイビー 機嫌直してくれよ」 |