七十二候【第五十候 菊花開 きくの はな ひらく】

各地で菊の品評会や菊まつりが開かれる頃です。
旧暦九月九日は重陽(ちょうよう)の節句。
別名「菊の節句」といい、中国ではこの日、
菊の花を浸した菊花酒で不老長寿を祝う習慣がありました。
それが平安時代に日本へ伝わり、
宮中では高貴な人々が菊花酒を飲みながら
歌を詠み花を競う「菊合わせ」を楽しみました。
菊の花に真綿をかぶせて夜露と香りを移しとる
「被綿」(きせわた)という風雅な習わしも知られています。

── 二十四節気の「霜降(そうこう)」は
北から順に「霜が降り始める」と。
それで七十二候も「霜始降」ですね。
気分は‥‥もうけっこう寒くなってるけど、
冬というほどでもなく、まだ秋です。


あずま女 まだまだ霜柱は見られませんね。
霜柱って踏んだ記憶は
あるんですけどね。
歩く時にシャキシャキと。
── 雪が降らない地域だと
霜柱すら珍しいです。
ああ! でもこの季節は、
うまそうなものばかりでございますね!
あずま女 そう。やっぱり食欲の秋。
「新蕎麦」が出てきますよ。
京おとこ
蕎麦ね。
蕎麦、テンション上がりますよ、ぼく!


