糸井 |
人への健全な好奇心、って
これまで肯定されてなかったですね。
犬とかもおんなじ、
常に健全な好奇心で活動してるよね(笑)。
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大野 |
そうですね、ひらめきとかアイデアって、
意外に本能的なものですよ。
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糸井 |
だから、いいとか悪いとかではない。
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大野 |
はい。
最近、フィールドワークで出会った
とある人に、
「制度や社会の仕組みは、
後からついてくるんだ」
と言われました。
「とりあえず、最初に突破しちゃったら
それに合わせるしかないから」
と。
ま、あたりまえの話なんですけど。
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糸井 |
「事実婚」ってやつですね。
ぼくは、「事実婚」という三文字が
昔から好きでね。
内縁の人にも遺産が行くようになってる。
なんていうか、法の抜け穴のようなものでしょう。
法律が「全部はカバーできない」ということを
自分で発表してるようなものですよね。
あたりまえのことというのはつまり、
「事実」ということです。
寅さん、落語、あのあたりが表現しているのは
まさしくそこです。
感情だとか愛だとかを
混合しなくてやっていけると、
人はうらまなくてすむ。
『困ってるひと』の中で、
友達と別れなきゃなんないところがあります。
友達と「ここまで親しかった」という
事実もあるし、自信もある。
同時に「それはそうだろうな、わかるよ」
ということもある。
それを「解決しようのない困った状態」と
いうことにして、ぽんと目の前に置き、
自分も責めないし相手も責めない。
そういう状況を作ることができたのが
これからいろんなこと考えるときの
すごく大きなヒントになると思います。
みんなに『困ってるひと』を読んでほしいのは
最後まで読むとあそこまで行くぞ、
ということがあるから。
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大野 |
あぁ‥‥なんだかあのあたりは
一気に書いちゃったんで、
すべてが結果論なんです。
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糸井 |
それも手です。
すべてが結果論といえばそうなるんでしょうし、
事実の追認、事実婚です。
大人っぽいプラグマチズムで、
案外、寅さんにも
そういう台詞があるんだよね。
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大野 |
「男はつらいよ」には
たくさん名台詞があるんです。
寅さんが満男に言うんですよね。
「思ってるだけで何もしないんじゃな、
愛してないのと同じなんだよ。
愛してるんだったら、態度で示せよ」って。
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糸井 |
なるほどね(笑)。そうなんですよ、
事実として表現されることと
「ダメでした」「断られました」
というのは、価値の話だから別なんですね。
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大野 |
価値はあとで考えればいいんですよね。
「困ってる人」の実態について
ほんとうはあまりよく知らない、
会ったことも一緒に暮らしたこともない人たちが
これからどうするかという
概念のフレームワーク作りを
延々とやって、作っちゃう。
そうすると、みんながそこに
入らざるを得なくなっちゃうわけです。
それは、人びとを制約することにもなる。
わたしが「自分のことは自分で話す」ことを
最近大事にしてるのは、そういう思いもあります。
どういう形でもいいから自分で言ってみる。
既存の言葉にあてはめなくていい。
枠にうまくはめようとしなくていい。
うまくいかなくていいんです。
でもとにかく、話してみる。
人の生活をどうやってよくしていくか、
というときに、議論するということは、
ひとつの大切な方法だと思います。
でも、それってけっこう
トレーニングが必要なんですよ。
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糸井 |
そうですよね、実は難しいことですよね。
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大野 |
トレーニングは必要だし
自分が発言したから真実だ
というわけでもありません。
ですが、少なくとも、不条理にあった人たちが、
そのときに見た風景や感じたことを
そのまま出してみるのは
いいんじゃないかな、と思うんです。
わたしが原稿で「わたし」を使うとき、
その一人称は、
独りよがりとか、内にこもるとか、
閉じていっちゃう「わたし」では
ないつもりなんです。
もう開き直るしかないというか、
既存の道がないんだから、しょうがない。
わりと思い切って社会にひらいちゃう。
「どーん!」「わたしー!」みたいな(笑)、
そういう「わたし」なんです。
ほんとはみんな、「わたし!」って
ひとりでやったほうが、
楽になる面がある気がします。
というのも、ビルマ女子時代より、
いまのほうが、まぁ、
実態はたいへんなことばかりですが、
コミュニケーションはずっと楽だからです。
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糸井 |
ビルマ女子時代そんなにつらかったの?
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大野 |
つらかったです。
もちろん身体的なレベルでは
難病になったら
苦闘と血と汗と涙の日々ですよ。
でも考え方は、いまのほうが
ずっといいかもしれない。
楽です。
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糸井 |
いま、そのときの自分が
目の前にあらわれたら、説教してやる?
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大野 |
説教はしないです。
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糸井 |
なんか教えてあげたい、って思ったりする?
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大野 |
でも、それも多分、無理かなぁ。
ものごとは常に動いているし、
人によって現実は違うものですから。
辛さや幸せというのは
どこまでも主観的なもので、
他人が勝手に比べられるようなものじゃ
ないですよね。
主観の中ですら、自分の中ですらゆらぎます。
しかも頻繁に。
だから、そういうものを指標にすると
どんどん社会自体がゆらいじゃう。
平成生まれの、自分より若い人と話すと、
大概みんなすごく苦しそうなんですよ。
とくに、就活してる子たちが苦しそうで。
‥‥そうだ。糸井さんにとって、
どういう人材が魅力的なのか、聞いてみたいです。
糸井さんは、
どういう人と働きたいと思ってますか?
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糸井 |
まぁ、詩のように語るならば
「弾んでる人」。
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大野 |
弾んでる人!
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糸井 |
うん。若いと、失敗するに決まってるんです。
だから、機嫌よく。
機嫌よく、ボールのように弾んでいれば、
失敗しようが成功しようが、
実力があろうがなかろうが、
必ず伸びるから。
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大野 |
あぁ、やっぱり伸びますか?
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糸井 |
絶対伸びます。
ボールは長い斜面があったら、
いつまでも転がっていきます。
池があったらポチャンと落ちる。
でも、主人公は弾力性のあるボールです。
自分を活かすという元気さが
ちゃんとあれば、どうにでもなりますよ。
周りがコースをつくってあげてもいいし、
山の中にポーンと放り込まれて
勝手に転がってるということもできる。
ボール自身が腐っちゃわなければ、
だいたい平気です。
みんなが「価値」だの「能力」だのと
思ってるものにとらわれないでほしい。
なんでもない君のその元気さ、機嫌よさは
すばらしい材料だよ、
というおじいさんぽいことを
おじさんは自信をもって言えます(笑)。
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大野 |
ビジネスのど真ん中にいる糸井さんが
そうおっしゃることに対して、
いま就活してる人たちはきっと
安心するし励まされると思います。
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糸井 |
うん。
2〜3年とか5〜6年くらい、
「負けてもいいじゃん」と思うだけで、
だいたい若者の人生はひっくり返りますよ。
ですから、「健全な好奇心」という言葉は
ほんとうにすばらしいと思います。
健全な好奇心というものは
どんな場所にいても混じっちゃうからね。
(つづきます) |