[糸井]
じゃあ、最後にひとつ。
この「就職論」という特集の中で、就職についてすごく詳しい人としゃべってたら、けっきょく面接のときに、いちばん知りたいことは、
「あなたがいちばん大事にしてきたものは何?」
っていうこと。それだけなんだって言うんです。
それがちゃんと聞ければ、その人と仕事したいかどうか、だいたい、わかるって言ってた。
永ちゃん、そういうもの思いつく?
ずっと大事にしてきたもの。

[矢沢]
大事にしてきたもの‥‥若いときから‥‥。
それはやっぱり、これまで言ってきたようなことなんじゃないのかな。
表現のしかたは、若いときと、いまとで、違うかもしれないけど、自分が思ってることは変わってないと思うんだ。
どういうことかというと、上に行きたいと思ったわけだよ。
「金持ちになりたい」とか、
「えらくなりたい」とか、言い方はいろいろあるけど、上に行きたいと思ったわけだよ。



[糸井]
上がりたかったんだね。

[矢沢]
上がりたかったんだよ。
「上がりたい!」と思ってたもん。
といってもね、泥棒して上がってもしょうがねえな、と。

[糸井]
ああ。

[矢沢]
みっともないことして上がっても上がったことには、ならないし、気持ちもよくない。
自分の力で、上がりたかったんだろうね。
上がりたいってことは、変わってないね。

[糸井]
それは、きっと、立場が違っても同じように思えることだろうね。
音楽家だろうと、会社員だろうと。
科学者だってそうなんだろうね。
顕微鏡覗いてる人でも、その世界で上がりたいんだろうね。

[矢沢]
そうよ。
「上がりたい」ってことば、いいね。

[糸井]
うん。金だとか、役職じゃなくて、あるよね。
「上がりたい」はね。

[矢沢]
金持ちになりたいとか、いい暮らしがしたいとか、いろいろ言うけど、あれは、ほんとは、
「上がりたい」って言ってるんだよね。
「上がりたいんだ」って言ってるんだよ。

[糸井]
そうかもしれないね。
バンドで武道館でやりたいっていうのも、全部そうだもんね。

[矢沢]
そうなのよ。
武道館じゃなくて、渋谷公会堂でもいいじゃん?
でも、武道館は日本のロックの殿堂、みたいなこと言うから、
「じゃあ、武道館まで上がりたい」
って思うわけでさ。

[糸井]
なるほど。

[矢沢]
もうひとついえることは、あれなんじゃないかな。
これは糸井が言ったことだけど、たのしいと思うか、やらされてると思うかっていうので、全然違ってくるからね。
だって、「仕事がたのしくて」って言うやついっぱいいるわけじゃない?

[糸井]
ステージの永ちゃんも、苦しいとか言うけど、たのしいでしょ、やっぱり。

[矢沢]
たのしいよ。
糸井だって、イトイ新聞立ち上げて、どれだけたいへんだったか、わかんないけど、やりがいがあったから、たのしかったから、今日まで続いたんじゃないですか。
ぼくだって、ぶーぶー言いながら、声出ねぇよーって言いながら、ワンツーワンツーって言いながらさ、町から町行って、きめたその夜のビールなんかが絶対うまいからやってるわけでさ。

[糸井]
やっぱりステージの永ちゃんって、うれしそうだしね。

[矢沢]
うん。
だから、歌やステージをつくってる矢沢、新聞や情報をつくってる糸井、のみならず、タイムカード押してお勤めして、企業の中の一つの力としてかんばってる人、その人なりのスタンスって、ぼくは、たくさんあると思うよ。
行き着くところ、どんな職種だって、やらされてる、働かされてると思ってだらだら気分悪くやってるのと、これ、俺のテリトリーなんだと思ってプライド持ってやるのとでは、全然違うからね。

[糸井]
永ちゃんって、いまでも拍手うれしいでしょ?

[矢沢]
そりゃうれしいよ。

[糸井]
あんだけ、毎日ライブやって、端から見れば拍手が来るに決まってる思うけど、それでも、拍手はうれしいんだよね。

[矢沢]
うれしいねえ。
だって、俺、「今日うけた?」ってかならず訊くじゃない?

[糸井]
心配そうに訊くね。

[矢沢]
「うけた?」「のってた?」ってね。

[糸井]
まだ言うか、と思うよね。
おもしろいね。

[矢沢]
毎日拍手が来るかわかんなくて、毎日拍手がうれしいからいいんじゃない?

[糸井]
やめられないね。

[矢沢]
やめられないね。やめられないよ。
57歳になって、まだこういうところに立ててる。
最高じゃない。
いいだの、悪いだの、ってまだやってる。
ドキドキしてんだもん。
音楽家として、36年やってこれて、ほんとに幸せだなと思いますね。

[糸井]
うん。どうもありがとう。
おもしろかった。
異色の就職論が聞けて、よかった(笑)。

[矢沢]
ほんと? 大丈夫?
つづきを読む

前へ 次へ
目次へ    
友だちに教える
感想を送る
ほぼ日のTOPへ