あずま女 なぜ?! 京都人が?
── 京都は饂飩じゃないですか?
京おとこ いやいやいや。
うちね、「尾張屋」がどうも遠縁の親戚らしくて。
京都の尾張屋っていう蕎麦屋。
── 蕎麦屋が親戚!
京おとこ 遠縁なんですけどね。
なので、ちっさい頃から
蕎麦食べてましたねえ。
── にしん蕎麦ですか?
京おとこ にしん蕎麦はね、「顔見世」をやる、
京都四條南座のところに
「松葉」という店があって。
あずま女 有名ですね。
京おとこ それとは別に尾張屋という
一応昔は宮内庁御用達だったらしいという
蕎麦屋がありまして。
あずま女 確かに、京都でここだ! という
お蕎麦食べられるお店は
そう多くはないですものね。
京おとこ そうですね。
京都でメジャーでいうと
「河道屋(かわみちや)」と
尾張屋という二大勢力がある。
京都駅の土産物屋とかでも
その二つが蕎麦饅頭売ってるような感じですよ。
あずま女 なるほど、なるほどー。
京おとこ 意外とね、京都は蕎麦食うんです。
── 意外でした。
大阪なんてぜんぜん食べないですよね。
饂飩ですよね。
あずま女 他所者が行くと
つい饂飩の方に目がいっちゃうから、
なかなか蕎麦屋に入ろうっていうことを
しない‥‥。
── ぼく、祇園の「萬屋」で
九条葱饂飩を食べてしまいます。
京おとこ ああー! あれね。
あそこ最近、
すごい行列できてますよ。
ぼく、この間行こうとして心折れました。
あとね、饂飩でおもしろいのは、
京都と大阪でびみょうに違うんですよ。
「たぬき饂飩」っていうのが
まったく違うとか。
── たぬきってことは
東京だと揚げ玉ですよね。
京おとこ 関西でも京都は餡かけ饂飩みたいなのを
たぬきっていうんですよ。
── ええええー‥‥。
京おとこ 蕎麦から話が離れてますが。
── 東京の人なら
「たぬき蕎麦」の話に
変換していいんでしょ、って思うけど、
きっと違うんでしょうね。
あずま女 たぬき蕎麦ね。
── たぬき饂飩とたぬき蕎麦は
また違うんじゃないですか。
京おとこ まったく別ですね。
あずま女 なんで「たぬき」って
いうんでしょうね、そもそも。
京おとこ もともとお揚げさんの
「きつね」があるから?
あずま女 きつねに対して?
とってつけた感じがします(笑)。
── あるいは揚げ玉はてんぷらのたねがないから
「たねぬき」で「たぬき」?
あずま女 蕎麦の話は盛り上がりますよね。
東京もんはもう、飽っきるほど食ってますから。
── 飽きないんですね、これが。
東京の蕎麦うまいですよ。
京おとこ おいしいですねえ。
あずま女 結局どこがいいかって話で
すぐケンカになりますからね。
どこの藪派かっていうところで。
わたしは池之端なんですけど。
藪の中では。
── 藪の中はくわしくないですね。
ぼくは新参者系で「ほそ川」ですね、両国の。
あずま女 最近、いっぱいありますよね。おいしいの。
この神田の近所だと、
「眠庵(ねむりあん)」ってところに
最近行ったんですけど。
「蕎麦がき」を注文すると
いきなり後ろにある石臼で
ゴロゴロって。
── ええ! 挽くところから始めるの?
それはすごいなあ。
あずま女 さすがにそれは初めて見ましたけどね。
── 東京の蕎麦競争が過剰なことにならないといいんですが。
ラーメンほどではないにせよ。
あずま女 ニッチなところで競争を。
京おとこ やっぱりレベルが高いですよね。
あずま女 確かにそうかも。
おつゆで勝負したり。
京おとこ この間ぼく、郡山に行って見つけた
「隆仙坊」っていう蕎麦屋がおいしくて。
「蕎麦さしみ」とかね。
初めて食べたのは「揚げ蕎麦がき」。
これね、おいしかったですね。
蕎麦がきを揚げてるんですよ。
あずま女 揚げ出汁とかになってました?
京おとこ いや、ただ揚げてるだけなんですよ。
── 塩とかお醤油つけて食べるんですか?
京おとこ いやいや、そのまんま食べるんですよ。
あずま女 そのまんまで!?
京おとこ おいしいんですよ、これが。
あずま女 この間、揚げ出しになってるのは
食べたんですけど。
ああなると、ちょっと
しみちゃうじゃないですか。
そのまんま食べてみたいなー。
京おとこ おいしかったですよ、ええ。
わりと郡山でも有名な店みたいで。
あずま女 蕎麦、進化してますねえ!
── 京おとこさん、
たぬきを検索してくれたんですか。
京おとこ そうそう。
「京都では刻んだ油揚げの上から
 葛餡をかけたものをたぬき」。
── もう見た目でたぬきとは呼べませんね、
われわれは(笑)。
京おとこ 揚げ玉を乗せたものは
「ハイカラ饂飩」「ハイカラ蕎麦」。
── ハイカラ(笑)。
あずま女 ハイカラ!?
京おとこ 「大阪を中心とした
 関西(京都除く)では
 油揚げを乗せた蕎麦をたぬきと呼ぶ」。
「揚げ玉を入れた饂飩や蕎麦を
 天かすハイカラ饂飩と呼ぶ」。
検索の結果はそう出ました。
── じゃあ、きつねは?
今の、きつねの話ですよね、
東京からすると。
あずま女 そうですよねえ。
京おとこ きつねは、刻んだ油揚げをのせた饂飩です。
油揚げにはあまり味付はしませんね。
── ほぉー。おいしそう。
京おとこ ぼく、地方に行った時も
蕎麦屋かカレー屋に
行くことにしてるんですよ。
蕎麦はちょっと
ハズレがあったりしますけど、
その土地土地のおもしろいものが
かならずあるっていう。
── 蕎麦自体は全国的においしくなってると
思うんですけど、
おつゆはやっぱりね、
東京に長く住んでいる
せいかもしれないですが
東京のおつゆがおいしいですよね。
あずま女 わたしもそう思いますね。
京おとこ ええ。
── 静岡市はなぜか「戸隠」が多いんですよ。
ぶっかけなんですけど
「磯おろし」といって
平皿に冷たいお蕎麦を盛って
天ぷらとかたまごとか海苔、だいこんおろし、
揚げ玉とかを乗っけて
甘めのぶっかけのおつゆで食べるのが
わりとスタンダード。
あずま女 静岡風?
── はい。店名は戸隠ですが。
なぜ静岡にそういう店が
いっぱいあるのかは謎なんですけど。
あずま女 蕎麦って料理自体すごく進化してるけど
落語の「時そば」などは
屋台じゃないと格好つかないですよね。
── 江戸の蕎麦ってどんなんだったんでしょう。
あずま女 『世界大百科』で調べましょう。
えーっと‥‥、
江戸初期の頃の商いは、
店舗プラス出前形式だったようですね。
流行りものになった「けんどん蕎麦」などがそうです。
── けんどん蕎麦。
あずま女 1杯盛りきりで、お替わりをすすめず、
愛想もなくて給仕もしないので、ケチの意味で
「慳貪[けんどん]蕎麦と呼ばれたらしいですね。
── じゃあ落語の「時そば」みたいな
屋台の蕎麦は‥‥。
あずま女 正確な記録がないみたいなんですが、
貞享の頃には,めん類の夜売りが
「煮売り」の仲間から独立した業種として
認められたそうです。
これが江戸では「夜鷹(よたか)蕎麦」、
京都では「夜啼(よなき)うどん」と呼ばれた形式です。
── やっぱり冬だけですかね、
あったかい蕎麦の屋台って。
あずま女 夜売りの期間は、陰暦9月から雛の節句(3月3日)
までだったみたいですよ。
そのうち期限は延びていくんですけど。
── 二八蕎麦ってありますよね。
蕎麦粉のなかに、2割、つなぎで小麦粉を入れる‥‥。
あずま女 あれは2×8で16文、
つまり安い蕎麦っていう説もあるんです。
享保の半ばから万延初期までの100年間、
江戸の二八蕎麦はずっと16文だったんですって。
でも江戸後期には二八蕎麦は安いから
「駄蕎麦」の代名詞になっちゃうんですけど。
一同 おもしろーい! パチパチパチ(拍手)。
あずま女 すべて百科事典でございますよー。
── ああ、タイムトリップできるなら
江戸の町に蕎麦食べに行きたい‥‥。
あ。
ちょ、ちょっと、おなじみの古典
『飲食事典』を見ているんですが。
「多く蕎麦を食べ、
 そして西瓜を食べると
 煩悶して死ぬ場合がある」と!
あずま女 食い合わせに蕎麦があるんだあ!(笑)
── 「先に西瓜を食べ、
 後から蕎麦を食べると害はない」。
ほんとか?!
あずま女 すごい、初耳だ(笑)。
しかも、死ぬほどの食い合わせってのもすごい!
── 迷信でしょうねえ。
「また、蕎麦を多く食べて
 湯を浴びると食傷して死に至る」(笑)。
あずま女 江戸時代の俗信でしょうねえ。
この間、講談を聞いてたら
赤穂浪士の討ち入りの最後の方で
吉良邸に偵察に行ったりして
情報集めをする時に
蕎麦屋さんの担ぐのが
身を窶(やつ)すのにいいらしくて。
あの格好をしていると
怪しまれずに近くまで
行けるんですって。
── 蕎麦屋のふりをして偵察に。
あずま女 今の屋台じゃ考えられないですよね。
─── 今の屋台、移動しないからね、
あんまり(笑)。
あずま女 江戸時代のスパイって
蕎麦屋が多かったんじゃないかなって。
担ぎだから。
京おとこ 風鈴売りとかね。
金魚売りとか。
あずま女 そうそうそう。
── 蕎麦は、店舗は変化したとはいえ、
江戸の文化がそのまま今に残っている
珍しい食材ですよね。
あずま女 ああ、蕎麦はそうですね。
── ちょっと蕎麦で長く話しすぎましたね。
他には「鮭」「占地(しめじ)」
「胡桃(くるみ)」とありますよ。
あずま女
鮭が出てきますかねえ! もうね。


