やっぱり歴史があるからきれいなんだね。時間だな。
これなんか見てみ。これは扉がまるまる一枚の板や。
これはくり抜いてるんだ、板を。わかんねぇだろう。
小川三夫

第五回 五重塔を見ると頭が下がる
小川 五重塔の塔を作るのには
千八百五十石の材料がいるんだ。
三十センチ×三十センチ×三メートルの角材が
一石だから、それが千八百五十石ぶんだ。

昔は製材しないで割って作ったんだから、
直径一メートル五十センチぐらいの
大きな木が、だいたい
八十本から百本ないと五重塔はできないんだ。
だから木も沢山あったんです。
  その木が今の木とはまた違うんだ。
何でこんな木があるんだろう、
というぐらいに細かくて大きい。
気候風土が違うんだ。
成育が悪いから大きな木になった。

木は肥沃な土地では
大きくなるうちに腐っちゃうんです。
屋久島というのは花崗岩の島で
栄養分がひとつもないから、
岩の間に落ちた種が生えて、
枯れないでどんどん大きくなると
二千年ぐらいの屋久杉になるということよ。
だから肥沃な土地では
木は大きくなれない。人間もそうや。

そういう大きな木がもう日本にはない。
新築するなら
外国の木でもいいかもしれないけど、
国宝の建物を修理する時に
使うような大きな材料がない……だから
それはこれから育てておかなければいけない。
それは常に言いたいんだ。

国や個人が
何代にわたってやれるかといえば、
相続税がどんどんかかるからダメだけど、
だから木は寺が作らなきゃダメだと思うんだ。
修理する時には
この山のこの木を使ってください、
というぐらいの奥のある話をしなきゃ。
技術はよみがえるけども、
森林がなかったらあかんのやから。

ものすごい面積の中に木を植えて、その中に
何本かしか育たないのが木なんだから、
それはちょっとした規模ではできないんです。
次の法隆寺の大修理の時に、
外材で修理をしてしまうなら、
そんな国のどこが文化国家ですか。
そういうことは、
今からやっておかないといかんな。

五重の塔の下から五重目は、
トーテンポールみたいに屋根を支えているやん。
あれを外したら
屋根が落ちてしまうかもしれないんです。
慶長の時に、
あんまりお金をかけなくて済むように
あれで支えて修理したらしいんだけど。
糸井 あれは、後世につけたんですか。
小川 うん。
やっぱり長い間には
支えきれなくなるんだろうな。
できて八百年も経つと軒が下がったんだろう。
構造的にすごく弱いんです。

屋根を支える垂木(たるき)が塔の中から
斜め上に出てきているやろう。
あれは塔の中にピシッと入って
塔を支えているんだけど、
それがすごい建築なんだ。

五重の塔は、
ひとつずつの屋根がさがっているから
ヤジロベエを重ねたみたいな
構造になってるんだ。
それが地震に強い理由と言われていて、
地震が起きると
一層ずつのヤジロベエが
交互に揺れるわけだよ。
  塔の真中には芯柱がある。
最初は塔のいちばん下に心礎があって
そこから芯柱が立っていたけど
土に埋まっていたから
心礎は腐ってしまった。
だから今は芯柱は宙ぶらりんだ。
糸井 あぶないですね。
小川 宙ぶらりんがいいんだ。
もし同じ寸法で固まっていたら
屋根を突きあげてしまう。
塔の底には舎利があるわけで、
芯柱は一本の塔婆やな。

遠くから見て
拝めるように高くしているわけ。
塔婆に釘を打つようなことは
してはいけないよな。
塔婆には何も触らないように
建ててあるから、
この塔はグラグラ動くんや。
糸井 内部で芯柱に何も触っていない、
というだけでもすごいなぁ。
五重塔は
のぼれるようにできているんですか。
小川 のぼったらあかんのやな。
薬師寺やった時に
「塔に一回のぼると寿命が五年短くなる」
と言われた……まぁしかし、
塔の建築に携わったら
三代にわたっていいことが続くんだそうです。
俺は塔を三つやっているから、
九代にわたっていいことが続くんや(笑)。
糸井 この塔は「建物」ではないんですね。
小川 そうだ。
これは人は住んでねぇんだから
工作物でいいんだ。ただ、塔なんだ。
芯柱を守るために形を整えてるだけです。

昔は寺の中で塔がとても大事でした。
法隆寺から六十年経った後の
薬師寺にも塔がある。
ところが東大寺の時代には
塔は伽藍の外に出た……
それと同時に、一本の
太い芯柱が塔の中にはなくなってくるんだな。
糸井 つまり、後の時代には
「塔=塔婆」という考えがなくなるんですか。
小川 そうだ。
形だけの塔になるんですね。
法隆寺も修理をしなければ持たなかったよな。
千三百年間このままではなかったんだ。
代々の宮大工がいたから、持つわけだ。

いい修理も悪い修理もあるけど、
回廊のこちらがわは平安で
向こうが飛鳥というところに立つと、
技術が一目瞭然です。回廊の上を見ると、
平安の方はぜんぜんダメなの。
  飛鳥の方は回廊を支える梁が
二股に別れてふんばるだけで持たせている。
平安は真ん中に木を入れざるをえなかった。
飛鳥の柱はひとつずつ
虹のようにカーブしているんだ。
見た目がスッとしてイキでうまくて、
なんともいえないかっこよさがあるんだ。
  師匠の西岡棟梁は俺に
「法隆寺の塔は安定していて動きがあるだろう」
と言いました。安定はわかるんです。
逓減率。上が細い。木柄が太い。そんなことだ。
でも「動きがあるだろう」の方は
まったくわからなかった……
それで三か月ぐらい経ってから
「松の枝を見てみい」と師匠に言われたんです。
それでわかった。

法隆寺の軒の反りは、
鳥がはばたくようになっています。
松の木の枝も、一の枝が張って、
二の枝が内側で、三の枝が張るという
ギザギザした形になっています。
  錯覚を利用した作りを
師匠は動きと言ったんだな。
古代の人は
松の枝のいちばん下が張るのを見て
こうするのを考えたのかは知らないけど、
よく見るといつもちょっと工夫してるんだ。
少なくとも、師匠はそのことに気づいてた。

薬師寺の三重塔も同じや。
一重目が天平尺で二十四尺。三重目が十尺。
すると真ん中は十七尺に持ってくるのが
通常だけど、十六尺八寸なんだ。
ほんのすこしピッと胴を絞る。
やっぱりそれだからあれだけ美しい。
それだけのことをしてあるんです。
  (明日に続きます)
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2005-07-11-MON