── 「産卵のために川を遡上してくる鮭を秋味という」。
あずま女 ちなみにもうちょい後になると
「(魚へんに厥)魚群(さけのうお むらがる)」
っていう本格シーズンが
12月にやってくるんですけど、
このへんももう食べられるってことですね。
鮭っていうと「新巻鮭」のイメージがあるんで(笑)。
京おとこ や、関西では新巻鮭は
ぜんぜんピンと来ないんです。
あずま女 やっぱり「塩鰤」ですか、お正月用のは。
京おとこ そうですね。
鮭に対しては鰤でしょうね。
─── そうなんだー!
京おとこ でもね、いくらはやっぱり
萌えますね。
あずま女 いくらは食べるんですか。
京おとこ いくらは食べましたね。
すごく贅沢な感じがします。
あずま女 意外だ。
どっかで分かれるっていいますよね。
鰤文化圏、鮭文化圏っていって。
── やっぱり大井川じゃないですか。
あずま女 常に出てくる静岡(笑)。
京おとこ フォッサマグナの。
── 前も言ったかもしれないけど
「おにぎり」と「おむすび」の言い方の違いと、
三角と俵型の違いも大井川だそうです。
あずま女 越すのが大変な川っていうのは
やっぱりそれなりに。
── 止まっちゃうんだね、文化が。
あずま女 よほどのことがないと
川向こうに越えない。
── 人一人行くのがやっとで、
食文化まで背負って
行けなかったんですよ、きっと。
ところで占地(しめじ)は、
本当の占地っていうのを
食べるとびっくりしますね。
おいしくて。


京おとこ 「ホンシメジ」ね。
おいしいですよね。
あずま女 「大黒占地」っていうのを
この間食べましたよ。
なんか、立派なの!
傘がとっても大きくって、
そのままソテーしただけで
なんだかすごいいい香りが!
松茸なみの扱いを受けてました。
── 金沢の観光市場で
「イッポンシメジ」っていう、
立派な占地、秋に買ったんですよ。
それ、知らなくて。
おばちゃんが、
「食べ方知ってる?」って言うから、
おすすめの食べ方の話をしてるんだなと思って、
教えてくださいって言ったら、
これは毒があるから毒抜きしてからね、って(笑)。
あずま女 わ!(笑)
── 「え、知らないの?」って。
「これはいっぺん茹でて塩漬けにしてから
 塩抜きして食べるのよ」って。
そしたら隣の八百屋のおじさんが
「ああー! それじゃダメだよ!
 三回くらい煮こぼして!」
みたいなこと言ってるから怖くなっちゃって。
買ったんですけど、三回茹でこぼして、
塩漬けにしたのが冷蔵庫に入ったままです。
差し上げましょうか(笑)。
京おとこ ええええ。
あずま女 あ、『飲食事典』にも書いてある!
「毒茸のイッポンシメジや
 ニセシメジは、占地の名を負うても他属だ」
って書いてある~(笑)!
── 見た目はわかんないんですよ、これが!
いくら見てもわかんない。
京おとこ でもちゃんと調理して食べると
おいしいんでしょうね、きっとね。
── そうですよね、市場に普通に売ってましたから。
いやはや、なんだかたっぷり話しちゃいました。
次回「霎時施(こさめ ときどき ふる)」は
10月28日の更新です。
ありがとうございました!
2012-10-23-THU
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